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#1 マジックサークル

 昔は台だったイスに座って、私は呟く。


「夢は必ず叶う、か……」


 机の上に広がる、未完成の魔法陣。

 それをぼんやり眺めながら、お母さんの言葉をまた思い出していた。


 あの頃からずっと、お父さんは家に帰ってこないまま。

 私がお父さんを見たのなんて、いくつの頃だっけ?

 お母さんが病気で亡くなってからも、手紙さえない。

 なにをしているんだろう。


「必ず、か」


 魔法陣から眼を逸らす。


 なんのアテもないのに、必ずなんて。

 お父さんってば、ずいぶんファンキーだ。

 なんにしても、まずは帰ってきて、この魔法陣に向き合わなきゃ。


 私は椅子から立ち上がる。

 クローゼットから服を引っ張り出して、素早く着替えた。


 そう、今日はボーっとしてる暇なんてない。

 なぜなら――


「おはよう! 行こっか、パトナ!」

「あっ」


 家の扉が開いて、飛び込んできたのはユウちゃん。

 淡い緑の短髪を靡かせて、元気よく私を呼ぶ。

 いきなりだったから、着替えを目撃されてしまった。


「……まだ準備してなかったの?」

「ご、ごめん! ちょっとボーっとしてて!」


 ほら、のんびりしてちゃダメだったのに。

 失敗である。


 ユウちゃんは魔法陣へ目線をやった。

 そして小さくはにかむ。


「今日は描いてみた?」

「まっさかぁ」

「やってみればいいのに! 勉強してるんでしょ?」

「ムリムリ。私じゃ台無しにしちゃうだけだよー」


 彼女は相変わらず、なにか勘違いしているみたいだ。

 私はただ、いろいろ思い出のある魔法陣を眺めてるだけ。

 たまにやる魔法の勉強は、遊びくらいなものだし。


「でも……それじゃ、いつまで経っても完成しないでしょ?」

「だから、そんなつもりじゃないんだって!」


 完成なんて、夢のまた夢だ。

 それはお父さんの夢であって、私の手には届かない。

 ……お父さん、帰ってこないけど。


 ✡✡✡


 今日、このマレッド村ではパーティがある。

 幼馴染の男の子、トラフが冒険者になるお祝いだ。


「冒険者になるより、村で平和に暮らすほうが楽しいのになー」


 私は口を尖らせて、わざとらしくぼやいてみる。

 クスッと笑ったユウちゃんは、ちょっと寂しそうな顔をした。


「仕方ないよ。トラフにとって、冒険者は子供の頃からの夢だもん」


 思い返してみると、トラフはいつも「冒険者になる」の一点張りだった。

 将来の夢はなに? なんて質問があると、誰よりも先に答えるのだ。

 おかげで、村のみんながトラフの夢を知っている。

 このパーティが開かれたのも、みんなで彼を応援するためだ。


「ユウちゃん、私はずっとこの村に居るからね!」

「えー、ずっと?」

「そう! ユウちゃんが寂しくならないように!」

「あはは、パトナは寂しがりだなぁ」

「いやいや、ユウちゃんがだよ? うんうん……」


 ふたりで話しているうちに、パーティ会場に到着。

 といっても、村長さんの家だけど……

 村のみんなの協力で、色んな飾りが付けられている。

 外も内も、お祝いモードって感じだ。


 会場には村のみんなが集まっていた。


「いらっしゃい、パトナ」

「村長さん!」


 村長さんが歓迎してくれる。

 すると、他のみんなの顔もこっちに向いた。


「おはよう。元気かい、パトナちゃん」

「おばさん! 元気だよ!」

「わっはっは、来たな!」

「おじさん! 来たよ!」

「うふ。今日はお酒を飲んでいいわよ、パトナ……」

「お姉さん! ハメ外しすぎだよ!」


 お隣のおばさんに、道具屋のおじさん、村で小さなバーをやってるお姉さん……見慣れた顔ばかりだ。

 滅多に飲まないお酒を飲んだり、ちょっと豪華な食事を楽しんだり……

 テーブルの上は賑やかだった。


 今日はいつもと違う。

 その様子を見てると、トラフが村を出て行くってことが、いよいよ現実的に思える。

 お祝いか……なんか寂しくて、あまりそういう気持ちになれないや。


「……あれ?」

「ん? どしたのユウちゃん」


 ふと、ユウちゃんが首を傾げた。

 彼女は周りをキョロキョロ見渡してから、困惑して私を見る。


「ねぇパトナ、トラフだけいないよ」

「えっ!?」


 いないんかい!!

 これ、トラフのパーティなのに!?


 これじゃ見送りにならない。

 彼の居場所を、ユウちゃんのお母さんに尋ねてみる。


「ん? あの子はダンジョンに行ってるよ。熱心、熱心」


 ゆ、夢しか見えてないのか。

 熱心っていうか……みんな、それで良いの?

