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#17 ライブラリ

 魔法をマスターすることは、今の私の最重要課題となった。

 ニョッタ師匠の試験に合格すれば、また一歩、消滅の魔法陣の完成に近づける。

 だけど、もしも不合格だったら……今までの頑張り、すべて水の泡。

 村に帰されて、冒険者も辞めて、魔法陣の完成にも携われない。


「びゃああーーっ」


 考えるだけでも悲鳴が出そうだ。

 というか、もう出ちゃった。


 それはともかく、今日も今日とて特訓だ。

 気合いを入れて、ダンジョンへやって来た私は、魔法の詠唱を繰り返した。

 そして、ただいま魔力が尽きて、地面にへたり込んでいる。


 やめたい。

 そういう気持ちが出ることを、抑えきるのは難しい。

 でも、抑えて頑張ろうよ! という気持ちもある。

 仮眠を取りたいような気もする。

 とにかく、魔力が切れると、やたら疲れるのだ。


「…………このまま練習してても、上手くいくとは思えないよねぇ」


 特訓を始めてから、もう三日。

 詠唱して、潰されて、詠唱して…………

 毎日そんなことを繰り返して、誰が魔法をマスターできるだろう。

 ひょっとすると、やり方を変えた方がいいのかな?


 よし、ここは考えどころだぞ。

 効率よく練習するためにも、じっくり作戦を練ろう。


「むむむ…………」


 まず、一の案。

 ニョッタ師匠に許してもらう。

 これを選ぶと、もう試験を受けなくて済むと思います。


「いや、そういうことじゃないよね」


 逃げちゃダメだ。


 次、二の案。

 今まで通り、すっごい頑張る。

 これを選ぶと、今と一緒です。


「うーん、もっと深く考えてみよう」


 作戦はまだ、無数に存在しているはずだ。


 次、三の案。

 …………ロクサーヌに乗って逃げる。


 いや、今のウソ。

 真・三の案は――相談。

 そう、相談です。

 誰に?

 ……えーっと、ウィング? じゃない、セン……いや、ラーンっ!


「――そうだ、ラーンに相談しよう…………!」


 ラーンに相談しよう。

 こうすれば、私は救われるかもしれない。

 泣きつこう、ラーンに。


 ✡✡✡


 考えをまとめた私は、すぐにラーンを探した。

 まず最初に行ってみたのは、冒険者ギルド。


 ラウンジを見渡したところ、彼女の姿はない。

 それで、受付のお姉さんに聞いてみると


『今日ですか? いえ、ラーンさんが依頼を受けた形跡はありませんよ』


 ということらしかった。

 それで、次に思い至った場所へ急ぐ。

 扉を開くと、そこには探し人の姿があった。


「あっ、パトナさん! おかえりなさい!」

「おかえり、パトナ。今日は成果がありましたの?」


 嬉しそうなラーンの隣には、ニョッタ師匠の姿が。

 部屋に飛び込んできた私を、ふたりして迎えてくれる。


「ただいま、ラーンに師匠」


 そう、ここは師匠の拠点である。

 なぜここにラーンがいるのか?

 その理由は簡単だ。


「パトナさん! 私、お師匠様にご教授いただいて、回復魔法を強化しました!」

「そ、そうなんだ……私はなにも成果がなかったよ、トホホ」


 実は彼女、師匠に回復魔法を教えてもらっているのだ。

 前に拠点に泊まった時、なにかのきっかけで鍛えてもらったらしい。

 それからというもの、暇さえあれば拠点にきて、私とは別の特訓をしている。


 それにしても、なんか楽しそうだなぁ、ラーンってば。

 羨ましい……私もこの部屋で特訓させてもらいたい。

 わざわざダンジョンまで行くの、わりと大変なんだよね。

 とくに帰り……これといった成果もなかった帰り道は、骨身にこたえるのである。


「しっかりなさいな」

「うっ」


 そして、トドメの一撃は師匠が刺してくれる。

 なんでこんなに厳しいのかなぁ。


「そうは言っても、師匠! 聞いてよ!」

「なんですの?」

「いくら練習しても、ちっとも魔法を制御できないんだよ! 重すぎて!」


 ぐぬぬ、もう容赦しないぞ。

 今日という今日は、私の苦労を思い知らせてやるんだ。


「あんなに重い魔法、もう、例えるなら……空がのしかかってきてる、そんな感じだから!」

「バカね」

「バカじゃないよっ!!」


 ウチの師匠は分からず屋で、いつでも厳しいのであった。

 ツンとした態度ばかりで、ちっとも褒めてくれない。


 私、師匠が少しでも微笑みかけてくれたら、めちゃくちゃ頑張れるのに。

 「期待してますわよ」って。

 「頑張りましたわね」って!

