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異世界から美女がやってきて、何故か俺に懐いてくるんですが……って、その美女とやらはどうやら私のようです

作者: 月食ぱんな

お立ち寄り頂きありがとうございます。

前半に控えめですが、お食事中にはそぐわない描写があります。

よろしくお願いいたします。

 魔物をうんざりするほど討伐し、魔石をがっぽり得る事が出来た日の夜。


 ランタンの明かりに照らされた、冒険者ギルドでは今回の任務の功労者である魅惑士(みわくし)ロミオ・オドネルを囲む美女達が、揃って祝杯を交わしていた。


「ロミオ様、今回も素敵な立ち回りでしたわ」

「ほんと、ロミオ様が次々と魔物をチャームしてくれたお陰で、私は楽ちんでした!」


 目の前で主人の気を引こうと、媚びた声を出す二人の女冒険者。その二人に負けてはなるものかと、私は息を吸い込む。


「ロミオ様、すごいですぅー」


 両手を胸の前で組み、意識的に半オクターブほど声色をあげた声が自分から飛び出した瞬間、はたと思った。


(きもっ)


 自分の発した声に対し感じた嫌悪感に困惑し、もう一度声をあげてみる。


「さすがですわぁ! ロミオ様!」


 再び私のものとは思えない、やたら媚びるような声が飛び出した。


(なんだろこれ)


 そう思った途端、私の脳裏にまるで走馬灯(そうまとう)のように膨大な記憶が押し寄せてくる。


(やめて!)


 抗うものの、記憶の波にすっかり飲み込まれた私は、胃の奥から何かがせり上がってくるような、そんな不吉な感覚に襲われた。


「あ、ごめんなさい……ちょっと席を外します」


 慌てて立ち上がると、急いでトイレへと向かった。そして個室に飛び込むと鍵をかけ、便器に向かって思いきり吐いた。


「うぇっ……きもっ」


 そして胃が空っぽになると同時に、私の頭の中にかかっていたモヤのようなものが、はっきりと晴れていく。


 そして。


「理解した、しちゃったんだけど!!」


 これ以上ないくらい目を見開き、一人便座に話しかける私。


 何故なら、今いる世界が『異世界でスキル「イケメン」の才能を授かったので、せっかくだし最強ハーレム構築を目指してみる』というどこか男性向けっぽい異世界に、自分が存在している事に気付いてしまったからだ。


「くっ」


 私は拳を握りしめる。

 正直イケメンハーレム要因であったとしても、本人が幸せならば構わない派だ。


(だけど私は……)


 いつの間にか物語からその存在をフェイドアウトさせられる魔法使いサブリナ……である気がする。


(やだ、ひっそりフェイドアウトなんてしたくない!)


 しわくちゃのお婆ちゃんになり、この世界から息を引き取るその時まで、私は自分が主人公である人生を生き抜き全うしたい。


 そう決意した私は魔獣臭いローブを翻し、ひっそりと店を飛び出したのであった。



 ***



 ハーレム御一行が泊まる宿屋で、呑気に湯浴びをしたのち、新たな旅立ちのためにそれなりに見た目を整えた。そして私は、ロミオの見目麗しさに後ろ髪を引かれつつも、何とか宿を後にする。


「なんだろう、とても具合が悪いわ」


 時間が経つに連れ、何となくこの世界に自分がいる事に、違和感を覚え始めてきた。

 (なん)なら、自分の体がまるでゴーストのように透けてきているような気がする。


 魔力の具合も悪いし、とにかく最悪だ。


「とりあえず、どこにいこう」


 手持ちの所持金は心許ない。

 かといって、冒険者は一人じゃできない。


(困った)


 自分の人生を歩もうと思ったけれど、行くあてもない。


 それでも私は、ガス(とう)の心もとない灯りの中、何度も後ろを振り返りロミオが着いて来ないか確認する。何故なら彼の魅力魔法とイケメンっぷりは最強だからだ。


(ロミオを前にしたら、抗うなんて多分無理)


