#18 エフォート
図書館で出会った、魔法を勉強している女の子。
彼女のことが気になった私は、その隣の席に座った。
「ねぇ、これってなんの勉強? すごいね」
「なんなのよ、あんた……初対面でしょ?」
「え、えへへ……気になる! なんの勉強なの?」
「うるさい。勉強のジャマしないで」
いろいろと話しかけてみるけど、鬱陶しがられてしまう。
まだ名前も聞き出せてない状態だ。
おまけに、ジャマと言われてしまった。
でも、気になるから引き下がらない。
普通に勉強してたら、絶対にこんな机にはならないからね!
本の山と紙の海――改めて見ても、雄大な光景だなぁ。
うーん、どうすれば邪険にされないかな?
……そうだ、彼女の好きな話題を振ってみよう。
そこから徐々に打ち解ければいいんだ。
「あっ、この数式!」
というわけで、眼についた数式を指差してみる。
まるで発見したかのような言い方で。
もちろん、本当はなにも分からない。
「数式?……ああ、これは有名ね。第三位階の魔法のほとんどに、これが使われているわ」
女の子は、ちょっとだけ興味を示してくれた。
作戦通り!
よーし、ここから喰らい付いていかないと。
「第三位階……ああ、第三位階ってあれだよね? 脈打つ情熱とかが入ってる……」
「そうよ。なんだ、あんたって意外と詳しいのね? この本、すぐ閉じてた気がするけど」
「え? あ、あはは……ちょっと読む気分じゃなかっただけだよ。実は私、魔導士なんだ」
読む気分じゃないのに、なんで図書館にいるの?
……みたいなツッコミはせず、代わりに魔導士のところに反応する女の子。
彼女はさっきまでの迷惑顔とは打って変わって、キラキラと眼を輝かせた。
「なんだ、魔導士だったの! あ、そりゃそうよね、だってこの本読んでたんだし」
「えへへー、そうだねー」
「それじゃ話が合うかも。そうだ、あたしの好きな数式があるんだけど……」
イイ感じだ! けど……
楽しそうにページを飛ばしていく彼女を見ると、不安になってくる。
好きな数式とか見せられても、なんとも言えないし。
「あ、ほらコレ。有名だし、見たことある?」
「あー、ううん」
「E=mc²……Eはエネルギー、mは物体の質量、cは光速。簡単に言うと、これは物質とエネルギーが実質的に同じなのだと証明する式で、このふたつは速度という要素で分別されているだけなの。例えば……石ころ、あるじゃない?」
「え? 石ころはないと思うよ?」
「違うわよ。ここにはないけど、外にはあるでしょ。あれって静止してるけど、この式を適用すると、その中に膨大なエネルギーが含まれていると考えられるの」
「…………??」
「例えば、石ころを思いっきり蹴飛ばすと、当たった人は痛いでしょ? 痛いってことは、威力が出てるってことよ。そして、その痛みは質量によって変動する……つまり、物体は運動することによって、自分の質量をエネルギーに変換していることになるわ。数式に当てはめて言えば、物質は光速に近づくに従って、そのエネルギーを最大に――」
わーっ!
