#8 ギブ アンド テイク
解散。
ウィングが言ったその単語に、私は異を唱えたかった。
でも、会話に生まれた一瞬の空白が、それをさせない。
頭をよぎった言葉が、センコウの口から出る。
「妥当な判断でござろう」
彼はどこかを見ながら、小さく頷いた。
「お互いがお互いの足を引っ張って、ダンジョン攻略どころではないでござるな」
確かに、言う通りなのだ。
絶望的に足並みが揃ってなかった。
みんなが別の方向を向いたまま、ただ同じダンジョンを攻略しようとしただけ。
こんな状態でパーティなんて名乗って、なんの意味があるだろう。
「センコウは賛成してんぞ。パトナは?」
「…………」
「おい」
「……待ってよ、そんなすぐ……決められないよ」
ウィングが判断を急かしてくる。
グラスから手を放さないで、私は考えた。
解散……
でも、せっかく初めて組んだパーティなのに。
こんな険悪な関係のままお別れするのも、なんとなくヤな感じだよね。
そんなこと言ったって、合わないなら仕方ない……?
かもしれないけど、やっぱり――
「あの、もう少し頑張ってみませんか」
「……!」
答えが出せないでいると、隣に座るラーンが発言する。
彼女の眼は、対面するウィングをしっかり見ていた。
「まだ最初のパーティ活動で、お互いに分からないことがあっただけだと思います。これから分かり合っていけば良いんじゃないでしょうか?」
……そっか、そうかも。
私、まだみんなとは出会ったばかりだ。
知らないことがあるのは当たり前だよね。
そういえば私、ニョッタ師匠と最初に会ったときは、怖い人だと思ったもんなぁ。
でも師匠は、ユウちゃんやトラフを助けてくれて、私にお父さんの夢を教えてくれて……
なにより、とっても優しい笑みを浮かべてくれる。
まぁ、まだちょっと怖いけど……そういうとこを見てからは、すごく優しい人だと思うようになった。
そうだね、まだ最初だし。
関係がうまくいかなくても、別におかしくないんだ。
これから一緒に頑張ればいいんだ。
よしっ!
「ラーンの意見にサンセーするよっ!」
「パトナさん……!」
「私たち、まだまだ仲良くなれると思う!」
私が高々と手を上げると、解散派の視線がそこに集まる。
ウィングはみるからに嫌そうな顔をした。
おもむろに頬杖を突く。
「ケンカになったのはお前のせいだろ」
「…………」
彼の言い分はもっともかもしれない。
私が魔法をコントロールできていれば、ウィングが怒ることはなかったはずだ。
いや、正直、ウィングも勝手な行動ばっかだったけど……
どっちにしたって、どっちかが謝らなきゃ仲直りできない。
今回は大人になって、私のほうから頭を下げよう。
「分かったよ、ウィング。魔法を当てかけてゴメン」
「わざとじゃないよな?」
「それはもちろん。仲間に攻撃したりしないって」
「……ま、そうか! いいぜ、許してやる!」
良かった、許してもらえた!