 イケメンパワーに怯える私は十五回ほど後ろを振り返り、ロミオが来ないかいちいち確認したのち、前を向いた。


 その瞬間。


「サブリナ!!」


 ぬっと目の前に現れた誰かに私はガッチリ身体(からだ)をホールドされた。


「あぁ、良かった。何とか間に合ったみたいだ。僕のドロドロと(よど)みきった愛が届いて、呪いが解けたんだね」


 涙声が頭上から降ってくる。

 私はモゾモゾと体を動かし、何とか顔を上に向けた。するとそこには、暗闇の中でもツヤツヤと輝く銀髪に、潤んだ赤い瞳を私に向ける美しい青年の姿があった。


「ランディ・バーナード」


 私は自分を見下ろす顔に物凄く見覚えがあった。

 たしか彼はロミオに魅了された私が、うっかり婚約破棄をした人だ。


「そうだよ。僕だよ。覚えていてくれたんだね」


 嬉しくて仕方がないといった様子でぎゅうぎゅうと抱きしめてくるランディの腕の中で、私は青ざめた。というのも、ロミオに夢中になった私は彼と婚約破棄をしたいがあまり、口にするにも恐ろしい暴言を吐いたような気がするから。


「ええと、その節は婚約を破棄」

「君が謝る事はない。全てあいつが悪いんだから」

「いえ、あの……」

「君は被害者なんだ。悪いのは全部ロミオだ」


 薄暗い夜道の中でキラリンとランディの赤い瞳が怪しく光る。


「大丈夫。もう心配いらないよ。君に婚約破棄されて、失意のあまり全ての力を開放した僕はもはや無敵だ」


 自信に満ちたランディはとても格好良く見える。でも。


「ええと、全ての力を開放とは一体」

「大丈夫、ロミオは僕が始末してくるから」

「えっ、始末!?」

「ああ、君の脅威になるものは全て排除しておかないといけないからね」


 爽やかな笑顔で言い切るランディ。


「お願い。話をきい――」


 言いかけた言葉を遮るようにランディの美しい顔が私に近づく。そしてそのまま私は唇を呆気なく奪われた。


「んー!」


 驚いて鼻から抗議の声を漏らすも、流れ込む魔力の心地よさに、思わず目をつぶって受け入れてしまう私。しかし、いつまでたっても口づけは終わらず、それどころか舌が侵入してきた事で私はハッとして目を見開く。


(なんてこと!!)


 驚き、身を(よじ)るも、しっかりと腰に回されている腕からは逃れられない。


(ごめんね、ランディ)


 私は下ろした手に杖を召喚すると、魔力を込めランデイの足元に向け発射した。


「うわっ」


 私の抵抗が効いたのか、ランディはふらりと後ずさる。


「君の極上な魔力を久々に感じた。とろけるかと思ったよ」


 ランディは笑顔でそういうと何事もなかったかのように、また距離を詰めようとしてくる。


 もはや救世主と思われたランディこそが、危険人物そのものだ。


「ちょ、ちょっと落ち着こう?」


 私はランディに杖を向けたまま、後ずさる。


「僕はいつだって冷静そのものだよ」


 笑顔のランディが一歩私に近づき、ガス灯のオレンジの灯りの下にその姿が晒された。

 その瞬間、私は固まる。


「ランディ、し、しばらく見ないうちに頭にヤギみたいな角が生えてるけど……」


 私はランディの頭に生えている黒いツノを指差す。湾曲した太くて黒いそれは、明らかに人間の頭に生えて良いものではない。


「あれ? ほんとだ。ヤダナア季節性ノビョウキかナニカダロウカ」


 自分の頭に手を当て、不思議そうに首を傾げるランディ。その仕草だけ見ればとても可愛らしい。

 けれど実際問題、彼の頭から生えた立派な角の存在が可愛さ全てを台無しにしているし、明らかにたどたどしい言い方は、ツノを誤魔化す気満々だ。


「まあいいか」


 ランディはそう言うと再び私との距離を縮める。


「待って、ランディ落ち着いて」


 必死で説得するもランディは止まらない。


「大丈夫。ロミオを殺したあとは、二人で仲良く暮らそう」

「こ、殺すの!?」


 私は大きく目を見開く。

 二人で仲良くには惹かれるが、もう一つのほうは流石に却下願いたい。


「当然じゃないか。あんな奴生きている価値もない」


 ランディは今まで見たこともないくらい、怖い顔になる。そして私のローブについた魔獣の血を眺め、顔をくしゃりと(ゆが)ませた。


「ランディ、あなたの気持ちは嬉しいけれど、流石に殺すまでしなくても」

「サブリナを、魔獣をこんなに苦しめて……許せない」


 魔獣の血を見つめる、ランディの瞳からぽたりと一粒の涙が零れた。


「ランディ……」


 私はランディの頬を伝う涙の粒を見て胸が痛む。


 そもそもどうしてランディの頭にツノが生えたか。それは不明だし正直不気味だ。けれどランディは自分勝手に婚約破棄をした私を今でも愛してくれている。


(本当の愛がここにはある)


