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#4 ディパーチャー

 魔物の襲来から三日後。

 荒らされた村は、もう元に戻ろうとしていた。

 マレッド村の連携力はすごい。


 幸い、ユウちゃんとトラフは無事だ。

 特にトラフの出血は酷かったけど、ナグニレンさんが回復してくれた。


 まさに奇跡といえる。

 今回の事件は、誰も深刻な状態に陥っていない。

 ……ただひとりを除いて。


「この村の方々は、わたくしを便利屋と勘違いしてらっしゃるのかしら」


 大工のおじさんに資材を運ぶ道中、ナグニレンさんがぼやく。

 彼女は村の修繕を手伝わされていた。

 気の毒だけど、いろいろと面倒見がいいから頼られているのだろう。


 私はその隣を歩きつつ、ちょっと質問をしてみた。


「ナグニレンさんって回復魔法も使えるの?」

「ええ、少々ですが……ダンジョン探索に回復は必須ですわ」


 当然のような顔で答えるナグニレンさん。

 さすがだなぁ。


「すごいね、ナグニレンさんって。私は脈打つ情熱(フレイム・ヴェイン)しか使えないよ」

「あれだけの威力があれば、それで十分じゃないかしら」

「威力?……ああ、ゴブリンキングの時はマグレじゃないかなぁ?」


 ゴブリンキングを倒した時は、確かにスペシャルな魔法を使ったと思う。

 でも、あの後、何回試しても同じのは出ない。

 どう考えても偶然の一発だった。


「あんなに真っ直ぐ飛ぶなんて、アハハ……私らしくないっていうか――」


 そこまで言いかけたとき、ナグニレンさんの顔がグイッと急接近してくる。

 前にもあったやつ。


「言っておくけれど、真っ直ぐ飛ばすのが普通ですわよ」

「うっ……」


 その通りです、はい。


「当たり前にコントロールできるよう、しっかり練習することね」


 ツンとした態度だけど、優しくアドバイスをくれるナグニレンさん。

 やっぱり世話好きな気がする。


 ✡✡✡


 今、私の家は賑わっていた。

 トラフ、ユウちゃん、ナグニレンさん、そして私。

 こんなに人が居るのは珍しい。


 トラフとユウちゃんは遊びに来た友達。

 でも、ナグニレンさんは居住者である。

 最近はもっぱら、ここで寝泊まりしていた。


 そんなナグニレンさんだけど、彼女は忙しい人だ。

 (あまりにもコキ使われるから)もう村を出ようとしていた。


「……ナグニレンさん、剣は一本で足りるか」

「どうせ向こうで買い換えますわ。荷物は少なくしなさい」


 彼女の出立に合わせて、トラフも旅立つつもりらしい。

 荷物をまとめつつ、ポツポツと質問をしていた。

 ……それ、自分の家でやればいいのに。


「ナグニレンさん、また遊びに来てくださいね」


 ユウちゃんは少し寂しそうに、だけど笑顔で見送る。

 ケガを治してくれて、村の手伝いまでしてくれたナグニレンさんだ。

 年上のお姉さんへの憧れとか、そういう気持ちもあると思う。

 ……まあ、私が思ってるんだけど。


「ありがとう、ユウ。あなたも魔物には気をつけなさいな」

「はーい、もう襲われません!」

「危なくなったら大人を呼びなさい」


 大人?

 いや、ユウちゃんは私が守る!


「ナグニレンさん、心配ないよ! ユウちゃんの隣には私が――」

「そうとは限りませんわ」

「えっ?」


 ナグニレンさんは、私以外のふたりを見た。


「パトナとふたりだけで話したいことがありますの。少し席を外してもらえるかしら」


 ふたりは顔を見合わせてから頷く。

 そうして、なんだかヒソヒソ相談しながら、楽しそうに外へ出た。


 ――そんなわけで、私はナグニレンさんとふたりきり。

 私と話したいこと?

 それって一体なんだろう。


「パトナ」

「は、はい」

「この前は勝手なことをしてごめんなさい」

「えっ? なんの話……」


 真面目な顔をしたナグニレンさんが、荷物からなにかを取り出す。

 差し出されたのは――お父さんの魔法陣だった。


「わたくしが思うに、やはりこれは貴女が持っておくべきですわ」

「ど、どうしてですか! 必要なんですよね?」

「ええ。けれど、貴女にはもっと必要なものですわ」


 えっ、えええ。

 世界の危機よりも私を優先しちゃうの?

