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#16 トレーニング

 冒険者パーティ、“サンロード”。

 私が所属するこのパーティは、まだ出来立てホヤホヤの新米チームだ。

 けれど、その実力は侮れない。


「それでは依頼完了です。皆さん、お疲れさまでした!」


 リーダーのウィングが差し出した依頼書に、受付のお姉さんがハンコを押す。

 すると、彼女は少し驚きの表情を浮かべて、こちらを見た。


「おめでとうございます! ウィングさん、パトナさん! ランクが上がりましたよ!」


 その言葉に私たちは顔を見合わせた。

 次のランクは3……もうソロで活動しても問題ないランクである。


「うおおーーっ、パトナっ!!」


 心なしか赤髪を逆立てるウィングは、空色の瞳を私に向けた。

 おもむろにハイタッチの構えを取る。


「やったね、ウィング!!」


 それに応じた私は、『パチン』と爽快な音を鳴らした。

 一番最初の目標ともいえる、ランク3突破。

 達成しちゃったから、もう一人前の冒険者になれたかも?


 ――そんなわけで、おめでたい話だ。

 ラウンジのテーブルに座って、メンバーのセンコウに冒険者ライセンスを見せびらかす。

 彼の黒い瞳は、黒い前髪に片目を隠しながら、ライセンスを凝視した。


「……お主らがランク3に相応しいか、甚だ疑問にござる」

「え?」

「おいセンコウ、なに言ってんだよ」


 なにを言うのさ、心外だなぁ。

 私たちよりランク3に相応しい冒険者なんて、そうそう居ないと思うよ?


 すると、私の隣に座るラーンが、微笑みを浮かべる。


「ギルドに認めてもらったなら、立派なランク3ですよ。おめでとうございます、ふたりとも」

「そうだよな! やっぱラーンは分かってんなー!」


 長めの白い前髪から、水色の眼を覗かせて笑う彼女。

 その優しげな表情は、頭に被ったシスターベールでより優しく見える。


「ラーン殿、甘いでござる」

「そうでしょうか?」

「パトナ殿はまだ、魔法のこんとろおるが達者ではござらん」


 さすが冷静なセンコウ。

 『魔法のこんとろおる』は、たしかに私の苦手分野だ。

 痛い所を突かれた……けど、それでも私はランク3だよ。


「大丈夫だよ、センコウ! ちょっと見てて!」


 私はイスから立ち上がって、近くにあった窓を開ける。

 前方に腕を構えて、狙うは空の向こう!

 ちょっとは成長したとこ、見せないとね!


「“唄え、短き命! 勇気の欠片、誓いを守れ!”――脈打つ情熱(フレイム・ヴェイン)っ!」


 詠唱とともに、私の手のひらから火球が放たれる!

 それは狙い通り、まっすぐに舞い上がって!!


 途中で曲がった。

 ばっちり方向転換して、こっちに帰ってくる。


「……パトナ殿、どうするつもりでござるか?」

「えへへ……どうしよう」


 このままじゃギルドが燃える。

 ヤバい!

 と、とりあえず、なんか、応援?


「こっち来るなー!!」

「バカかお前はっ!」


 私の肩を押して、窓の前へと躍り出るウィング。

 彼は剣を一振りして、戻ってきた火球を再び天へ返した。

 いつ見ても見事な返球だ。


「ウィングさんはもう、立派なランク3みたいですね」

「へへっ、よせやい」


 ラーンってば、暗に私を落第させてるよね?


 ✡✡✡


 かくして、ギルドでは恥を掻いてしまった。

 うぅ、これじゃ面目が丸つぶれだよ!