 私は長いこと探し求めていたような?愛の終着点をようやく見つけた気分になった。そして愛情たっぷり、ランディに歩み寄ろうと杖を収め、足を一歩踏み出す。


「ランディ……わたし」

「ちょっと待った!!」


 突然現れた第三の人物の声に、私は慌てて振り返る。


「ロミオ様!!」


 そこにいたのは、この世の「綺麗なもの」全てを集めたような破壊的に美丈夫(びじょうぶ)な男性だ。私はその姿を目にし青ざめる。何故ならロミオの魅了魔法は恐ろしいほど強力なものだから。


「ランディ、お前は振られた男の癖にいまだ、サブリナに付き(まと)っているのか?」


 小馬鹿にしたように、ロミオがフンと鼻を鳴らし腕組みをする。


(格好いい……)


 私はついロミオの傲慢な態度に見惚れる。

 そして直ぐにハッとし我に返る。


(まずい、これはまだ完全に私の中の魅了魔法が解除されていない証拠)


 私は警戒し、ロミオと距離を取ろうと一歩後ろへ下がる。


「サブリナ、こっち」


 自分の背後に私を隠すよう、ランディがグイッと私の手を引っ張った。しかし私のもう片方の手はロミオにしっかりと握られてしまう。


「あっ」


 ロミオが手を取った瞬間、私は不可抗力(ふかこうりょく)といった感じで、顔をポッと赤く染めてしまう。


「触るんじゃない! サブリナは僕の花嫁なんだぞ」


 グイグイとランディが私を引っ張る。


「ふん、貴様のような男に嫁ぐ女などいるものか」


 ロミオの言葉にランディはムッとした表情を浮かべた。


「黙れロミオ! サブリナは僕のものだ。お前なんかには渡さない」

「いいや、サブリナは俺を選ぶ」


 私は見目麗しい男性二人に両側から引っ張られ、とにかく頬に熱がこもる。


(あぁ、幸せ)


 心が愛で埋まりかけたその時。

 ピシリと空から一筋の雷が地面に落ちた。


「きゃぁ」

「うおっ」


 私とロミオは驚き、我に返る。

 そしてロミオは私を掴んだ手を離した。


(あぁ残念……痛い)


 私は自分の弱気な心に活をいれるべく、手の甲を力強くつまんでおく。


「ふざけるな。サブリナは僕の妻になる人だ」


 ランディは私の手を引いたまま、ロミオを睨みつける。心なしかランディの体から邪悪な雰囲気たっぷりな、紫色の魔力のモヤが放出されているような気がしなくもない。


「残念だが、もう俺はサブリナの心を入手済みだ。お前よりも先にな」

「嘘だ!」

「じゃあ彼女に問えばいい。どちらの男を愛するのかと」


 ロミオが余裕たっぷり、ニヤリと笑う。


「望むところだ」


 ランディも負けじと口元を悪そうにゆがませた。


(えええ。そんなの選べな……くっランディ好き)


 私は自らの体に罰を与える事なく、本当に愛する人を密かに選び抜く。


「勝った、勝ったわ。私は魅了魔法に勝ったわ、ランディ!!」


 喜びの声をあげるも、私は完全に無視された。


「ロミオ、君がどれだけ強い魅了魔法を持っていようが、所詮(しょせん)人間だ。全ての力を開放した魔王である僕に勝てるとでも思っているのか」

「ふん、何を言っているんだ。俺は勇者だぞ。大体魔王は勇者に倒されると相場が決まっているんだよ」

「えっ、どういうこと?」


 喜んだのも束の間。目の前でシレッと交わされる二人の会話に目を丸くせざるを得ない。


「ランディが魔王でロミオ様が勇者!?」

「そうだ。サブリナは気づいていなかったかもしれないが、君は世界に選ばれた存在だったんだよ」


 ロミオが整った顔を私に向け、ニコリと微笑む。


(やだ、イケメン……って)


「で、でも、ど、どうして私が選ばれたの?」


 気を緩めたが最後、ロミオに見惚れがちな自分の手の甲をぎゅうぎゅうつねりながらたずねる。もはや自分で自分を虐待していると、自分に全力で訴えられそうな状態だ。


「勿論、君が主人公級に魅力的だからさ」


 ロミオがパチリと私にウインクする。

 その瞬間、頭上の星々の幾つが、流れ星となり奇跡的にロマンチックな空間を生み出した。


「えっ、そ、そんな」


(やだ、ロミオ様、すき……痛い……)


