26 朝風呂
リュックいっぱいに様々なアイテムを入れた小野が平行世界に戻って来たのは、春之助が例の書状を読んだ翌朝だった。
小野は、消えるくんで姿を消したまま、春之助の自室の隅で春之助が起きるのを待つ。
しばらく待っていると、春之助の自室の障子が開いて、父親が顔を覗かせた。
「春之助、朝風呂に行くぞ」
春之助が目を擦りながら起きた。しばらくぼーっとしていたが、父親からもう一度声をかけられると、ようやく布団から出て着替え始めた。
小野は部屋の隅でその様子を眺める。なんだろう、これって完全なプライバシー侵害なんじゃないだろうか。春之助くん、ゴメン。
春之助と父親は、二人で桶を持って近くの湯屋に向かった。小野も姿を消したまま付いていく。
「春之助、これからは朝風呂へ行くんだから、夜は家で風呂に入らなくてもいいんじゃないか? 薪代も馬鹿にならんし」
「父上、前にも申し上げたとおり、私は湯浴みが大好きなのです。他の贅沢はいたしませんので、どうかこれだけはお認めください」
「まあ、キレイ好きなのは良いことだがな」
などと、たわいもない話をしながら、二人は湯屋に到着した。父親が受付に声をかけ、何故か女湯に入って行く。
「父上、どうして与力は朝の女湯に入るのですか?」
刀掛けに刀を置き、脱衣所で服を脱ぎながら、春之助が父親に聞いた。
「この時間、女性は食事の準備等で忙しくて誰も来ない。一方、男湯は、仕事前の者や夜遊び帰りの者など、色々な素性の者が来る」
「そこで、我々は女湯に入れてもらって、男湯の会話をこっそり聞いて、世情を学んだり、何か事件が起こっていないか調べたりしているんだ」
「なるほど」
「ただ、これが事件の役に立ったことは一度もないがな」
そう言って笑うと、父親が脱衣所から洗い場へ移動して、身体を洗い始めた。春之助が首を傾げながら後を付いていく。
脱衣所と洗い場の間には、特に間仕切りがないので、小野はとりあえず脱衣所で待機する。
先程の話を踏まえると、真面目な春之助は男湯の話声に注意するだろう。そこで、清吉とお仙の話が出てくれば気にしてくれるのではないか。
そう考えた小野は、脱衣場の男湯と女湯の間仕切りに近づいて、上を向いて喋った。
「そういえば、堀端屋のご主人の娘さん、最近見ないね」
次は低めの声で話す。
「ああ、お仙さんね。ほら、この前に堀端屋の庄吉が同僚の手代に殺された事件があったろ? あの後から塞ぎ込んでるらしいぞ」
「へえ、お仙さんは庄吉といい仲だったのかね」
「あのろくでなしがお仙さんといい仲になる訳ないだろ。捕まった手代が好きだったって噂だ」
「へえ、そりゃ可哀想に。何があったのかね」
一人二役をこなした小野は、静かに反応を待った。
春之助が少し考えてから小声で父親に聞いた。
「いま男湯から聞こえてきた堀端屋の殺しの件、父上はご存知ですか?」
「ああ、知ってるよ。清吉という手代でな。自首してきている。奉行の前でも素直に罪を認めていてな。近々取り調べる予定だ」
父親が身体を洗い終わり、奥の浴槽へ向かった。慌てて春之助も付いていく。
浴槽のある部屋は、湯気が出るのを防ぐためか、入り口がかなり低くなっている。春之助と父親が身体をかがめて中に入って行った。小野は、とりあえずその入り口前に屈み、中の二人の会話に耳をそばだてた。
「……父上、その取り調べに私も出席させていただけないでしょうか?」
「うーん、そうだなあ……まあ、簡単な事件だし、ちょうどいい勉強になるかもしれん。いいぞ。今度の取り調べに同席しなさい」
「ありがとうございます!」
どうやら春之助は清吉の事件に関与できることになったようだ。
良かった、一歩前進だ!
小野は、湯屋で服を着たままリュックを背負って待ち続ける状況に少し悲しい気分になりながら、春之助達が風呂から上がってくるのを待った。




