31小刀
答えに詰まった清吉に、春之助が聞く。
「いつ小刀を懐に入れたのだ? 清吉」
「あ……も、申し訳ございません。朝起きた時に懐へ入れたのを忘れておりました」
「朝からそのような物騒な物を持っておるのか?」
「母の形見ですので、毎日持って歩いておりました」
「そのような大事な物を言い忘れたのか? 手拭いは忘れなかったのに」
春之助が笑いながら言った。清吉が慌てて答える。
「た、たまたまでございます!」
春之助が清吉の後ろに控える源吉に聞く。
「源吉よ、先ほど、清吉は毎朝手ぶらか手拭いを持って1階に下りると言っておったが、小刀を見たことはあるか?」
「いえ、見たことはありません……あ、もしかしたら気づいてなかっただけかもしれません」
源吉が堀端屋の主人の顔をチラ見した後、慌てて補足した。
小野が指向性スピーカーで春之助に小声で話す。
「やっぱり、堀端屋の主人は、清吉をお仙さんの身代わりにしようとしているね。例の流れでいこう」
春之助が小さく頷くと、清吉に質問した。
「清吉よ、その母上の形見という小刀は、どのようなものだ?」
「え?」
「小刀の鞘と柄には、どのような装飾がされている?」
春之助がじっと清吉を見つめながら聞いた。清吉が考えて言う。
「花びらが描かれております」
「何の花だ?」
すかさず春之助が尋ねる。清吉が必死の表情で答える。
「さ、桜の花でございます」
「お、恐れながら……」
「堀端屋よ、私が尋ねるまで話してはならん!」
堀端屋の主人が何か言おうとしたが、春之助が厳しい口調で止めた。
「も、申し訳ございません」
堀端屋の主人が謝罪し、黙った。額に汗が浮かんでいる。
春之助が、おもむろに風呂敷包みを開くと、小刀を取り出し、清吉に見せた。小刀には綺麗な藤の花が描かれている。
堀端屋の主人夫婦とお仙が、驚いた顔でその小刀を見る。
春之助が清吉に聞く。
「清吉よ、小刀の装飾は、この藤の花ではないのか?」
それを見た清吉が頭を下げる。
「も、申し訳ございません! 勘違いしておりました。藤の花でございます」
「桜と藤を見間違うか?」
「気が動転しておりました!」
「この小刀が、お主の母上の形見で間違いないのか?」
「はい、間違いございません」
「本当か?」
「本当です!」
春之助の問いに清吉が大声で答えた。それを聞いた春之助は、清吉に優しく話しかける。
「清吉よ、この小刀は私の母上のものだ」
「え?」
「本当の小刀の装飾は、桜でも藤でもなく、桃の花なのだよ」
そう言うと、春之助は風呂敷包みからもう一つの小刀を取り出して見せた。桃の花の装飾が施されていた。
「……」
清吉が無言で下を向いた。春之助が聞く。
「清吉よ、誰を庇っておる?」
「お奉行様!」
突然、堀端屋の主人夫婦の隣に座っていた若い娘が立ち上がって叫んだ。何か言おうとしたが、堀端屋の主人が慌てて口を塞いで座らせる。
「どうした、娘? ちなみに私は奉行ではなく与力だよ」
春之助が笑いながら聞く。娘が必死に何かを言おうとするが、堀端屋の主人が娘の耳元で何かを言うと、静かになった。
堀端屋の主人が頭を下げて春之助に言った。
「申し訳ございません。娘のお仙は、最近具合が悪く、うわ言を口走る時がありまして」
「お仙、何か言いたいことがあるのか?」
「……いえ、申し訳ありませんでした」
春之助が優しく聞くと、お仙は今にも泣きそうな顔で答えた。
春之助が清吉に尋ねる。
「清吉よ、お主は庄吉の真後ろから背中を刺したと言ったな。どのように刺した」
「右手で上から振り下ろしました」
「実際にそこでやってごらん」
そう言うと、春之助が左後ろに振り返り、父親に聞く。
「一度縄をほどいてもよろしいでしょうか」
春之助の父親は頷くと、清吉の両脇に控える同心に言った。
「清吉が腕を動かせるように縄をほどいてやってくれ」
同心が清吉の縄をほどく。
「さあ、やってごらん」
春之助が促した。清吉が戸惑いながらも立ち上がり、右腕を振り上げて、振り下ろす動作をした。
「こ、このように座っている庄吉の背中を刺しました」
「小刀はどのように持っていた?」
「刃が下に、小指側に来るように持ちました」
「刃は縦に刺したか? 横に刺したか?」
「こ、こうですので、縦に……」
「何度刺した? 刺した後の小刀はどうした?」
「一度だけ刺して、小刀は背中に刺さったままでした」
「その後、庄吉はどうなった?」
「そのまま中庭に倒れ込みました」
「どちら向きに?」
「そ、そのままですので俯せに」
「その後、お主は何をした?」
「な、何も……」
「お仙は?」
「え?」
「お仙は何をしていた?」
「……部屋で寝ておられました」
「清吉よ、やはりお主は嘘をついておる」
「う、嘘ではございません!」
清吉が立ったまま大声で答えた。同心が清吉を座らせた。
春之助は、風呂敷から着物を取り出した。立ち上がり、着物を広げる。背中部分が破けていて、黒ずんだ血の跡がついていた。
春之助が静かな声で清吉に話し始めた。
「清吉よ、この着物は庄吉が着ていたものだ。着物の背中、左肩の下が破れているが、縦に裂けておるか?」
清吉は何も言わなかった。春之助が続ける。
「見てのとおり、横に裂けておる。つまり、刃は横向きに刺さったのだ。まるで、庄吉に抱きつかれた者が、抱きつかれたまま横から手を伸ばして庄吉の背中を刺したようにな」
「そして、庄吉の死体を検めた同心の報告によると、小刀は庄吉の背中に深く刺さり、傷口は乱れていたそうだ」
「一度刺しただけではそんなに傷口は乱れない。清吉よ、庄吉は背中に小刀が刺さったまま、背中から中庭に転落したのではないか?」
清吉は何も答えなかった。
続きは明日投稿予定です。
2/20誤字を修正しました。