 私は自分で自分の足を思い切り踏んだ。

 確かにロミオは格好いいことこの上ないが、その見た目に絆された結果、私はひっそりとフェイドアウトの運命が待っている……ような気がする。


(私はそんなのいや。自分の人生を生きる。それにランディも格好いいし)


 例え頭に不可思議な角が生えていようと、魔王だろうと、ずっと私を待っていてくれたランディこそ私のマイ・ハート。私はランディの背後に隠れ、彼が羽織る黒いローブをギュッと掴む。


(ん?何このバサバサしたもの)


 私はモゾモゾとランディの背中にある謎の物体に手を這わせる。怪しいそれは、何だか折りたたんだ鳥の羽根のような……。


「サ、サブリナ、あはは。えっと、く、くすぐったいから、あはは。自重してもらっていい?」

「あっ、ごめんなさい」


 私は慌ててランディの背中にある、謎の物体から手を離す。


「サブリナ!!」

「はい!!」


 ロミオに声を呼ばれ、私はつい反射的にランディの背中から顔を出す。


「君は旅の間、俺の心を掴んで離さなかった。愛してる。さぁ、みんなも待ってる。帰ろう」


 ロミオが私に手を伸ばし、優しい言葉と眼差しを向ける。


「そ、そんな事急に言われても……」


 私は突然告げられた愛の言葉に恥ずかしくなり、頬を赤らめる。


「おい、サブリナに魅了魔法をかけながら口説くのはやめろ。お前の相手は僕だ!!」


 ランディがロミオをピシリと指差す。

 その瞬間、私はまたもや頭がピンクのモヤで埋まりかけていた事に気付く。


(やはりロミオのイケメンパワーは手強いわ)


 私は簡単に飲み込まれる自分のチョロさを悔しく思い唇を噛む。


「チッ、邪魔すんな。魔王だろうとなんだろうと、俺が本気になれば一瞬でお前なんて倒せるさ」


 ロミオがランディを挑発する。


「後悔しても遅いからな」


 ランディはそう言うと、右手を高く掲げた。


「なんだ?」


 ロミオが不思議そうにランディを見つめる。


「ああ、ランディ。なんてこと……お願い、やめて」


 突然ランディの背中から大きな黒い羽根がバサリと飛び出した。そして、ランディが空にかざした手のひらから、黒い霧のようなものが立ち昇った。そしてその怪しさたっぷりな黒い霧は、あっという間に辺り一面を覆い尽くす。


「まさか、これは闇のパワー!」


 私は驚き、頬に両手を当て叫ぶ。

 ただし、闇のパワーがどういう効果をもたらすのかはわからない。何となく叫んでおいたほうがいいかもと思った瞬間、口から勝手に飛び出してしまっただけだ。


「この力さえあれば、僕は誰にも負けない。そして二度と君に婚約破棄なんて馬鹿な選択はさせないだろう」


 ランディがロミオに向かって不敵な笑みを浮かべつつ、私の過ちをチクリと責めるような口調で述べた。


「ランディ、やっぱり私を恨んでいるのね……」

「恨んでなんていない。愛しているだけだよ」


 ランディが私の肩を抱き寄せる。


「僕には君だけだ。サブリナ、愛してる」

「ランディ……」


 私は最上級の愛の言葉に胸がいっぱいになる。


「ランディすき」

「サブリナ、だいすきだ」


 私はランディと二人だけの世界といった感じで見つめ合う。そしてランディの怪しげな赤い瞳が徐々に近づいてきて、私はそっと目を閉じ。


「おーい、そこの二人!イチャつくのはそこまでにしてもらえるか」


 ロミオの呆れたような声に、私とランディはパッとお互いから離れる。


 危ない。公衆の面前でうっかりハートを撒き散らす、空気の読めないカップルになってしまうところだった。今回ばかりはロミオに感謝だ。


「まあ、いいさ。俺は今から魔王の力を解放し、元いた世界にサブリナを連れて帰る。こんな馬鹿げた世界とはおさらばだ!!」


 ランディは自らの首に掛けられている、小さな黒い石を弄り始めた。

 するとピカッと空が光り、先程ランディが開放した闇のパワーが空で大きな渦を形成し始めた。


「ランディ、それと、あれは一体何?」


 私は恐る恐る、空でトグロを巻く怪しげな雲の存在と、首元にある黒い石についてまとめてたずねた。


「空のあれは時空の裂け目で、これは空間転移魔導石(まどうせき)と呼ばれるものだ。因みにこれを壊されたらサブリナと僕は元の世界に戻れない」

「えっ!?」


 私は驚きの声を上げる。

 何故なら元の世界とはなんぞや?と素朴な疑問が浮かんだからだ。ついでに言うと、壊されたら戻れないだなんて、そんな大事そうな事を宿敵となり得るロミオの前で告げていいのかと、そちらも少し疑問に思った。


