32 落着
何も答えない清吉に、春之助は優しく話しかける。
「清吉よ、先ほどお主は、庄吉は粗暴と言ったね。あれは、女に対してではないか? 庄吉は、お仙にも手を出そうとしていたのではないか?」
「それに気づいたお主は、お仙を守るため、庄吉の行動を警戒していた。事件のあった日は、そもそも帳簿整理などしていなかったのではないか?」
「あの日の晩、お主は源吉や庄吉と一緒に3人部屋で寝ていたのだろう?」
清吉は否定しなかった。春之助は続ける。
「夜中、庄吉が3人部屋にいないことに気づいたお主は、慌ててお仙の部屋の様子を見に行った。そして、争う声に気づき、お主はお仙の部屋に助けに入った」
「おそらく、庄吉が寝ているお仙に抱きついて、抵抗するお仙が枕元の小刀を取り出し、庄吉の背中を刺したのだろう」
「それを見たお主は、庄吉をお仙から引き剥がし、庄吉と揉み合いになったのではないか? そして、2人とも縁側から転げ落ちた」
「庄吉は、背中から落ちて、小刀が身体に深く刺さり死んだ。その後、お主はお仙を説得して、自分が庄吉を刺し殺したとして、身代わりになり自首した。違うか? 清吉」
「違う! 私だ、私が殺したんだ!!」
清吉が立ち上がって叫んだ。同心が落ち着かせようとしたが構わず暴れる。同心がやむを得ず清吉をムシロに押さえつけ、再度縛り上げた。
「清吉さん、もうやめて!!」
その様子を見ていたお仙が叫んだ。目には涙を浮かべている。
お仙は立ち上がると、両親の制止を振りほどいて清吉の前に走り出た。戸惑う同心を押し退けて、清吉の隣に座る。
お仙は、泣きながら春之助に言った。
「お与力様の仰るとおりです! 私が庄吉を刺して殺しました」
それを聞いた清吉が、必死に叫ぶ。
「違う! お仙様は何もしていない! 私が庄吉を殺したんだ!!」
春之助が、静かに言った。
「清吉よ、お主は優しい。お仙を守ろうとしているのであろう。だが、その優しさが、かえってお仙を苦しめているのではないか?」
「もし逆の立場だとするとどうだ、清吉。お仙がお主を庇って、お主の身代わりに首を切られたら、お主はどう思う? 嬉しいか?」
「嬉しい訳がない!」
清吉は、そう叫んだ後、ハッとした顔をして黙った。春之助が優しく言う。
「そうであろう、清吉。お仙も同じ気持ちだ。なあ、お仙」
お仙が泣きながら頷いた。
「清吉にお仙、お主らはお互いに好いておるのではないか?」
春之助の問いに、清吉とお仙がお互いに顔を見合うと、慌てて目を逸らした。2人とも頬を赤らめている。
春之助は、恥ずかしがる2人を見てクスッと笑うと、今度は堀端屋の主人の方を見て言った。
「ときに堀端屋、ここからは私の独り言だが、不法な行いに対して人を殺した場合は、原則として遠島、つまり島流しだ。もちろん、情状酌量による減刑の余地は多分にあるがな」
「一方、妻と密通しようとした男を夫が切り殺した場合は、構いなし、つまり、罪にはならん」
「私が見る限り、清吉とお仙は、まるで仲睦まじい夫婦のように見えるがな」
春之助の独り言を聞いた堀端屋の主人が、春之助の意図を察して話し出す。
「恐れながら申し上げます。わが娘お仙と清吉は、あの事件の前に夫婦となっております」
驚いた顔で清吉とお仙が後ろを振り返り、そしてお互いの顔を見た。
お仙がニコッと笑う。それを見た清吉が照れながら笑顔になった。
春之助が左後ろの父親の方を向き、緊張した顔で言った。
「私の取り調べは以上です」
春之助の父親が一同に向かって威厳のある声で言う。
「それでは、本日の取り調べはここまで。お仙については追って沙汰があるまで両親の預かりとする」
清吉とお仙、そして堀端屋の一同が頭を下げる。
春之助の父親が立ち上がり、後ろの障子を開けて部屋を出て行った。春之助と吟味方の同心が後に続き、小野もこっそり付いていった。




