#2 スナッチ
「誰なの!? ドロボーなの!?」
私が詰め寄ると、そっけなく口を開く女性。
「わたくしはナグニレンと申しますわ。では」
手早く自己紹介を済ませて、出口へ向かっていく。
なるほどぉ、ナグニレンさんって言うんだ……
「いや、情報が足りてないよ!」
私が肩を掴むと、彼女は顔だけ振り向く。
不満げな表情をしていた。
「……あなた、パトナ・グレムですわね」
「え?」
――ウソ。
この人、初対面なのに……なんで私の名前を知ってるの?
「ど、どうして……」
「わたくし、ハクサ・グレムの使いの者ですの」
ハクサ・グレム。
それは……私のお父さんの名前だ。
『使い』ってどういうこと?
いったい、この人は誰なの?
な、なにから質問すれば……!
私が戸惑っているうちに、ナグニレンさんは私の横を抜けていく。
そして、空いていたイスに座った。
魔法陣は手放さないままの手で、私に着席を勧める。
「始めから話しますわ。ご静聴くださいませ」
勝手に座るかな、普通……
けど、話してくれるなら従うしかない。
私が着席すると、彼女は淡々と語り始めた。
「――遥か昔、とある魔導師が力に溺れ、世界を壊滅させようとしました。世界の危機に立ち上がった勇者は、魔導師に封印の魔法を施し、あるダンジョンに封じ込めました」
……どこかで聞いたことのある話だ。
これは、おとぎ話?
お母さんが読んでくれた絵本に、そんなのがあった気がする。
「これは人間の大陸に伝わるおとぎ話ですわ。幼い頃、聞いたことがあるでしょう」
おぼろげな記憶を、ナグニレンさんが裏付ける。
彼女は語調を強めて、真剣な表情をした。
「今日では誰も信じていませんが、これは実話ですの。世界壊滅の危機も、封印された魔導師も、本当に存在しているのです」
世界壊滅の危機、封印された魔導師……って。
一体なんの話?
お父さんになんの関係があるの?
「あの! それとお父さんに、なんの関係が――」
言いかけた時、目の前に箒が突き出される。
強制的に私を黙らせて、ナグニレンさんは言葉を続けた。
「封印された魔導師……通称『災厄』は、悪しき者たちの手によって、また復活しかけています。ハクサとわたくしは、それを阻止すべく行動していましたが……力が及びませんでしたわ」
「…………!」
「このままだと、封印はもうすぐ解かれます。災厄を止める唯一の方法は、ハクサが作ったこの魔法陣を完成させることだけです」
「ま、待って……なにがなんだか…………」
矢継ぎ早だ。
急に話を繋げられても、ワケが分からない。
それでも、あくまで淡々と語るナグニレンさんは、なおも私を見つめた。
「わたくし、ゆっくりしている暇はありませんの。この魔法陣はお借りしますわね」
「そ、そんな!」
「それとも、なにか不都合がありますの?」
「……ふ、不都合っていうか…………ついていけないよ、そんな話!」
いきなり来て、ワケ分かんない話だけして、魔法陣を持ってくの?
そんなこと、急にされたら……どうしていいか分からないよ。
「それより、ナグニレンさんはお父さんのこと知ってるの!? 教えてよ、お父さんは――」
「失礼、余計な話をする気はありませんの。では」
お父さんのことを訊こうとしても、まったく相手にされない。
ナグニレンさんは冷たくあしらって、また出て行こうとする。
去る彼女の手に、魔法陣が携えられていた。
扉が開いて……持っていかれてしまう。
「待って!! その魔法陣は、私の……!!」
言葉を考えるヒマもなく、とにかく声を出した。
外へ出ようとしたナグニレンさんが、それに立ち止まる。
でも、私の言葉は途切れた。
最後まで言おうとしても、先が続かない。
思い付かなかったせいで。
動かない時間。
ゆっくり振り向いて、ナグニレンさんは私を一瞥する。
「……」
彼女の蒼い瞳が、私を注視した。
耐えきれなくて、つい眼を逸らす。
なにも言われていないのに、なにかを言われてる気がして。
言葉に続きがないことを、ひどく責められているようだった。
まだ少しだけ時間があったけど、どうにもできない。
やがて彼女は、静かに外へ出て行った。
✡✡✡
あの人が何者で、どうしてお父さんのことを知っていたのか。
そして、お父さんの魔法陣がそれほど凄いものなのか。
災厄だとか、封印が解けるとか、悪しき者とか……
「うあーっ! なに、もう! 考えても分からないよ!」
家にいると気が滅入るから、またパーティに向かう。
その道中も、ずっとナグニレンさんのことを考えていた。
あんな誰だか知らない人に、お父さんの魔法陣を持っていかれるなんて。
私ってば、なにやってんだか。
どうして止めることさえ……奪い返すことさえも出来なかったんだろう?
「お父さん……使いの人じゃなくて、自分で来てくれれば…………」
ちょっと冷静になって考えると、それが不満に思えてくる。
もしも帰ってきてくれたなら、こんなに戸惑わなくて済んだかもしれない。
ゆっくり話をして、素直に魔法陣を渡せたんだから。
じゃあ例えば、ナグニレンさんの言うことが嘘だったなら。
でも、彼女はお父さんの名前を知ってた。
それに、私の名前まで当てられたし……やっぱり本当かもしれない。
――私は魔法陣を渡したくなかったに決まってる。
今だって、取り返したくてしょうがない。
本当だ。
なのに、どうして……
どうして心の中に、おかしな嬉しさがあるのだろう。
《今日は描いてみた?》
《まっさかぁ》
本当の本当は、なにがしたいのかな?
ああ、ラチがあかないや。
やっぱり、そうだ!……今からでも取り返さないと。
それがいいに決まってる。
あの魔法陣は渡しちゃいけないんだ。
考えながら、決意寸前で歩く。
そのうちパーティ会場に……もとい、村長さんの家についてしまった。
「……え?」
――でも、そこに会場はなかった。
破かれた花の装飾と、木材の山。
その上に、得体の知れないなにかが陣取っている。
それは私を視界に入れると、不気味に牙を見せて笑った。
「キシェアァァ……!」
「ゴ……ゴブリン…………?」
ダンジョンから出てくるはずのない生物が、紛れもなくそこにいた。
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