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17 野路の酒宴

藤一郎(とういちろう)殿、『人』の字を手のひらに書いて飲む真似をすれば必ず落ち着きます」


 小野が、まだあどけなさの残る16歳の華奢な若武者に笑顔でアドバイスした。それに(じい)が続く。


「さあ、深呼吸してくだされ。ここは藤一郎殿の堂々たる立ち振舞いを見せてやりましょうぞ」


「分かってる、分かってるけど、ま、まさか()(しゅう)殿(どの)にお会いできるなんて……やっぱり緊張してきた」


 小野と爺のアドバイスを受けて、若武者が緊張した面持ちで陣幕へ向かって歩き出した。


 ここは、承久3年6月12日、西暦だと1221年7月3日の夕方。琵琶湖南東の野路(のじ)という場所で、武州殿、すなわち後の鎌倉幕府第3代執権、北条(ほうじょう)泰時(やすとき)の陣幕のすぐ外だ。


 小野は、今回のサポート対象者である若武者、桜田(さくらだ)藤一郎(とういちろう)義之(よしゆき)の従者「(あつし)」として、もう1人の従者である「(じい)」と一緒に、藤一郎の緊張を何とか和らげようとしていた。


 藤一郎は、()(しま)()(ろう)行時(ゆきとき)という武将の部下である桜田(さくらだ)三郎(さぶろう)義房(よしふさ)の息子だ。本来は父親の三郎が戦に参加する予定だったが、直前に大怪我をしてしまい、代わりに藤一郎が戦に赴くことになったのだ。


 この戦は、後に「承久の乱」と呼ばれることになる。


 藤一郎は、この2日後、宇治川の戦いで溺死するのだが、臨終時幸福度が低かった。


 そのため、臨終時幸福度を上げて天国へ行けるよう、並行世界で別の人生を歩んでいるのだが、何とこれが101回目という状況だ。なかなか臨終時幸福度が上がらない。


 そこで、今回は例外的に付きっきりでサポートすることになったのだ。関係者への記憶操作等は事前に阿佐美が実施済みだ。また、言葉の違いについては、小型翻訳機を使って対応している。


 藤一郎の人生の岐路は2つだ。


 一つ目は、今日、この後に北条泰時から飯を頂く際に、緊張のあまりしっかり挨拶できずに恥をかいてしまう。ここで、何とかしっかり挨拶できるようサポートする必要がある。


 そして、二つ目は、明後日の宇治川の戦いで活躍できずに溺死してしまう。ここで、無事に渡河した上で活躍できるようサポートする必要がある。


 まずは何とかして北条泰時との謁見をクリアしなければ。小野は、自分の緊張が藤一郎に伝わらないよう、笑顔を絶やさず、爺と一緒に藤一郎に話しかけ続けた。



† † †



 藤一郎、爺及び小野は、陣幕の中に入った。陣幕内の左右には、いかにも強そうな武将が並び座り、正面には、おそらく北条泰時と思われる武将ともう一人の武将、あと藤一郎と同じくらいの年と思われる若者の武士が座っていた。


 その3人の手前には、藤一郎の上司、幸島四郎が座っていた。酒宴の真っ最中だ。


 幸島四郎の横には、すでに陣幕内に案内された幸島四郎の部下が控えていた。一番若い藤一郎が最後に呼ばれたのだ。


 正面の武将のうち、やや若く見える方が、幸島四郎に聞く。


「四郎よ、あの若者か?」


「はい、武州殿、我が父の代からの郎党である桜田三郎の息子、藤一郎でございます」


 質問したのは北条泰時だったようだ。幸島四郎が答えた。本当はもっと堅苦しい会話なのだろうが、翻訳機のお陰で分かりやすい。


「おお、次郎庄司にいつも従っていた三郎の息子か。藤一郎とやら、こちらへ」


 北条泰時に呼ばれて、藤一郎が手のひらに「人」の字を書いて飲む仕草をした。緊張した面持ちで前に進む。いよいよ、藤一郎の人生の岐路の一つ目が近づいてきた。



† † †



「藤一郎殿、素晴らしいお姿でしたぞ」


「本当です。ご立派でしたよ!」


「ありがとう。爺と篤のおかげだよ」


 酒宴が一区切りし、小野達は陣幕を出て今晩寝泊まりする木の下に集まった。


 藤一郎は、緊張しながらも大過なく挨拶を済ませ、北条泰時から飯を賜った。藤一郎だけでなく、従者である爺や小野も飯を賜ったのは意外だった。


 地べたに座り、ホッと一息ついた藤一郎の顔から笑みがこぼれる。


 実は、藤一郎はこの一つ目の人生の岐路で30回ほど失敗していた。「人」の字を手のひらに書いて飲むおまじないが効いたのだろうか。幸い復原力による妨害もなかった。


 とにかく一つ目の人生の岐路は無事クリアできたようだ。小野は心の中でガッツポーズをした。

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