それじゃ、今度は逆をやんないとね。
「ウィングも謝ってよ」
「は?」
「ラーンに言ったこと、私は怒ってるんだよ?」
「は……? なんか言ったか?」
本当に分かっていない様子で、首を傾げるウィング。
やっぱり悪意があったワケじゃないんだね。
でも、ちゃんと注意しておかないと。
「ウィング、『戦えないじゃん』ってラーンに言ったでしょ?」
「……ああ、おう? 言ったな」
「あの時、ラーンが哀しそうな顔してた。だから謝ってほしいんだ」
「哀しそうな……って、なんでだよ。別に間違ってねーだろ」
ううん、間違ってるよ。
無意識であっても、言うべきじゃない言葉を使ったんだからね。
きっとラーンは戦えないことを気にしてるんだ。
そうじゃなきゃ、あんな表情にはならない。
自分が役に立てない悔しさは、私も経験したことがあるから分かる。
……けど、この悔しさは簡単には伝わらないかも。
だってウィングが経験したわけじゃないし。
だから、ただ間違ってると言い返して、分からせようとしても意味がない。
「ねぇウィング、怒らないで聞いてほしいんだけど」
「なんだよ」
訝しげな表情のウィング。
そんな彼を見つめながら、私は思い切って言った。
「お前は弱すぎるっ!!」
「な、なんだとッ!?」
ウィングはテーブルから身を乗り出して怒る。
思った通りだ。
強さに自信のある彼が、こんなこと言われたら、無視はできないだろう。
「ね、嫌でしょ?」
「あぁ!?」
「ごめんね、今の悪口はウソ――でも、ウィングは今のと同じことをラーンに言ったんだよ」
「なっ……俺が? いや……」
まだ眉を顰めながらも、彼の視線はラーンに滑る。
するとラーンは、私の服の袖を掴んだ。
「あ、あの、パトナさん。私は別に……」
「ダメ。パーティが分かり合うためには必要なことなの」
「でも……」
「ラーンだけ傷付いたままなんて、そんなの許せない!」
「…………パトナさん」
私を制止しようとする彼女の手を、逆にこちらから掴む。
そうして、またウィングに問いかけてみる。
「もし『弱すぎる』なんて言われても、私だったら別になんともない」
「は!? いや、でも俺は――」
「つまり! 人が傷付く言葉っていうのは、人によって違うってことが言いたいんだよ」
「……人によって、違う?」
ウィングを傷付ける言葉でも、私には効かない。
同じように、私が傷付く言葉だって、ウィングに効くわけじゃない。
人によって抱えてる気持ちは違うから。
「だから、ウィングに謝ってほしいの。たとえ無意識でも、ラーンが傷付いたのは事実だから」
「う…………いや、でもな! 知らねーうちにやっちまったのを責められても、あんま納得できねーし……」
「今は分かってくれたでしょ? だから、今は謝ってほしいな。そうじゃなきゃ、私がウィングを許せないよ」
机に片手を突いたまま、困ったように頭をかくウィング。
彼は「うー」と唸って、頭を下げるべきか悩んでいるようだった。
でも、そのうちラーンに目線を合わせると、ふとマジメな顔になる。
「――悪かった……すまんっ! もう言わねぇ!」
「……ウィングさん……!」
「覚えとく、お前が言われて嫌なこと!」
「い、いえ、そんな……もう大丈夫です、平気です! なので頭を上げてください!」
慌てたラーンも立ち上がって、屈んだウィングの肩を持ち上げる。
そうして顔を上げたウィングは、ちょっとだけ緊張した面持ちだった。
けれど、ラーンと眼が合うと、自然と照れ笑いに変化していく。
「……じゃ、仲直りしようよ、ウィング!」
ふたりと同じように、私も立ち上がる。
スッと腕を伸ばして、ウィングに握手を求めてみた。
「おうっ」
すると、それはすぐ握り返される。
「ありがとね、ウィング。魔物を倒してくれて」
「へへっ、あれぐらい俺に任せろ! 全部やってやらぁ!」
「……ふふ。ふたりが仲直りしてくれて、私も嬉しいです」
うん、きっとこれで良いんだよね。
ケンカしたって仲直りできるんだ。
そしたら、もっと相手のことが好きになれる。
固く手を握り合って、笑い合うことだってできる!
やっぱり、これなら解散する必要なんてない。
私たちは、まだまだこれから――
「……仲直りでござるか。では、解散は無しでござろう?」
3人でまとまりかけた時、ひとりだけ座ったままのセンコウが喋る。
彼はさっきまでと変わらない姿勢だった。
「解散、無しだよね?」
「おう……そうするか。なんか早とちりな気がするしな」
「本当ですか、良かった! じゃあセンコウさん、これからもよろしくお願いします」
満場一致でパーティ続行。
それが分かって、改めてセンコウに頭を下げるラーン。
解散の危機はなんとか去った。
――おもむろに立ち上がるセンコウ。
グラスの水を飲みほして、彼は言い放った。
「拙者は抜けるでござる。人員が足りぬなら、他の者を探されよ」
……人数でいえば、賛成派が多くなっただろう。
でも、それはセンコウの意見を変えたわけじゃない。
もともと反対していたのだから、彼の申し出は当然とも言えた。
いや!!