 せめて頭とか撫でてくれたら……!


「パトナさん。実践で上手く行かない時は、知識を得ることもひとつの手ですよ」


 ふと、ラーンがそう提案してくれた。

 彼女はニコニコしている。


「知識?」

「はい。グリードの学園図書館なら、魔法に関する本はたくさんあると思います。なので、色々と読んで、知識を得てみてはどうでしょう?」

「ほえー、図書館かぁ……」


 なるほど、それは名案かもしれない。

 ウチのパーティで一番賢いラーンが言うんだから、まず間違いないよね。

 よーし、じゃあ図書館に行ってみよう!


 ✡✡✡


 早朝。

 踊るように拠点を出た私は、朝の陽ざしに煌めく街を抜けて、図書館に向かった。


「ふっふっふ、楽しみでござるー」


 ラーンに書いてもらった地図と、周りの景色を見比べつつ、センコウのマネをしながら行く。

 真っ直ぐ行って、曲がって、また真っ直ぐ――そんなこんなで、あっという間に到着した。


 スラッと伸びた、ガラス張りの通り。

 それに沿うように立つ、白い柱に導かれると――奥には純白に塗られた建造物が、高々とそびえていた。

 グリード城にも負けないくらいの、堂々とした佇まい……遠くから見ているだけで、その威容に飲み込まれてしまいそうだ。


 しばらく見惚れて、立ち止まる。

 で、おそるおそる、入り口に近づいた。

 前まで来たら、もう一回、見上げてみる。

 建物が高過ぎて、空が半分くらい遮られていた。


「すっごい…………さすが王都…………」


 玉ねぎ型の屋根、あれが落ちてきたら死ぬよ。

 なんてことを考えつつ、物々しいゲートをくぐってみる。

 すると、先に立っていた真顔のお兄さんが、すぐに進行を阻んできた。


「待て」

「えっ?」


 片腕で私を制した彼は、こちらをジロジロと眺めてくる。

 その訝しげな目線は、明らかに私を警戒していた。


 これ、失礼っぽくないかな。

 そういえばマレッド村にいる時も、ルードおじいちゃんにこういう感じで見られたっけ。

 あのおじいちゃん、なんか視線が……こう、湿っぽいんだよね。

 いつもは陽気なのに。


「なにか身分を証明するものはありますか? 無ければ書類にサインを――」

「身分ですか? それじゃ、これとか」


 言われて、いつも持ち歩いてる冒険者ライセンスを差し出す。

 それを見たお兄さんは、また鋭い眼つきになった。

 野生の魔物みたいにライセンスを睨んだ後、しばらくすると、差し出していた腕を下げる。


「お通りください」


 オッケーだったらしい。

 なるほど、こうやって怪しい人を入れないようにしてるんだ。

 大変な仕事だなぁ……ルードおじいちゃんも昔、同じ仕事してたのかも。

 きっと名残だね。


 ――学園の中は、まるで宮殿のような感じだった。

 といっても、私は本物の宮殿を見たことはない。

 村長さんの家に飾ってあった絵画を、子どもの頃に眺めてただけである。


 そう考えると、絵の中に入ったみたいだ。

 ちょっと不思議な感覚になりつつ、広すぎる廊下を進む。

 立派な柱とか、なんだか分からない鳥のモニュメントとか、その他いろいろに翻弄されながら。

 やがて辿り着いたのは、木造りの滑らかな扉の前。


「えーっと……ここが図書館?」


 扉の上には、“グリード図書館”という文字板が。

 それでも、ちょっと躊躇っていると、中から本を持った人が出てきた。

 じゃ、たぶん合ってる……勢いよく飛び込んでみる。


 図書館の中には別世界が広がっていた。

 床にはダイヤ型の上品なタイル、天井には暖かみのあるシャンデリア。

 整然と並べられた木造りのテーブルの上には、植物みたいに備えられた白いランプ。

 所狭しと並べられた本棚は、壁となって通路を作っている。


 まるでオトギ話に迷い込んでしまったみたいだ。

