#5 ギルド
旅立ってすぐ、新鮮な体験をした。
なんと馬に乗せてもらったのだ。
ニョッタ師匠は、この馬に乗って村まで来ていたらしい。
名前はロクサーヌ。
名付けたのも師匠で、小さい頃から一緒にいるという。
「ロクサーヌ!」
「気に入りましたの?」
「いい名前だね、師匠!」
「そうでしょう」
ロクサーヌはすごい。
師匠と私、トラフまで乗っているのに、どんどん走って行くのだ。
この風を切る感覚、気持ちいい!
ロクサーヌに運ばれて、マレッド村付近のデコボコした道を抜ける。
花の小路より遠いところには、あまり見慣れない植物が自生していた。
眺めていると、この辺にあまり来たことがないことに気付く。
「私、村の外に出たことなかったんだなぁ」
改めて考えると、私って狭い世界で生きてたのかも。
外はこんなに広いのに、空の青さは変わらなくて、同じように続いてる。
きっとこれから、知らないものにたくさん出会うんだ。
へへへ、ちょっと楽しみ……
「パトナ」
キョロキョロしてると、ロクサーヌを操るニョッタ師匠に呼ばれた。
「はいっ、師匠!」
「…………師匠というのは、やめてもらえないかしら」
「えーっ」
なぜか師匠は、名前で呼ばれるのも、師匠呼びも嫌らしい。
なんでかな?
自分の名前、気に入ってないのかな。
「はぁ……ま、いいですわ。とりあえず、今後の予定ですけれど」
「はいっ」
「王都に着いたら、わたくしの拠点に泊まってもらいますわ」
「泊まるの?」
もしかして、到着したらすぐ就寝?
王都グリードを探検する時間は?
「明日は冒険者ライセンスを取ってもらうので、しっかり休みなさい」
「あのぉ……師匠。グリードを観光する時間とかって」
「はぁ? 今すぐ降ろしますわよ」
怖いよ。
はぁ? とか言わないでほしい。
でも、そっか……遊びに行くんじゃないもんね。
私、お父さんとお母さんの夢を継いだんだから。
うん、ハンパな気持ちでいちゃダメだよ!
「ナグニレンさん」
私の後ろに座るトラフが、不意に師匠を呼んだ。
「なにかしら、トラフ」
「俺は別の宿を取る。もともと、一人で出るつもりだったから」
えぇっ、トラフだけ宿取るの!?
なんで!?
「一緒に寝ようよ、トラフ!」
「…………」
「一緒に寝ようよ!!」
「…………」
振り向いて説得しても、彼は黙っているだけだった。
村を出る前から、ずっとこんな調子だ。
私、なにか悪いこととかしたっけ……?
「好きになさいな。お金はありますの?」
「父さんのグリード金貨を持ってきてます」
「そう、分かりましたわ」
師匠は簡単に分かっちゃって、引き留めようとはしない。
一緒に寝ればキゲンも直るかなって、ちょっと期待してたのに。
なんか昔を思い出して、楽しいかなとか……そんな感じだったのに!
「パトナ」
「えっ、なに」
頭を抱えてたら、いきなりトラフに話しかけられた。
「俺は負けないぞ」
「へ?」
「お前には絶対に負けない」
「……私たち、なんか勝負してたっけ」
また黙るトラフ。
質問には答えてもらえない。
それはなんなん!!
✡✡✡
結局、トラフと仲直りすることもできないまま、グリードに到着。
煌びやかに賑わう城下町に立つ。
そして、遥か遠くから街を見下ろすのは――見た事もない、大きなお城。
「うわーっ、うわーっ!!」
「うるさいですわよ」
「あうっ」
師匠に箒で叩かれたけど、感動は治まらない。
絵本で見たようなお城を、そのまま現実に創り出したみたいだ。
鮮やかな緑の壁は、スラっと伸びた白い柱と調和して、凛々しい威厳を醸し出す。
広すぎるバルコニーに、一面まっしろなタイルで覆われた敷地。
剣と杖をクロスさせた模様の国旗が、お城のてっぺんで堂々と翻っていた。
「トラフ、こんなの見たことないよね!」
「……まあ、な」
ふたりで圧倒される。
村にいたら、こんなすっごいのは見れなかった。
もっと近くに行けないかなぁ?
