15 ラーメン屋②
「なっ?!」
小野が消えるのを見て、強盗犯が驚き一瞬固まった。小野は、急いでしゃがむと向きを変え、強盗犯のお腹を思いっきり両手で押した。強盗犯がバランスを崩して転倒する。転倒した拍子に包丁が通路に転がった。
「包丁を拾って!」
小野が立ち上がって叫んだ。転がった包丁を貝原の方へ蹴ると、急いで誰もいないテーブル席に移動する。
小野の声に気づいた貝原が、突然自分の方へ転がってきた包丁に戸惑いながらも拾い上げ、カウンター越しにアルバイト店員に渡すと、立ち上がろうとする強盗犯に飛びついた。店長も厨房から通路に回り加勢する。
「警察呼んで!!」
小野が厨房のアルバイト店員に向かって叫んだ。店員はびっくりしつつ、店の奥の電話の所へ走って行った。
ほどなくして、駅前交番の警察官が駆けつけ、強盗犯を確保してくれた。貝原や店長に怪我はないようだ。良かった。
店内には、どんどん警察官が増えてきた。小野は、姿を現すタイミングを完全に失ってしまった。
人とぶつからないように気をつけながら、カウンター下に潜り込み、リュックから財布を出すと、とりあえずラーメン代として1000円を出した。皆に気づかれないよう、そっとカウンターに置いた。
その時、妻子と一緒に奥のテーブルで待機していた貝原が、店内に叫ぶ。
「おーい、さっきの少年! 君はもしかして、俺が子どもの時に助けてくれた『遠い親戚のお兄ちゃん』じゃないのか?」
「もしかすると、俺の人生を何度も助けてくれたんじゃないか? 俺を、家族を守ってくれてありがとう!」
貝原は、子どもの時のことを覚えていてくれたんだ。嬉しさのあまり涙が出た。本当は良くないのだろうが、思わず小野は声を出してしまった。
「貝原さん、お幸せに!」
小野はタイムリモコンのホームボタンを押した。
† † †
「ただいま戻りました!」
軽い眩暈の後、小野は、第128部門の執務室に帰ってきた。壁の時計を見ると、出発したときから5分くらいしか経っていないようだ。
「おかえり! あれ? 消えるくんを作動したままかな?」
久場が不思議そうに言った。そうだ、消えるくんで消えたまま戻って来たんだった。小野は慌てて消えるくんのボタンを押した。
「おかえりなさい。色々あったようね」
阿佐美が小野の顔を見て優しく言った。小野は、慌てて涙を制服の袖で拭った。
「お疲れ様。どうだった?」
リュックを自席に置いた小野のところへ久場が歩いて来て尋ねた。小野が答える。
「色々トラブルもありましたが、何とかクリアしました」
「そうか、クリアおめでとう!」
久場が小野の肩に手をポンとおいて褒めてくれた。ちょっぴり恥ずかしかったが嬉しかった。
「それでは、貝原さんの臨終を確認しますね」
「ありがとう、よろしく」
久場の了解を得て、阿佐美がノートパソコンで作業を始めた。平行世界のある時点にアクセスすれば、そのアクセス前の過去は確定する。
つまり、貝原さんの臨終時の状況を確認すれば、貝原さんのもう一つの人生が確定するということだ。小野の成果がこれで分かる。ドキドキする。
阿佐美がノートパソコンを見ながら言う。
「はい、確認できました。平行世界の西暦2039年6月19日の日曜日、午前10時20分に病院でお亡くなりになりました。享年69歳。脳腫瘍だそうです」
最初の人生より長生きしたようだ。阿佐美が続ける。
「臨終時幸福度は暫定値で85。無事に天国へ行けそうですね。他の方の人生への影響も許容範囲です」
「貝原さん、今度は幸せな人生を歩めたみたいで良かった……」
阿佐美の説明を聞いて、小野は力が抜けた。自席に手をつけて、座り込むのを何とか防いだ。
「よし、それじゃあ、空きのある簡易審査部門に連絡してもらっていいかな」
「分かりました。今は第425部門が空いてるようですね。貝原さんの魂の統合と誘導を依頼します」
「了解、それでよろしく」
どうやら、貝原さんの魂は、これから簡易審査を受けて天国へ行くようだ。
小野は、自席の机に座り、ほっと一息ついた。一気に疲れを感じたが、それ以上の達成感、充実感があった。
貝原さんがもう一つの人生を無事に幸せに過ごすことができて、本当に良かった。




