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38 入れ墨

「大公殿下、お疲れのところすみません。今よろしいでしょうか?」


 ベッドに寝転んだ大公に、小野が姿を消したまま声をかける。少し疲れ顔の大公が、笑顔で応じた。


「ん? ああ、この前の精霊か。いいぞ。出てきなさい」


「ありがとうございます!」


 小野とワタルがベッド脇で姿を現した。大公がベッドから起き上がり、近くの椅子に座った。


 小野とワタルが大公に頭を下げる。


「お疲れのところすみません」


「構わんよ。(たわむ)れで疲れただけだ」


 大公が入れ墨を彫った左腕を(さす)りながら言った。


「また誰かくるとアレなので、手短にお伝えいたします」


 小野が少々慌てながら説明を始めた。


「大公殿下が50歳のとき、奥様と一緒にサラエボへ行く機会があります。最初、爆弾で襲われ、多数の負傷者が出ますが、幸い殿下と奥様にお怪我はありません」


「ですが、その後、殿下と奥様は、負傷者のお見舞いに行こうとなさいます。どうか、お見舞いには行かないでください。行くと、殿下と奥様は、幼いお子様を残して命を失うことになります」


 大公が眉をぴくりと動かした。


 小野に続いてワタルが話す。


「しかも、殿下が亡くなられたことをきっかけに、全世界が戦乱に巻き込まれます。人類史上最初の世界大戦です。殿下はサラエボで死んではなりません」


「今日、大公殿下は左腕に竜の彫り物をなさいましたね。その竜の彫り物を見る度に、どうか今の話を思い出してください」


「50歳のサラエボ。爆弾の負傷者のお見舞いに行ってはなりません。殿下と奥様、幼いお子様、そして、全世界のためにも……」


 大公は、シャツの左腕をめくり上げた。竜の彫り物がちらりと見えた。


「せっかくの彫り物が、呪いのようになってしまったな。50歳が近づけば近づくほど、この入れ墨を後悔しそうだ」


 そう言って大公が苦笑した。小野が念を押す。


「どうか、どうかお忘れなきよう……」


 小野とワタルはお互いの顔を見て(うなず)くと、大公に頭を下げ、それぞれタイムリモコンのホームボタンを押した。



† † †



「お二人とも本当にありがとうございます! 大成功ですよ」


 第1部門の会議室。小野とワタルは、大公との接触状況を藤原に伝えたところ、藤原から褒められた。


「欧米の所管庁が大公の様子を定点観測したところ、大公が妻に、日本で彫った竜の入れ墨と、不思議な体験の話をしているそうです」


 小野とワタルはお互いの顔を見て喜んだ。3日粘った甲斐があった。


 藤原が喜ぶ二人を見て言った。


「そこで、折り入ってのご相談なのですが……お二人にサラエボに行っていただくことはできないでしょうか?」


「え?!」


 小野とワタルは思わず驚きの声を上げてしまった。藤原が続ける。


「欧米の所管庁、審判庁は、オーストリア=ハンガリー帝国の皇帝や大臣、暗殺実行者であるプリンツィプや秘密組織『黒手組』、その他ヨーロッパ諸国の宰相等にも接触、働きかけをしています」


 藤原の顔が曇る。


「ですが、復原力が非常に強く、大公と妻のサラエボ入りは避けられないようです。本当に暗殺事件を回避できるのか、直前まで予断を許さない状況です」


「そのため、お二人にはサラエボに行っていただき、必要があれば『精霊』として大公を説得していただきたいのです」


 小野とワタルは顔を見合わせた。2人とも気持ちは同じだった。乗りかかった船だ。最後までやり遂げよう。


 二人は藤原に向かって言った。


「分かりました。サラエボへ行きます!」


「どこまで力になれるか分かりませんが、頑張ります!」


「ありがとうございます!」


 藤原が二人に頭を下げた。

続きは明日投稿予定です。

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