「あのぉ、師匠」
「拠点に向かいますわよ」
「……けち」
「あら、もっと大きな声でおっしゃってはいかが?」
大きな声で言ったら、どうなるか分かったもんじゃないよね。
はぁ、これが弟子のサガ……師匠の言う事は絶対。
トラフが羨ましいよ、まったく。
「……じゃあな、パトナ」
引きずられる私から視線を外して、こっちとは別の方向へ歩き出すトラフ。
その姿はなんとなく、緊張しているようにも見えた。
初めての場所を不安に思ってるのは、私だけじゃないらしい。
――そんなわけで、師匠の拠点に入ってみる。
物が少なくて、ちょっと殺風景だった。
でも内装は整っていて、その辺の宿より高級そうだ。
ところどころ壁が焦げてたり、床が抉れてたりするけど……
「慣れない場所ですし、歩くだけでも疲れるでしょう。しっかり休みなさい」
そう言いつつ、机の上に本を広げる彼女。
私が休んでる間、魔法の研究でもするのだろうか。
「師匠は休まないの?」
「時間は有効に使うべきですわ」
「そうなんだ」
なにげなく机の周りを見ると、ちぎれた羊皮紙がいくつも散らばっている。
そこに描かれているのは、どれも魔法陣のようだ。
魔法式が途中で終わっていたり、そもそも書かれてなかったりするけど。
私はこっそり、ひとつ拾って眺めてみる。
よく見ると、図形も描きかけのが多いみたいだ。
三角になりかけのマークとか、右側ができてない星のマークとか……
明らかに線が足りてない、左右非対称な陣もある。
「師匠って、ずっと魔法陣の勉強してるの?」
「そうですわね」
これだけの数を描いてるんだから、きっと相当な勉強量なはずだ。
私もお父さんの本で勉強したけど、こんなにたくさん描いてない。
ここにある未完成の魔法陣すら、私の完成品より描き込まれている。
……やっぱりニョッタ師匠は凄いんだな。
私、こんな人の協力者になっちゃったんだ。
「…………」
私って役に立つのかな。
こんなの描けないのに。
――いやいや、そうじゃないよね。
これから頑張ればいいんだ、私は。
そりゃ師匠だって、最初からこうだったはずないし。
うん!
「よしっ!」
「? パトナ、どうしましたの?」
「明日から頑張ります、ニョッタ師匠!」
「……? ええ、期待してますわね」
今日はもう寝よう!
なにも考えちゃだめだ!
明日になったら、きっと忘れてるよね!
うわーっ、頑張るぞ!!
✡✡✡
翌日。
ぐっすり眠った私は、師匠に連れられて、元気よくギルドに来た。
「わあ、けっこう人がいるんだね」
「いつものことですわ」
ラウンジを見渡して呟く私に、師匠はそっけなく返す。
広い部屋の中、テーブルはほとんど埋まっていた。
おじさんが豪快に笑ってる机には、普通にお酒とか置いてある。
賑やかなところらしい。
冒険者ギルド。
その名の通り、冒険者という職業に就く人々が集まる場所だ。
基本的には、冒険者のみなさんに仕事を紹介する施設である。
主な仕事の内容は、街の人たちの困りごとの解決とか、お国の重大案件についてとか……まあ色々。
とにかく色んな仕事が集まってくる、楽しいところなのだ。
……以上、師匠から教えてもらった情報でした。
しかし、さて。
私がここに来たのは、仕事を受けるためじゃない。
「パトナ、まずは冒険者ライセンスを取りなさい」
師匠に言われて頷きつつ、私は首を傾げる。
「どうやって取るの?」
何も言わずに、師匠はどこかを指差した。
その指先が示すのは、依頼を受付けているカウンター。
「あの人に説明してもらうことですわ。わたくしより上手ですもの」
「はーい」
言われた通り、受付の人に話しかけてみる。
「ライセンスを取りたい」と伝えると、受付のお姉さんは優しく教えてくれた。
「ご説明いたしますね。まず、冒険者ライセンスを取るにあたって、ギルドのほうから適性試験を実施させて頂きます」
「試験ですか?」
「はい。具体的に申し上げますと、試験者様にはレベル2のダンジョンへ行って、ダンジョン最奥にある素材を持ち帰って頂きます」
「なるほど」
探索レベル2以上のダンジョンは、冒険者でないと踏み込めない。
そこを攻略できれば、一人前の冒険者として認めてもらえるってわけだね。
うん、ゴーリ的。
「よーし、頑張ります!」
「ではダンジョンを選ぶ前に、パーティの申請からお願いします」
「パーティ?」
「はい。試験者様おひとりでダンジョンに行かれるのは危険ですので、試験者様を含めて3人以上のパーティを組んで頂きます」
「なるほど、3人ですね……! すぐに集めてきます!」
パーティは3人いればいい。
私はニヤリと笑って、師匠のところへすっ飛んでいった。
「師匠!」
「わたくしは消滅の魔法陣を解析しますので、ダンジョンには行きませんわ」
「えっっ……」
な、なんで!?