「ちょっとまて。元の世界とはなんだ?」


 すかさず、ロミオが私の代わりにたずねてくれる。


(気の利く男の人って素敵……痛い)


 やっぱり魅力されまくりな、情け無い私は頬の内側を密かに噛んでおいた。


「君が言うように、確かにサブリナは魅力的な女性だ。何故なら」


 ランディは勿体ぶったように口を閉じる。


(何故なら?)


 ランディに待てをされたロミオと私がゴクリと唾を飲み込む。


「彼女は『時渡りの少女は、今日も魔王に溺愛されて、時など渡る暇などなし』の主人公、サブリナだからな」


 ランディは胸を張って高らかに告げた。

 その瞬間、私の体にカチリと何かのパーツがハマる音がした。


「そうだわ!私は時渡りの少女サブリナ。こうしちゃいられない。早く次の世界に飛ばないと!」


 私は脱兎(だっと)のごとく走り出そうと、よーいドンのポーズを取る。


「サブリナ、ダメだよ」


 覚醒し、とりあえず走り出そうとした私は、ランディに引き寄せられ、しっかりと腰を抱かれてしまう。


「君は時渡りをしている暇はないはずだ。何故なら」


 キラリンとランディの赤い瞳が怪しく光る。


「ま、魔王様に溺愛されて、そ、そんな暇がないから……で、す」

「いいこ」


 ランディは私の頭にチュッとキスをした。


「魔獣臭くていい匂い。サブリナ可愛い」


 褒められているのかどうか微妙な、しかしとても甘さたっぷりの言葉をかけられる。


 その瞬間、私の心はキュンとときめく。

 それはもう、ロミオに感じていた気持ちの比ではないくらいに。


「この世界の住人をこれ以上掻き回しては可哀想だ」


 ランディが逃がさないと言った感じで、自分のマントの中に私をしまい込む。


「サブリナ、僕たちの世界に一緒に帰ろう」

「うん」


 私の返事に気を良くしたらしいランディは、その整った悪魔みたいなちょい悪イケメン顔を私の頭に埋めた。それから頬で私の頭をしきりにスリスリし始める。


 まるで猫がマーキングするかのような行為だ。


「ちょっと、髪の毛がボサボサになるってば」

「だってサブリナ、可愛い」


 甘えた声でより一層私にすり寄るランディ。

 そんな子どもみたいな彼に私はキュンとハートが乱舞する。


「ちょっと待て。つまりサブリナもランディも、揃って他の世界の住人だということか?」


 納得がいかない様子のロミオがいちゃつく私達の前に立ち塞がる。


「そうだ。そもそも僕達と君は住むジャンルも違うし、目的も目指す場所も違う。だから僕らの世界と君の住むこの世界は、本来交わってはいけないはずたった」


 ランディは私をマントでしっかりと包み込みながら、真面目な顔をロミオに向ける。


「ただ、サブリナがうっかりジャンル違いの時渡りの鏡を覗き込んでしまい、ロミオの魅了魔法にかかってしまったんだ」

「それで、私はランディと婚約破棄をするだなんて、そんな酷いことを言ったのね」


 ランディの落ち着いた声を耳にし、段々と私の記憶も蘇る。そしてどうしてこの世界に来たのか。その理由と原因をハッキリと思い出した。


「そうだよ、サブリナ。それに僕がこの世界の結界を破るのがもう少し遅れていたら、君の一途な恋愛のみに適応するよう作られた体は、この世界を正当な形で作り上げるハーレムに対応出来ず、消滅していたかも知れない」

「消滅……」


 私は呟き、自分の手を見る。


(良かった、ちゃんと消えずにここにある)