 ということで、スタコラサッサと拠点に帰る。


 扉を開けて、開口一番、頼れる大人を呼んだ。


「わー! ニョッタ師匠、魔法教えてー!」

「……『ただいま』くらい言いなさい」

「ただいま!」

「おかえりなさい」


 ニョッタ師匠の深い青色の瞳が、呆れの色を含む。

 輝く金髪は、それを厳かに彩るのだった。


 いきなり変なことを言っても、いつものことだと受け入れてくれる師匠。

 そして、ちゃんと話も聞いてくれるのである。


「あのね……魔法のコントロールが上手くいかないんだけど、なにか良い方法ってないかな?」

「そう。なら、わたくしが特訓を考えてあげますわ」

「特訓?」


 書き散らしていた数式をテーブルに放置して、おもむろに立ち上がる彼女。

 いつも持ち歩いている箒を掴むと、スタスタと外へ歩いて行く。


「ダンジョンに行きますわよ、パトナ」


 扉の前で振り向いて、私に声を掛けた。

 って、帰ってきたばっかなんだけど……


「なにしに行くの?」

「野暮なことは訊かずに、黙ってついてくることね」

「えー……」


 ここじゃ出来ないことなのかな。

 あ、魔法を使って実演してくれるのか。

 コントロールのためにも、今日はもうちょっと頑張らないとね。


 ✡✡✡


 やって来たのは、“神秘なる逆光(ホワイトライト)”というダンジョン。

 私たちのパーティ、サンロードが初めて攻略した場所である。

 王都グリードの正門からだと、ここが一番近場のダンジョンだ。


 静かな森は、相変わらずそよ風に揺れている。

 ランク3となった今では、苦戦することもないだろうけど……

 本当に、ここで特訓なんて出来るのかな?


 なんて疑問を浮かべつつ、師匠の後ろをついていく。

 しばらく進むと、彼女はこっちに振り返った。


「この辺でいいですわね」

「え?」

「今から新しい魔法を教えます。詠唱するので、聴いて覚えること」

「えっ、あの……」


 いきなり記憶力を試される状況。

 焦る私にも構わずに、師匠は天に箒を掲げる。


「“夢錻力、紫苑の花。覗けば見落とし、掴めば旗。谷底に咲く、濡れた咆哮”――自縛の金剛星(ジュピター)


 詠唱を終えると同時――箒の先端に、大きなエネルギーの塊が現れた。

 それは球状の螺旋となり、周りにあるものすべてを引き込んでいく。

 木や花、魔物だけじゃなくて、私までも。


「う、うぎゃあーーっ!?」


 な、なんじゃこりゃあ……!!

 このままじゃ私、魔法の渦に飲まれちゃうよ!?


「たっ、助けて、ししょーーっ!」

「……と、こんなものね。ほら、次は自分でやってみなさい」

「う、うわぁーー…………え?」


 地面に爪を立てて、為す術もなく引きずられた。

 そんな私を、気付けば見下ろしている師匠。

 いつの間にか魔法をキャンセルしたらしい。


「この魔法は“自縛の金剛星(ジュピター)”といって、非常に威力の高い魔法ですわ。けれど、その代わりに魔法の制御が難しく、魔法らしく飛ばすだけでも苦労するほど……」


 普通に解説してるけど、頭に入ってこないよ。

 ちょっとは心配してほしい。


「ほら、パトナ。なにをやってますの?」

「い、いや……だって、すごい吸い込まれたよ?」

「そういう魔法ですもの、当然ですわ。早く立ちなさい」

「え、えぇ~……」


 なんか理不尽じゃない?

 あんな効果なら、先に言っといてほしかったよね。


 ま、気を取り直して。

 とりあえず……やってみよっと。


「えーっと……“ゆめぶりき、しえんのはな――”」

「違いますわよ」

「え? じゃ、じゃあ……“ゆめぶりき、しおんのはな、あおげばとうとし――”」

「覚えてないようですわね」

「む、無理だよ! むしろあの状況でここまで覚えてたの、けっこう凄くない!?」


 師匠ってばスパルタ過ぎるよ!

 でも、間違いなく『ゆめぶりき』だけは合ってる自信がある。

 そこだけでも覚えられたんだから、かなり頑張ったと思うな。


「それじゃ、もう一度だけ教えてさしあげますわ……」


 ――そこから、かれこれ、けっこう長い間。

 私は何度も詠唱を教えられて、その度に引きずられた。

 なぜか爪をボロボロにしながらも、もう引きずられたくない一心で、文章を頭に叩きこむ。


「“夢錻力、紫苑の花っ! 覗けば見落とし、掴めば腹!!”」

「違いますわ」

「“夢錻力、紫苑の花!! 覗けば見落とし、掴めば……あっ、旗!! 響く雷鳴、落ちるつり橋――”」

「なんですの? それ」


 びゃああーー!!

 もう実演はイヤだっ…………!