そういうことじゃないの!?
「それじゃ試験ができないよ!?」
「自分の力で集めることね。トラフもそうしてますわ」
「そ、そんなぁ……って、トラフ?」
師匠はまたどこかを指差す。
追ってみると、そこには誰かと話すトラフの姿が。
「あの子は自分の力で仲間を集めていますわよ」
「ほ、ホントだぁ……」
「あなたも見習いなさいな」
それだけ言い残して、師匠は去っていった。
ひとり取り残された私は、とぼとぼと受付へ帰る。
「ごめんなさい、お姉さん。仲間が集まりませんでした」
「……そ、そうですか。それでは、酒場のほうへ行ってみてはどうでしょう?」
「酒場?」
「はい。酒場はこのカウンターの右手、階段の奥側に――」
✡✡✡
案内された通りに、私は酒場に来てみた。
ここは冒険者の人が食事をする場らしい。
それと同時に、パーティメンバーの勧誘所としての機能もあるそうだ。
「えーっと、左のテーブル……」
受付のお姉さんによると、勧誘待ちの人たちは、酒場の左側テーブルに座っているという。
そっちのほうへ目線をやると……入って来たばかりの私を睨む、怖い人たちが。
「……うーん、こっちじゃないかぁ」
ちょっと、あんまり近寄りたくないよね。
でも、左はあっち側だし……
どうか今だけ、左と右が反転しますように!
……って、そんなわけにいかない。
えーい、勇気を出せ!
私は意を決して、もう一度だけ左へ振り向く。
そこにはやっぱり、さっきのコワモテお兄さんたちが!
「……こんにちは、お兄さんたち!」
ようし、まずは挨拶だっ!
「シャバ僧が」
「ガン飛ばしてんじゃねぇぞ、オイ」
「身体で払うか? あぁん?」
うわ、やっぱり怖い……
シャバ僧ってなに?
ガンってなに? 飛ばすもの?
身体で払うってなに? 掃うってこと? 掃除?
うわーっ、もうやだ!
怖いから、違う人に話しかけたことにしちゃえ。
というわけで、コワモテさんの隣のテーブルに近づいてみる。
そこには3人の冒険者が座っていた。
「お、お兄さんたち! パーティメンバー探してるんですよね~?」
話しかけてみると、剣を持ってる男の子が大きく頷く。
「おう、そうだぜ! もしかして、俺たちのパーティに入りたいのか?」
「あっ、うん! そうなんだ、だから話しかけたんだよ! 最初からこのパーティに話しかけてたんだよ!?」
私の返事を聞いた男の子は、とても嬉しそうに笑った。
彼はスッと手を差し出して、私に握手を求めてきた。
「俺はウィング! ようこそ、サンロードへ!」
はいけー、師匠。
成り行きだけど、私はパーティを見つけられたようです。
まだコワモテお兄さんに睨まれている。
私はそれを振り払うように、目の前の握手に応じるのだった。
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