 私は消えなくて良かったと、自分の両手をランディの腰に回す。


「ジャンル違いの世界に飛び込む事は本当に命をかけた危険な行為なんだ。だからもう二度とジャンル違いの鏡を覗いてはいけないよ。わかったね、サブリナ」


 ランディが真面目な声で私に諭す。


「もう覗かない。約束するわ」


 私はランディの真っ赤な目を見てしっかりと答えた。


「じゃあ、何でお前は俺に(から)んで来たんだよ」


 その存在を忘れかけていたロミオが私達に不満げに声をかける。相変わらずこの世の「綺麗」を詰め込んだ完璧なイケメンだ。けれど全てを思い出し、魔法が解けた私には、ランディのほうがずっと素敵に思えた。


「そりゃ一時的とは言え、僕からサブリナを奪ったからさ」

「でもそれは、不可抗力(ふかこうりょく)だ。サブリナが勝手に俺に()れたんだから」

「その言い方、すごくムカつくんだけど」


 ロミオを睨むランディが紫色の怪しいモヤを放出しはじめる。


「ランディ、大好き」


 私は慌ててランディに抱きつく。

 するとランディから放出していた怪しいモヤはスッとその場から消えた。


「……さっきはカッとなって、君に絡んでしまったけれど、君は悪くない。何故ならこの世界の君は「イケメン」スキルを与えられた勇者だから。これからも自分の信念に従い、君は理想のハーレムを築くといい。ただ、サブリナだけは渡さないけどね」


 ランディは強い意志を込めた声で言うと、私の腰を抱く腕に力を入れた。


「彼女をみすみす手放すのは惜しい気がする。けれど、確かに俺はこの世界でハーレムを築く。何故ならそれがこの世界を救う、ただ一つの方法だからな」


 ロミオの口にする言葉は、全世界の女性を嫌悪感に陥れ、敵にしかねない危ういものだ。

 けれど、揺るぎない信念に満ちた瞳は、頼りがいがあって、つい惹かれる気持ちもわかる。


(それに何より、神から与えられしイケメンだし)


 多少の趣味嗜好(しゅみしこう)の違いはあれど、イケメンが嫌いな女性はいない。これだけは確実だ。


「ロミオ様、色々とご迷惑をおかけしました」


 私はこの世界を引っ掻き回してしまった謝罪の意味を込め、深く頭を下げる。


「こちらこそすまなかった。サブリナ」


 ロミオは名残惜しげに私から離れた。

 そして、寂しげな表情を浮かべながら口を開く。


「じゃあ、そろそろ行くよ。これ以上ここにいると君への未練が残りそうだから」

「そう……なんですね」


 私も少し残念な気持ちになる。

 すると、そんな邪な気持ちを見透かしたかのように、ランディが私を抱く手を強める。


「サブリナ、死にたいの? いつまでもこんなところで油を売ってる場合じゃないって、さっき説明したはずだよね?」


 ランディの体からまたもや邪悪な紫色のモヤが漏れ出した。


「あ、はい。帰ります。ロミオ様、お元気で」


 慌ててロミオ様に手を振り、別れの言葉をかける


「君も、そいつと幸せにな」


 ロミオ様は最後に最上級なイケメンなスマイルを惜しみなく振りまくと、夜道に消えていってしまった。


「サブリナ、あのさ、今回僕は頑張ったと思うんだ」


 突然ランディが私と向き合い、自分の功績をアピールしはじめる。


「うん、私はランディのお陰で目が覚めたもの。ほんとうに、ありがとう」


 私はランディを見上げ、感謝の気持ちを伝える。


「じゃ、元の世界に戻ったらちゃんと、僕のお嫁さんになってくれるよね?」


 ランディは私の瞳を覗き込みながら訊ねる。


「ええ、もちろんよ」


 私は力強く返事をした。

 するとランディは嬉しそうに微笑み、ゆっくりと私に顔を近づけてきた。待ちきれない私は背伸びをして、ランディにキスをする。


「愛してるわ、ランディ」


 私はそっと目を開ける。


「僕だってサブリナ、君だけを愛してる」


 甘い言葉を口にするランディの背中越しに見える星空は、まるで私達を祝福するかのように、とても美しく輝いていたのであった。



 **おしまい**

お読みいただきありがとうございました。


更新の励み、次作品への養分になりますので、続きが気になるなー、おもしろいなー等、少しでも何か感じていただけましたら、★★★★★からの評価やブックマーク、いいね等で応援していただけるとうれしいです。

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[気になる点] 途中からロミオが退場して、ロビンが出てきますねw
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