だからといって、ここでセンコウと別れたくない!
一度パーティを組んだんだから、そう簡単に逃がさないぞっ!
「待った、センコウ! このパーティを抜けて、次はどうするつもりなの?」
私がテーブルから身を乗り出すと、鬱陶しそうに顔を背けるセンコウ。
「他のパーティに入るだけでござるよ」
「じゃ、そこなら円満にやっていけるの?」
「……なにが言いたいでござる?」
そう言うと同時に、彼は少しだけ殺気立つ。
腰に携えた剣へ手をかけ、私を威圧した。
言葉じゃなくても、それは答えだ。
言われただけで殺気立つのだから、おそらく図星である。
つまり、彼は――どのパーティにも馴染めないってこと。
「今までも、ずっとこんな感じだったんでしょ」
「知った口を。拙者のなにを知っているでござる」
「センコウはいつも独りで行動して、それを咎められたらパーティを抜けてるんだ」
「…………」
反論がないことも答えだ。
笑って流したり、呆れたり、的外れだって言えるはずなのに。
真剣な顔で怒ってるのは、私の言ってることを無視できないからだ。
おもむろに、彼の右腕が動く。
剣を抜きかけていた。
声を荒げたりはしない、静かな怒り。
「おぬしに侮辱される謂れはござらん」
「侮辱なんか絶対しない。これは説得だよ」
「説得、と? 邪推と決めつけが?」
「ごめん。私、センコウのこと知らないから」
威圧されてあげる気はない。
私は固く決意して、センコウへと手を差し伸べる。
「今から知りたいの。パーティの仲間として!」
「……!?」
左手の親指を戻した彼は、明らかに動揺した。
自分の前に出された手のひらを、疑いながら凝視する。
「センコウ。もう一度だけでも良いから、私たちとダンジョンへ行こう?」
「ご免被る」
「相談しようよ。私たちは出来るかぎり、センコウが動きやすいようにサポートするから」
「ご免被る!」
「仲良くしろとは言わないよ! ただ、仲間としてダンジョンへ行こう!」
「ぐっ、しつこい……!」
引き下がったら、もうセンコウの手は掴めない。
この手のひらは、彼と仲間になるためにあるんだ。
だけど、センコウも頑なだった。
どんなに説得しても、なかなか剣を手放さない。
それでも、握ってもらえるのを待つしかなかった。
「お願い、センコウ! 私たちと一緒に来て!」
「ぐっ……」
繋がれない手。
そんな時、ウィングが動く。
「行くぞ、センコウっ!!」
「な……っ、貴様!?」
ウィングはセンコウの右腕を掴んで、剣から引き剥がす。
そして、無理やり私の手を握らせた。
「よし! これでパーティ続行だぜ!」
「…………ッ、拙者は認めん!」
「認めろ!! お前のリーダーは俺だ!!」
「誰が貴様などに仕えるか!!」
とうとう剣を抜いたセンコウは、真っ先にウィングへと斬りかかった。
それに応じて、ウィングも嬉しそうに剣を抜く。
ふたりはそのまま、ギルドのラウンジに嵐を起こすのだった。
説得というか、強制的に続けさせた感じだけど……
とにかく、これは結果オーライだよね!
握らせたもん勝ちだよねっ!
「あの、パトナさん……これは」
「解散しなくてよくなったってこと! やったね、ラーン!」
「いえ、ふたりを止めましょう?」
荒れていく景色の中に、確かな希望が浮かんでいた。
本当の冒険はここからだ。
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