40 再会
小野とワタルは、消えるくんを使ってサラエボ市庁舎に忍び込むと、人気のない部屋で以前に大公と会ったときの和服に着替えた。
二人は、スナリッチから受け取ったインカムをつけると、再び消えるくんのボタンを押し、川沿いの通りに面した玄関前で待機した。
ほどなくして、川に向かって右手側、西の方で大きな爆発音がした。ついに始まった。
「スナリッチだ。チャブリノヴィチが爆弾テロを起こした。大公夫妻は無事だ。ここまでは史実どおりだが、他の暗殺者が史実と異なる動きをしている。私はそちらを追う」
スナリッチからインカムに連絡が入った。小野が小声で答える。
「分かりました。こちらは予定どおり動きます」
小野が右の方に手をやると、ワタルの体に触れた。小野が小声で話しかける。
「我々は大公が到着したら大公を追いましょう」
「分かりました」
ワタルの手が小野の手に触れ、握手した。
しばらくすると、車列が市庁舎前に到着した。
大公夫婦がオープンカーから降り、事件直後でギクシャクしたまま歓迎の挨拶を受け、負傷者の血に染まった原稿を基に答礼の挨拶をした。
セレモニーが終わると、大公夫妻はそれぞれ別の部屋に向かった。小野とワタルは、大公について行く。
大公は、部屋に入り、皇帝への電報依頼等を行うと、他の随行等が業務で部屋を出て行き、偶然一人になった。今しかない。
小野は、消えるくんのボタンを押して、大公前に姿を現した。ワタルも姿を現す。
二人の着物姿を見た大公が、驚きながら呟いた。
「ま、まさか、あのときの日本の精霊か……」
小野がすかさず答える。
「そのとおりです、大公殿下。時間がありませんのでご無礼をお許しください。ついにこの日が来ました。どうか、負傷者のお見舞いには行かないでください!」
ワタルが続ける。
「どうか、奥様のため、お子様のため、そして世界のため、安全な場所に留まってください!」
ドアがノックされ、すぐに開けられた。小野とワタルは慌てて消えるくんのボタンを押して姿を消した。部屋の隅で様子を見守る。
「失礼します。総督のポチョレックです」
総督が部屋に入ってきた。同時に、大公夫人も入ってきた。
大公が総督に聞く。
「先程の爆弾での被害はどうか?」
「はい、私の副官のほか、見物人が多数負傷しました。副官は衛戍病院で手当を受けております」
「私が見舞いに行くとした場合、さらに攻撃はありそうか?」
「それがないことを信じたいところですが、万が一至近距離から狙われると、防ぐことは困難です」
総督の言葉を聞いて、大公がしばし考えた。小野が必死に祈る。どうか、見舞いには行かないで……
大公が静かに言った。
「本当は副官の見舞いに直接出向きたいところだが……副官をはじめ被害者には、後日お見舞いの言葉と救恤金を送ることとする。今日の予定は取りやめよう」
大公が妻の方を見て言った。
「私はともかく、ゾフィーを危険な目に遭わせられんからな」
「私のことはお気になさらず。殿下にご一緒しますわ」
ゾフィーが大公に微笑んだ。
総督が大公に聞く。
「それでは殿下、イリジャへ戻られるか、一度総督府に入り、ビストリク鉄道駅に向かわれるか……」
「直接イリジャへ戻ろう」
「承知しました。すぐに準備いたします」
総督が足早に部屋を出て行った。
ゾフィーが大公に聞く。
「てっきり、負傷者のお見舞いに行かれるかと思いましたわ」
「うむ。本当は行きたいのだが、精霊達に止められてな……」
「まあ。あの日本の精霊ですか? それならば仕方ありませんわ。神の思し召しに従いましょう」
心底残念そうな大公を、ゾフィーは優しく慰めた。
† † †
小野とワタルは、大公の部屋を出ると、空き部屋で急ぎジャケット姿に着替え、市庁舎前に出た。
車列は、川沿いの通りを西方向、来た道を戻る方向に並べられている。小野がインカムでスナリッチに連絡する。
「大公は、病院への見舞いを断念してくれました。当初の予定を取りやめて、これからイリジャへ戻るそうです」
「よくやった! ちなみに、どのルートでイリジャに向かうか分かるかな?」
「すみません、そこは分かりませんでした。総督達が準備を始めているようですが、車列は、川沿いの通りに、来た道を戻る方向に並べられています」
「まずいな。イリジャはサラエボの西だ。車で直接イリジャへ向かうとすると、今来た川沿いの道を西に戻るかもしれん。私はラテン橋のたもとへ向かう。何か動きがあれば教えてくれ」
「分かりました」
ワタルが不安な顔をして言う。
「もしかすると、復原力が働いているのかもしれませんね」
「見舞いには行かないものの、この川沿いの通りを西に進んで、結局ラテン橋の交差点を右折してしまうなんてことになったら……」
小野がワタルの方を見て言う。
「僕達で何とか防がないと……」
二人は、大公夫妻が乗るであろう車を見た。
続きは夕方以降に投稿予定です。本日完結予定です。