 私は良くないよ。


 ✡✡✡


 トラフに会うため、ダンジョンに向かう。

 ユウちゃんはパーティ会場に残ってもらった。

 戦えない彼女にとって、ダンジョンは危険だから。


 村の近くにあるダンジョン、“花の小路(フラワーズ)”。

 その名前の通り、色とりどりの花が咲き乱れる、童話の世界みたいな場所。

 だけど、ゴブリンという魔物が出現する危険地帯である。


 この辺にあるダンジョンはココだけだ。

 探索レベルは1。

 冒険者ライセンスを持っていない人でも、自由に出入りしていいレベルとされている。


「おーい、トラフー!」


 ダンジョンに入り浸る幼馴染を呼びながら、注意して先へ進む。

 しばらく行くと人影が見えた。


「あっ」


 水色の髪、見慣れた青い服に、ダンジョン用の長剣。

 背中越しだけど、どうやらトラフらしい。

 見たところ魔物と対峙している。


 ゴブリン……トラフの腕前だったら、きっと勝てるな。

 だけど助けてみよう。

 へへへ、いきなり倒して驚かせてやろっと。


 いたずら心を働かせつつ、私は腕を前へ突き出した。


「“唄え、短き命! 勇気の欠片、誓いを守れ!”――脈打つ情熱(フレイム・ヴェイン)!」


 詠唱に合わせて、手の平に現れる火球。

 それは私の意思によって発射され、ぐんぐんと魔物へ向かって行き……


 ……そうだったけど、いきなり軌道を変えた。


「あっ、マズい」


 火球が向かった先はトラフのほう。

 ヤバい、このままじゃトラフが燃える!


「トラフ、避けてーっ!」

「!?」


 私の叫びに、驚きながら振り向くトラフ。

 彼は火球を視認すると、間一髪のところで剣を振って打ち落とす。


 す、すごい反射神経だ!

 でも、それじゃまだ終わらない。


「キシャアッ!!」


 隙を見つけたゴブリンが、彼の背後を斬りつけようとする。


「トラフ、後ろー!」

「……くっ」


 すぐに向き直ったトラフは、素早く半身になった。

 そうしてゴブリンの攻撃を空振りさせると、間髪入れずに剣を振る。


「ギグギャッ」


 態勢を立て直す前のゴブリンは、彼の剣捌きの餌食となった。


 いやー、事なきを得たようだね。


「ふぅ! トラフが無事で良かったよぉ」


 私の呼びかけのおかげで、対応が間に合ったんだね。

 一時はどうなることかと……


「…………」


 あれ、トラフの顔が険しい。

 すごく怖い顔で私を睨んでる。


「おい」

「トラフ! ナイス!」

「お前、俺の邪魔しにきたんじゃないだろうな」


 うーん、誤魔化せないみたいだ。

 そりゃそうだね、私が余計なことしちゃったんだから。

 素直に謝ろう。


「え、えへへ……ごめんね。魔物を倒そうと思ったんだけど」

「二度と手出しするな」

「そこまで!?」


 うわー、怒ってるよ。

 変なことしなきゃ良かったかな。


 腰の鞘に武器をしまうと、トラフは帰路についた。

 私が来たから、熱心さを削がれちゃったのかもしれない。

 あまり愉快そうな表情を見せてくれないまま、足早に去っていく。 


 ……ひょっとすると、これが最後の会話になるかな。

 今のうちに言っておこう。


「ねぇ、トラフ。村に残る気はないの?」


 背中越しに話しかけると、トラフは振り向かずに返事をした。


「俺は父さんのような冒険者になる。この村にはいられない」


 強い気持ちを含んだ声。

 寂しいってだけで引き留めても、絶対に揺るがない。

 言われなくても分からされる。


 でも一応、念を押そう……


「そこをなんとか」


 手のひらを合わせて懇願してみる私。

 トラフは返事もせずに去っていく。

 無視である。


 ✡✡✡


 トラフと別れた私は、大人しく家に戻った。


「はぁ」


 トラフってば、まっすぐな瞳をしてたな。

 パーティに行って、また顔を合わせるのが億劫になるくらい。

 なんとなく……置いて行かれるような気分だ。


 魔法陣の広げてある机に、思わず頬杖を突く。


 トラフはしっかりと夢を持ってるのに、私ってば……

 なんだかなぁ。


「……夢は必ず…………」


 目線の下には魔法陣。

 見ていないつもりでも、ちょっと視界に入ってしまう。

 呟いた言葉は、頭の中でだけ最後まで言っていた。


 夢。


《今日は描いてみた?》


 ユウちゃん、私には無理だよ。

 この魔法陣、なにが描いてあるか分からないから。

 ちゃんと勉強したつもりでも、お父さんのは難し過ぎて……


 ――ちょっとブルーになって考え込む。

 その時、にわかに家の扉が開いた。


「!?」


 振り向くと、扉の前に立っていたのは……ひとりの女性だ。

 見覚えはない。


「ど……どなたですか?」

「……」


 長く輝くような金髪に、蒼い瞳。

 そして、少しツンとした印象の口元。

 端正な顔立ちだ。

 なぜか手には箒を持っていて、なにをしに来たのか分からない。


 見知らぬ美女さんは、私を黙って見つめていた。


「あの……? な、なんでしょうかっ?」

「……」


 また訊ねてみても、彼女はなにも言わないまま。

 すると、おもむろに歩き出して、こちらへ迫ってきた。


「え、ちょっ!?」


 ここ、私の家です!

 そんな私の困惑も、素知らぬ顔の彼女。

 淀みない動作で、机の上の魔法陣を手に取る。

 鮮やかな手並みで羊皮紙をくるめると、当たり前みたいに持って――


「失礼いたしました」

「ホントに失礼だよ!?」


 分かった!!

 この人、ドロボーだ!!

 堂々としたドロボー!!

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