中野凛(なかのりん)の告白1
毎日、毎日、日常で溜まるもやもやを、誰かと話すことで発散。
それが、わたしの唯一の楽しみになってた。
オンラインゲームで知らない人と話すのは怖いこともあるけど、
画面から手が伸びてくることはないし、嫌なら拒否したらいい。
それ以上に、知らない人と話すほうが、何でも話せたし、
いろんな場所、年代の人とも話せて、それは新鮮で刺激を与えてくれる。
でも、今日はちょっと後味が悪すぎた。
だから、そいつに一通のメッセージを送りつけて、ログアウト。
夜中、スリッパを床に這わせながら、
なるべく足を上げず足音をさせないように、一階へと降りる。
二人の寝室の前を通ると、ドアが開けっぱなしだった。
父親の隣で寝ている女性は義母。
悪い人ではない。むしろ、よく気を遣ってくれている。
問題はその隣。
10歳の誕生日が二日後に迫っていた。
父親は毎日、仕事に忙しくその日も偉い人との接待とやらで、
「酒を飲んで運転できないから、迎えにきてくれ」
と母親に頼んだ。
当時は父親のことが好きだった。あまり会えない寂しさを感じてた。
家で留守番するように言われたけど、一緒に行きたいと駄々をこねた。
迎えにいって父親を驚かせたかった。
いつも遅くまで仕事を頑張っている父親に「お疲れさまっ」と言いたかった。
わたしは助手席に座っていた。
赤信号で車が止まって車内が静かになったとき、
前方からエンジン音が迫ってきた。
眩しい光が目を閉じさせた、
一瞬だった。
対向車が信号を無視して中央線を越えて、母親の車に向かって突っ込んできた。
反射的に母親はわたしに覆い被った。
数秒後、車の前半分はジュースの缶を押しつぶしたようにぺちゃんこだった。
その隙間に挟まっている母親は頭から血だらけだった。
手を伸ばしてその顔に触れても動かなかった。
「ママーッ」
必死に呼びかけたけど、返事はなかった。
ママが起きない、誰かを呼ぼなくちゃ、
車から出ようとしても左足が挟まって動けなかった。
助けが来るまで、動かない母親と一緒だった。
母親が亡くなって後、父親はわたしに何度かそのことを愚痴った。
「お前さえ、家で留守番してたらな」
家で留守番していたら事故が起こらなかったのか、
それは疑問だった。
ただ、母親一人ならわたしをかばわず、
車を動かしたり、逃げ出せたかもしれない。
言われるのは辛かったが何も言い返せず、自分を責めた。
同じくらい、母親を呼び出した父親を責めたい気持ちもあった。
でも結局、思うだけで言えなかった。
いや、それ以降、話をしなかった、これが事実。
父親と最低限の会話で過ごす日々が続いた。
ずっとこのままでいい、そう思っていたのに母親の死から3年後、
「りん、新しいママだ」
突然、義母を連れて機嫌よさそうに帰ってきた。
父親のあんな笑顔を見た記憶なかった。
その笑顔は、父親があの事故のことを忘れてしまった証に見えた。
隣にいた女性は母親よりずっと若くまだ20代後半くらい。
スーツ姿がよく似合う、聡明な感じのする女性。
後から聞いた話では会社で父親の秘書をしている女性だった。
わたしはその光景を見て、心が混乱した。
事故の場面を何度も思い出した。
どんなに辛くても、母親を記憶から消しちゃだめ。
子供心に信じられないと思ったし、父親に殺意さえ覚えた。
今はさすがに殺意はないけど、まだ敵意を感じることはある。
でも、そういったここでの生活も卒業するまで、あと1年弱の辛抱。