ちょっとなに言ってるか分からない。
これ、最後まで聞いてられないよ。
「――だからね! 要するに、質量というものはエネルギーに変わり得るものなの。もしも最大の威力になると、物質は完全にエネルギーと同質になって、物質という形をとどめることが……」
「できないんだね!? じゃあ私パトナっていうんだ、あなたは?」
「!?」
無理やり自己紹介して、名前を聞き出す流れに持っていった。
話を遮られた女の子は、めっちゃ渋い顔をしたけど、すぐに答える。
「…………ノエッタ・デルント」
「よろしくね、ノエッタ! いやぁ、ノエッタって物知りだなぁ! E=LEDなんて、なんかもう……魔法ってすごい!」
「は?」
作戦、無理やりグイグイだ。
訝しげな顔をされても退かないぞ。
「そんなに詳しくなるってことは、相当な勉強をしてきたんでしょ?」
「……さっきの話、ちゃんと分かって――」
「私、尊敬してるんだ。なんでノエッタは、こんなに頑張れるの?」
言いたかったことを伝えると、彼女は黙った。
おもむろに俯くと、少し照れた様子で呟く。
「……魔法の威力を上げたいの」
そう言ったあとで、ちらりと私の顔を見るノエッタ。
「あたし、昔から魔法の威力が低すぎるの。超初級魔法の脈打つ情熱ですら、撃ち出してすぐ、ヒョロヒョロになって消えていくわ」
「そ、そうなの?」
「ここで撃っても、なんの被害も出ないくらいよ。ちょっと距離があると、本を燃やせるかも怪しいわ」
落ち込んだ表情で、彼女は語る。
本を燃やせない脈打つ情熱なんて、はっきり言えば信じられなかった。
でも、そんな気持ちを口に出そうとは思わない。
ノエッタが本気で悩んでいることくらい、一目瞭然だったから。
「これだけやってダメなんだから、あたしには魔法を使う才能がないの」
悟ったようにそう言って、寂しそうな笑みを溢す。
そんな彼女だったけど、いきなりパッと顔を上げた。
「だけど、あたしは諦めたくない」
「……!」
私がなにか言葉を探しているうちに、その瞳に光が宿る。
こちらを見ながら、彼女は強く声にした。
「――努力は報われるって信じてるから」
それは屈託のない言葉。
私は打ちのめされて、すぐに自分を恥ずかしく思った。
なんとか試験を降りようとしてた、情けない自分。
逃げることを考えたり、ラーンに縋ったり、頼りの本をすぐ閉じたり……ホントに情けないや。
ノエッタの前じゃ、こんなことのすべてが恥ずかしい。
だって、彼女は私よりも苦しい顔をしながら、それでもこうして努力を続けているじゃないか。
甘ったれだったんだ、私。
反省しなきゃ。
「……すごいよ、ノエッタ。私、あなたに会えて良かった」
「え?」
「私も信じるよ! ううん、これだけ努力してるんだから、報われるに決まってる! ノエッタは絶対に、すごい魔導士になる!」
「……! ほ、本当に……?」
「保証するよ、この私がね!」
私は大きな声を出して、ノエッタの素晴らしい姿勢を応援した。
すると彼女は、驚きを眼に、照れを頬に浮かべる。
そして、また眼を伏せるのだった。
✡✡✡
『また来るね!』
『……もう来なくても』
『来るねっ!』
そんな会話を最後に、ノエッタと別れた私。
図書館から出たあとも、なんだかやる気が漲っていた。
なんせノエッタからパワーをもらったのだ、そうそう尽きるとは思えないよ。
行きに見たモニュメントを、帰りには触ってみた。
考えてみれば、これも誰かの努力で作られたはずだ。
そのおかげで、この学園は荘厳さを増している。
なにを表しているかは分からないけど、とにかく素晴らしいことは間違いない。
私、ひとつ発見したよ――この世のすべては、誰かの頑張りで成り立ってるんだね。
世界って、努力の結晶なんだ!
それって、努力が世界そのものってこと!?
すごい、すごすぎる…………なんて偉大な努力っ!
「ふおおおっ!」
テンション上がってきて、廊下の窓から見上げた空。
青すぎて、まるで努力みたいだ。
ノエッタの輝く瞳は、この壮大な青色と、実質的に同じものなのだ。
空があるから雲があるんだ、間違いないよ。
てことは、空も努力してるんだね。
よし、よーし、よーっし!
私ももっと努力して、絶対に師匠の試験をクリアしてやるんだ!