 というか、そんなにその、私には必要ないっていうか。


 受け取れなくて、ただ戸惑う。

 するとナグニレンさんは、一瞬だけ辛そうな表情をした。

 けれど、またすぐに真面目な顔に戻る。


「最初から、ちゃんと言うべきだったのね」

「え?」

「パトナ、よく聴いて」


 その前置きには、なにか重大なニュアンスが潜んでいた。

 良いことを告げられるとは思わなかったけど、私は姿勢を正す。


 彼女は一拍置いて、ゆっくり口を開いた。


「……ハクサ・グレムは亡くなりましたわ」


 短い一言。

 でも、私には信じられなかった。


 聞いた瞬間、どういう意味か、理解するのに手間取る。

 黙った。

 瞬きも忘れて、返事もしないで。


 遅れて言葉が分かって、その次に納得を感じる。

 なんだか、意外と悲しくはなかった。

 心のどこかで、頭の片隅で、それを知っていたから。


 どうりで帰ってこないわけだね。


「……お父さん…………そっか」


 ナグニレンさんの顔を見れない。

 どういう顔をしていいか、見当もつかなくて。

 今、自分がどういう顔になってるか、分からなかった。


「この魔法陣は、本来……災厄を倒すためのものではありませんわ」


 俯いたままで、ナグニレンさんの話を聞く。

 自分の感情が無くなったみたいに、すべての声を受け入れられた。


「ハクサはこれを『消滅の魔法陣』と呼びました。いつか私に、これを完成させることが夢なんだと語ってくれました」

「…………」

「パトナのお母様と約束していたそうですわ。必ず完成させてみせると」


 でも、その約束は叶わなかった。

 お母さんは病気で死んでしまった。

 街から呼んだお医者さんも、「不治の病だ」って言って諦めた。


 お父さんがいなくなったら、もう夢も叶わない。


「……それなら、傍に居てあげれば良かったのに」

「…………パトナ」

「どうしてお母さんより、叶わない夢を優先しちゃうんだろ?」


 私が本音をこぼすと、ナグニレンさんは強く言う。


「いいえ。それは違いますわ」

「違う?」

「ええ。ハクサは魔法陣を完成させて……お母様のご病気を、跡形もなく消し去るつもりだったようです」

「…………っ!」


 なんだよ、それ。

 そんな理由じゃ、私に言えることなんて、なにもないじゃん。


 それでも、それでも……お母さんの傍に……

 ううん、お母さんだけじゃない。

 私とも一緒にいて欲しかったよ。


「なんだよ、もう………………そういうこと、教えてくれればいいのに……っ!」

「ステキなご両親ですわ」

「そーだね……私だけ置いてけぼりだけどっ!」


 ふたりだけの世界で生きてたんだね、まったく。

 ちょっとは私のことも気にかけてよ、ほんと。

 正直、寂しかったんだぞ。

 一緒に居てくれるのは、ユウちゃんだけだったんだ。


「ねぇ、パトナ」


 ふと、ナグニレンさんが優しい声を出した。

 私はついドキッとして、彼女に眼を向ける。

 そこには微笑があった。


「わたくしに協力してくれませんこと?」

「協力?」

「ええ。ひとりで完成させるには、この魔法陣は難解ですの」


 見惚れるほど美しい、その蒼い瞳。

 言葉には、なんとなく演技っぽさを感じる。

 だけど、凛々しい眼はウソをついてない。


 これはお誘いなのだ。

 魔法陣を作っても構わないと、そう言ってくれた。

 両親の夢に、あなたも加わっていいって。


「お父さんの夢……」

「そうですわ」

「いいの?」

「判断は任せますわ」


 そんなの、答えはひとつだ。

 考えるまでもないよ。


 私は思いっきり手を上げて、世界一の大声を上げた。


「やりますっ!!」


 ✡✡✡


 私の旅立ちは決まった。

 そして翌日、来たる出発の日……


「パトナ、準備はできたかしら?」

「うんっ! 大丈夫!」


 忘れものなし!

 準備万端!

 ナグニレンさんとふたり、心置きなく家から出る。


 村の出口では、マレッド村のみんなが待ってくれていた。

 その中から飛び出して、ユウちゃんが話しかけてくれる。


「魔法陣、絶対に完成させてね!!」

「うわっ」


 キラキラした眼で、唐突に言われた。

 でも、魔法陣のことまで言ってないんだけど。

 なんでバレてるの……?


「パトナなら絶対にできるよ! 私、全力で応援してるからねっ!」

「ありがと……じゃなくて! ユウちゃんってば盗み聞きしてたよね?」

「まさかぁ。そんなことしなくっても、パトナのことなら大体分かるよ」

「ウソぉ!?」


 大体ってそれ、どの辺までだろう?

 恥ずかしい……というか、ちょっと怖いよ!

 どうか変なことまで悟られてませんように……


 ふと見ると、トラフと眼が合う。

 彼もダンジョン用の青い服を着て、すっかり旅人の佇まいだ。


 その時、彼は不機嫌そうに顔を背ける。


「トラフ?」

「…………」


 あれ?

 なんか嫌われてない?

 お、怒ってるよね……?


「パトナ、頑張れよ! わしらの分まで!」

「村の看板を背負っていくんじゃ!」

「わっはっは、期待の星!」


 村のみんなが激励してくれる。

 なんか期待が重いけど、嬉しい。


「ありがとう、みんな! 私、立派な女になって帰ってくるからね!」


 とにかく手を振り返して、期待に応えることにした。

 ほんとに大丈夫かな、これ?


「見えなくなるまでは振りなさい」

「あっ、うん……」

「不安な顔はその後ですわ」


 ナグニレンさん、私の気持ちを見透かしてるぞ。

 やっぱりすごい。


 遠ざかっていく村に、私は手を振り続けた。

 その間に、ひとつ質問。


「ナグニレンさん、名前はなんていうの?」

「……言いたくありませんわ」

「えーっ? なんかずるいよ、それ! 私とトラフの名前は知ってるのに――」


 いちゃもんをつけたら、観念したナグニレンさんが答えた。


「ニョッタ」

「……ニョッタ師匠! 良い名前だね!」

「どこが? それと、師匠はやめなさい……」


 ニョッタ師匠、これからよろしくね。

こっから本番です。


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