4 裁判
「それじゃ、小野君、あのロッカーの中の服に着替えてくれるかな」
久場が、執務室のドアから入って右側の机の後ろにあるロッカーを指差した。小野がそちらまで歩いて行って、ロッカーを開けると、絵本や漫画で閻魔様がよく着ている大昔の中国の官吏のような衣装と冠が入っていた。
「取りあえず、今着ている服の上から着ればいいよ」
久場が軍服の上から衣装を着て、冠を被りながら言った。小野は阿佐美に教えてもらいながら着替えた。
「よし、じゃあ行こうか」
阿佐美と小野が着替え終わったのを確認すると、久場が入り口のドアを開けた。
廊下に出ると、多くの人が行き交っていた。私服やスーツ、着物等々、服装は様々だ。小野達と同じ衣装を着ている人もいる。のんびり雑談しながら歩いている人もいれば、何やら慌てて走っている人もいた。
小野達は、しばらく廊下を歩いた後、何の変哲もないドアの前まで来た。「法廷前室」と書かれた看板が掲げられていた。
久場がドアを開けて中に入った。部屋は待合室になっているようだ。入ってきたドアの向かいと右手に別のドアがあり、左手には長椅子が置かれていた。部屋の中央には、小野達と同じような格好をした数名の人がいた。
「あ、久場さん、ご無沙汰です。ようやく欠員補充があったみたいッスね」
部屋の中央に立つ数名のうち爽やかな若いイケメンが、小野に気づいて久場に言った。久場が笑顔で答える。
「ようやく補充されたよ。小野君だ」
「小野です。よろしくお願いします」
久場の紹介を受けて、慌てて小野が挨拶した。爽やかイケメンが答えた。
「第34部門の司録の山田です。こちらこそよろしく。今日は初めての陪席かな? 気絶しないようにね」
そう言って山田が笑った。気絶するような何かがあるのだろうか。怖くなってきた。
小野達が入ってきたドアの向かいのドアが開き、小野達と同じような衣装に着替え、頭に冠を被った閻魔様が入ってきた。片手に黒い革張りのファイルを持っている。あれが閻魔帳だろうか。
閻魔様が黒い革張りのファイルを開けた。中はタブレット端末だった。
閻魔様がタブレット端末を見ながら皆に話し始めた。
「はい、それじゃあ皆さんよろしく。最初は第128部門かな?」
「はい、閻魔様。強盗殺人を行った者となっております。情状酌量の余地はなく、地獄相当かと」
久場が口頭で説明した。
地獄と聞いて、小野はゾッとした。天国があるのなら地獄もあるのかなと何となく考えていたが、実在すると分かるとやっぱり怖い。
それに気づいたのか、久場が優しく小野に言う。
「多分、小野君がイメージする地獄とは違うよ」
「はい、では行きましょうか」
小野が久場に返事をするより早く、閻魔様はそう言うと、小野達が入ってきたドアから見て右手のドアに入って行った。閻魔様の後を、久場、阿佐美、小野の順番で続く。
ドアの向こうは廊下になっていて、左側の手前と、ずっと奥の方にそれぞれドアがあった。閻魔様は奥に向かう。
久場が手前のドアを開ける前に後ろを振り返り、小野に言った。
「法廷では、閻魔様が本来のお姿になるんで、ちょっと驚くかもしれないけど、とにかく無表情でまっすぐ前を見ながら立っておけば大丈夫だから。決して後ろや上を向かないように」
「わ、分かりました」
小野が緊張した面持ちで答えた。久場と阿佐美が笑顔で頷く。
「それじゃ、入るよ」
久場がドアを開けた。
† † †
ドアの先はとてつもなく広い立派な法廷だった。法壇は2階建ての建物くらいある。そして、その法壇奥の観音開きの扉が異様に大きい。ビル10階建てくらいの高さがあるのではないか。
小野達は、法壇正面の下に並んだ。久場の右に阿佐美が、久場の左に小野がそれぞれ立った。
被告人席には、見るからに凶悪そうな男が立っていた。その両側には、牛の頭をした鬼と、馬の頭をした鬼が控えていた。どちらも身長が5メートルくらいはあり、筋骨隆々、大きな鉄の棍棒を持っている。
男が小野達に叫んだ。
「なんだあ? ハゲにガキが裁判でもするのか? お前らも殺してやろうか! 一度死んだんだ。もう何も怖くないぞ!」
男が小野達を睨み付けた。小野は怖かったが、必死に無表情で前を見続けた。
ドンッ!
鬼が鉄の棍棒で床を突いた。法壇奥の大きな扉がギギギと音を立てて開いたようだ。小野の位置からは見えないが、後方の法壇に、明らかに巨大な何かが入ってくる気配を感じた。
小野はその何かを見たい気持ちを必死に我慢して、前を見つめ続けた。
被告人席の男は、先ほどの威勢はどうしたのか、法壇を見上げて呆然としている。
「誰を殺してやろうだと? この愚か者めが!」
物凄く大きく低い声が法壇から法廷内に響き渡った。被告人席の男が、体をガタガタ震わせた。