「僕は、努力なんて時間のムダだと思う」
――その時、後ろから声がした。
勢いのままに振り返ると、そこには見知らぬ人が。
頭に謎の羽帽子を被った、全身灰色の紳士風な男性。
そんなキッチリとした格好には不似合いな、小さいケープを肩にかけている。
前も後ろも長い黒髪、赤い瞳とイジワルそうな眼つき……どこからどう見ても怪しい。
「努力なんて言うと聞こえはいいが、報われる保証は無い。そんなことに時間を費やすなんて、阿保らしいと思わないかい?」
…………しかも、言うことまで怪しい。
阿保らしいだなんて、そんな風に思うはずないのに。
なんなの、この人?
「報われますよ。少なくとも、ノエッタの努力は報われます!」
「へぇ、根拠を聞かせてよ」
「それは……あの子が必死で頑張ってるからです!」
私は力を込めて、紳士風の男性にそう言い放つ。
すると、彼はわざとらしく鼻で笑った。
「そんなの根拠じゃない。ただの願望だろ」
「え……?」
「頑張ってるから、報われてほしい――実現するなら目出度いけど、現実はそう上手くいかないよ」
高い身長から、赤い瞳が見下してくる。
彼の顔は少し上を向いていて、意図的にそうしているらしかった。
人の考えをバカにするような喋り方といい、正直……ムカつく。
こういう人には言い返さなきゃダメだ!
「報われないわけないじゃん!」
もう一度、私は力を込めて言う。
だけど、結果は同じだ。
ハナから聞いていないような態度で、また鼻で笑ってきた。
「ま、せいぜい頑張ることだね。応援してるよ……」
「む……!」
言いたいことだけ言って、紳士風の男性は去っていく。
ヒラヒラと手を振って、気取った背中を見せた。
なんか、ああいう人を「好きになれない人」っていうのかも。
ていうか、嫌いだ。
ふんだ、あんな人にノエッタの努力は分からないよ。
「努力は報われるって、絶対に証明してみせるからねーっ!」
ポケットに手を入れて歩く彼へ、私はそう叫んだ。
けれど、その顔がこちらに振り向くことはなかった。
✡✡✡
叫んだなら、実現しなきゃ話にならないよね。
てなわけで、またダンジョンに来てみる。
“神秘なる逆光”の森は、そよ風に騒めいていた。
「“夢錻力、紫苑の花! 覗けば見落とし、掴めば旗! 谷底に咲く、濡れた咆哮!”――自縛の金剛星っ!!」
私が勇んで放った声で、掲げた手の上にエネルギーが集まってくる。
それはあっという間に形になって、球状の螺旋となった。
それと同時に、大きな負荷が私を襲う。
使用者を圧し潰さんとする、凶悪な重さだ。
「むぐぅッ!!?」
なんとか足を踏ん張って、その重量に耐えようとする。
けれど、そんなことで跳ね返せるものではなかった。
「むぎゃあッ!!」
少しも持ち上げることができないまま、あっけなく潰されてしまう。
支えていた私が音をあげたことで、勝ち誇った球体は霧散していった。
審判いらずの完全なる敗北だ。
「…………こ、こなくそ!」
立ち上がって、土を払う。
そして、引き寄せてしまった魔物との戦いに挑んだ。
「“唄え、短き命! 勇気の欠片、誓いを守れ!”――脈打つ情熱っ!」
逃げることは解決にならない。
頑張ることが近道。
だから、弱音を吐いてるヒマなんてないんだ!
コントロールを無視して、別の目標に当たる火球。
見てて絶望したものの、それがどうしたっていうのさ!
私は絶対に、消滅の魔法陣を完成させるんだからね!
「うわーっ、ノエッターー!!」
首を傾げるフォレストラビットに向かって、私は叫んだ。
明日、彼女に会ったら、魔法のコントロールについて聞いてみよう。
勉強することで、この特訓にも光が見えるかもしれないから。
――で、今日は、魔力のムダ撃ちをして終わった。
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