27 一件記録
湯屋から家に帰ってきた春之助達は、食事をした後、出入りの髪結いに髪型を整えてもらい、出勤用の継裃に着替えた。
父親は慣れたものだが、春之助は少し嬉しそうな気恥ずかしそうな顔をしている。それを母親がニコニコ笑顔で見ていた。
春之助と父親は、昨日の帰りと同様お供1人を連れて奉行所へ出勤して行った。
出勤途中、父親の後ろを歩く初々しい春之助の継裃姿に、建物の陰で町娘がキャーキャー言っているのが聞こえた。ちょっと羨ましい。
出勤後、春之助は、父親や先輩与力から頼まれた雑務の処理に追われた。結構忙しそうだ。
先輩与力に頼まれた仕事が終わり、一息ついていると、春之助のところへ父親がやってきた。何やら書類の束を抱えている。
「今朝の湯屋で話に出た堀端屋の清吉の一件記録だ。明日取り調べをする予定だから、しっかり読んでおきなさい。それじゃあ私は別の取り調べがあるから」
「ありがとうございます!」
足早に部屋を出ていく父親の背中にお礼を言うと、春之助は書類の束を開いて読もうとしたが、先輩与力から先例の調査をお願いされ、部屋を出て行った。
結局、清吉の一件記録を読む時間はなく、春之助は許可をもらって書類の束を家に持って帰ることにした。
† † †
夜、小野が昨日と同じく姿を消したまま春之助の自室の隅でウトウトしていると、春之助が寝間着に厚手の羽織姿で自室に戻ってきた。食事と風呂を済ませたようだ。
「うう、寒いなあ」
春之助は、そう独り言を言うと、行灯に火を点し、女中が持ってきてくれた炭を入れた火鉢を文机の右側に持って来て座ると、時々手を火鉢にかざしながら、一件記録を読み始めた。
小野も翻訳ゴーグルをかけて、春之助の左肩の後ろから覗き込む。
一件記録によれば、清吉の供述は次のとおりだった。
……事件当日夜、清吉は夜遅くまで店の帳簿の整理をしていた。本当は、同僚の庄吉と一緒に整理するはずだが、庄吉は具合が悪いと言って先に部屋で休んでいた。
帳簿の整理を終えた清吉は、書類を土蔵に片付けるため、店の奥へ向かった。
縁側を歩いていると、縁側に座ってボーッとしている庄吉を見かけた。
仮病だったことを知って怒った清吉は、懐に持っていた母の形見である小刀で庄吉を刺すと、庄吉は縁側から中庭に転がり落ちて、絶命した。
なお、小刀は庄吉の背中に深く刺さり、傷口は乱れていた。傷口や衣服の破れ等から、刃を横向きにして刺したものと思われる。
事件当日、店の主人と妻、番頭は、取引先に泊まり掛けで挨拶回りに出ていて不在だった。主人の娘は1階の自室で寝ており、先輩の手代や小僧達も2階で寝ていて、事件に気づかなかった。
翌朝、起きてきた先輩の手代や小僧に清吉が事態を説明し、先輩の手代に連れられて近くの自身番に自首した……
「この店の主人の娘が、お仙さんか……」
そう呟くと、春之助が背伸びをした。伸ばした左手が、一件記録を読むのに気を取られていた小野の体に当たった。
「え? だ、誰?!」
春之助が驚いた様子で左後ろを見た。慌てた小野は逃げようとしたが、リュックが重く、バランスを崩して尻餅をついてしまった。
「いたた」
「ひっ……」
尻餅の音と声に驚いた春之助が立ち上がって部屋の中を見回す。誰もいない。
「どうした?」
大きな音に気づいた父親が、障子を開けて部屋を覗いた。
「へ、部屋に誰かが……」
「誰もいないぞ、書類を読んでて居眠りでもしたんじゃないか?」
父親が部屋の中を見回した後、笑って帰って行った。
春之助は、静かになった自室を見回すと、怯えた様子で呟く。
「も、もしかして、あの書状の祟りじゃ……」
マズイ。このままだと、怖がってこの事件から手を引きかねない。そうなると、冤罪を防げずに臨終時幸福度が下がったままなんてことに……
小野は、姿を消したまま尻餅をついた場所に座り、優しく小さな声で話しかけた。
「た、祟りじゃないよ。春之助君を助けに来たんだよ」
「だ、誰なの?」
春之助が、おそるおそる声のする方に向かって尋ねた。