 そんな世界に住む人たちは、静かで、穏やかで、それでいて優しげだった。

 誰もが心地良さそうに、柔らかな表情をしている。


「すごーい……こんな場所、来たことないよ……」


 初めて来たんだから、よく考えると当たり前だけど……


 キョロキョロしながら、図書館を進んでみる。

 どこもかしこも、たくさんの本が並んでいた。

 近場にあるのを手に取っていいのか、それとも決められた作法とかあるのか。

 とにかく落ち着かなくて、圧倒されるばかりだ。


 で、私は決心した。

 なんでもいいから、とりあえずなんか読む!


 これだッ!!

 そう心の中で叫びながら、引き出してきたのは――幸運なことに、魔法に関する本らしい。

 表紙を見てみると、お堅い字で“魔法陣入門”とか書いてあった。


「…………読んでみよ」


 本を開く。

 いきなり飛び込んでくる、文字の列。

 わー、わー、わー……もう読みたくないかもしれない!


 で、一回閉じて、休憩。

 もっかい開く。

 熾烈な戦いを経て、今度はページを捲ることができた。


「えーっと、なになに……『魔法陣とは、二重の円の間に書かれた魔法式と、円の内部に描かれた図形との複合によって、大気中のマナを収縮・膨張することにより、魔法現象を起こす道具である』?」


 なるほど。

 つまり魔法陣は、魔法を使う道具ってわけだね?


「で、えーっと……『魔法陣を描く時は、まず陣全体の大きさを、あらかじめ考えておく必要がある。魔法陣は描かれた円の大きさによって、入力できる魔力の上限が変動する。図形の多さや複雑さ、魔法式の複雑さなどでは変動しない』……ね。うん」


 …………そうなんだ。

 図形とか魔法式は、関係ないんだね。


「むーん、『こういった性質を理解し、描き始める前に陣の構造を組み立てておくのが良い。基礎となる円のサイズを誤ると、最悪の場合、途中ですべて作り直すことになる』! そりゃあヒドいね!」


 いやぁ、勉強になったなぁ。

 じゃ、これを活かして、ダンジョンに向かうとしようか。

 きっとなんとかなる、だって私はランク3冒険者だから。


 意味の分かんない本を閉じて、天井を仰いだ。

 シャンデリアが瞬いている。


 ラーン……この場所は、私には早すぎたみたい――


「――その本、読まないならあたしに貸してよ」

「!?」


 眩惑される私の背後から、唐突に誰かの声が聞こえた。

 びっくりして振り向くと、そこにはひとりの少女が立っていた。


「あ、え……!? これ!?」

「そうよ。それ以外ないでしょ」

「あ、うん……? そーだよね、えへへ……」


 新緑を思わせる瞳の色と、特徴的な若葉色のメガネ。

 左側だけ結んだ、赤みの強いオレンジの髪が、気の強さを誇張している。

 首元には銀のペンダント。


 彼女は少しフキゲンな様子で、私から本を受け取る。

 そして、さっさと机へと戻っていった。


 その姿をボンヤリと眺める私は、ふと机のほうに視線をやる。

 そこには…………信じられない光景があった。


「……え? ちょ、ちょっと待って!?」

「は? な、なによ」

「あなたの机、凄いことになってるよ!?」


 思わず彼女を引き留めて、そう言ってしまった。

 だって、あそこ……本が山ほど積み重なって、羊皮紙がバラバラになって、誰も座れない。

 けっこう横に長いのに、全部この子が独占してるじゃん!


「なにやってるの!?」

「な……なにか悪い? 文句あるの?」


 問いただすと、彼女は少しだけ眉を顰めて答えた。


「魔法の勉強してるだけよ。咎められる筋合いはないわ」


 そう言って、メガネのブリッジを押し上げる。

 魔法の勉強って……あんなに夥しいことになるんだ。

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