「“ゆ、夢錻力! 紫苑の花! 覗けば見落とし掴めば旗、谷底に咲け!! 濡れた咆哮!!”」

「あら、『咲け』ではありませんわ。『咲く』……ですけれど、一応言い切りましたわね」

「『咲く』だね! はいっ、これでオッケーでしょ!?」

「ええ、良しとしましょうかしら。では、帰宅後も暗唱を怠らないように」


 まだちゃんと言えてないけど、なんとか無事に帰らせてもらえた。


「やったーーっ! 今日の晩御飯は!?」

「そうね……シチュー」

「やった、やったーー! 師匠のシチュー大好きだよーー!」

「そう? どうもありがとう」


 いつも通り、あまり微笑まない師匠。

 そんな感じでありながら、当たり前みたいに厳しい特訓をさせてくる。

 まあ、軽々しく「教えて」とか言った私が悪かったけど……うぅ、今度から気をつけよう。


「ね、師匠。次はもうちょっと、ユルい特訓を……」

「はぁ? どこが厳しかったのかしら?」


 念のため提案したら、威圧されてしまった。

 はぁ? とか言わないでほしい。


 ✡✡✡


 翌朝。

 今日も師匠の特訓がある。

 ということで私は、サンロードのみんなにあるお願いをした。


「ゴメンっ、しばらく私抜きで活動して! その間に魔法を覚えるから!」


 下げた頭の前で、パチンと手を合わせる。

 チラっと見ると、みんな黙って頷いてくれた。


「い、いいの?」


 なんか、思ったよりすんなり分かってもらえたけど……

 こんなにあっさり頷かれると、ちょっと寂しいかも。


 念押しの問いかけに、みんな頷く。

 でも、その表情はなんだか微妙で、苦笑いの手前みたいな感じだ。

 センコウはいつも通りだけど。


「あのさ、お前の特訓って終わらねーんじゃねーか?」

「あの、パトナさん……実質的にパーティから離脱する、ということでしょうか……?」

「パトナ殿。今まで世話になったでござる」


 なんで!?

 なにより見解が一緒なの、なんで!?


「私は必ず帰ってくるよ!?」

「強がりは止すでござる」

「強がりじゃないよっ!」


 真顔で言うセンコウ、ちょっとムカつく!


 どうやら私の仲間たちは、私が魔法を覚えられるはずがないと考えているらしい。

 まったく、とんでもない予想としか言いようがないよ。

 魔法のひとつやふたつ、覚えられるに決まってんじゃん!


「あんまり私をナメないでよ、みんな! 優秀なランク3冒険者だってとこ、見せてあげるから!」

「へへ、諦めがついたら言えよな!」

「私たちはいつまでも待ってます……!」


 ぐぬぬ……

 言葉じゃ信じないらしいから、さっさと結果を見せてやる。

 今に見てろー!


 ✡✡✡


 今日の特訓は、一度も魔法を成功させることなく終わった。


「自分の魔法に潰されていては、話になりませんわよ」

「ッ、ハァ……ハァ…………」


 魔法の不発で積み重なったストレス、詠唱のせいで痛くなった口、絶え間ない師匠の助言(厳しめ)。

 身体も心も、もうヘトヘトである。

 こんなに長い時間やって、一度も成功しないなんて……


「何度も言いますけれど、脈打つ情熱(フレイム・ヴェイン)の要領で制御してはいけませんわ」

「う、うぅ……分かってるけどぉ……」


 師匠に言われても、感覚というのは簡単に矯正できない。

 そもそも自縛の自縛の金剛星(ジュピター)は、脈打つ情熱(フレイム・ヴェイン)と比べると、内包する威力が桁違いだ。

 例えるなら、詠唱した途端、魔力の塊がのしかかってくる感じである。

 事前に操る心構えをしていても、体験したこともない程の重量が襲ってくるせいで、どうしても耐えきれない。


 おまけに、消費する魔力の量もおかしい。

 さっきから何回もポーションを飲んでるけど、そろそろ身体が変になってきた気がする。

 ていうか、ポーションってマズいし。


「とにかく、今日はここまでね」


 疲弊する私を横目に、師匠は帰ろうとする。

 その傍若無人な後ろ姿で、さらに理不尽な言葉を放った。


「だいたいの要領は分かったようですし、明日からは一人で特訓しなさいな」

「うえぇっ!?」

「マスターしたら、わたくしに言うこと。その後、試験をしますわ……」


 淡々と話す彼女は、置いてけぼりの私から離れていく。

 そして、遠い地点で立ち止まった。

 その距離、ざっと15歩分。


「ここにいるわたくしに、きっちり魔法を当てられたら合格。三発以内に当てられなければ……」

「…………当てられなければ?」

「マレッド村に帰しますわ」


 その声はまさに、絶望の響きだ。

 スパルタ過ぎるってば、ニョッタ師匠…………!

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