#14 ボスバトル パート2
「ぐ、うあぁ…………っ」
身動きは取れない。
尻尾が締まるたび、苦しくて声が漏れてしまう。
ダメだ、もう耐えきれない……
ああ、だんだんと視界がぼやけていく。
なんだか頭にも、ちょっとずつ霞みがかかって……
「――ハッ!!」
刹那。
私の身体は、尻尾から解放された。
「う、あ……」
誰かの腕の中へと落ちて、私は何度か瞬く。
三度目にセンコウの顔を見つけた。
「パトナ殿、足許と背後にも気を配られよ」
「あり、がと……センコウ…………」
「見事な時間稼ぎでござった」
……助けてくれたんだ。
それに、また褒めてくれた。
やっぱり、センコウが仲間になってくれて良かったな。
軽やかに地上へ降りたった彼。
その後ろで、斬られた尻尾が地面にのたうつ。
「ともかく、すぐにラーン殿の元へ」
私を抱えるセンコウは、そのことを感じさせない速さで、音もなく走る。
それでも、簡単に行かせてはもらえない。
進行方向には、大きな猫の足が落ちてきた。
「妨害でござるか、猫又」
地面の小さな揺れも、彼の動きを鈍らせることはない。
ボスの足を素早く迂回――そのルートを目掛けて、振り下ろされる爪。
それさえも、咄嗟に抜いた剣によって、軽々と受け流した。
片手で受けたのに、ほとんど力を入れてないように見える。
休まることのないボスの攻撃は、今度は背後から襲ってきた。
しかし、センコウには通じない。
まるで背後に眼がついているみたいに、最小限の動きで避ける。
「…………バットー術、なの……?」
私が見た事もない技ばかりだ。
センコウってば、私が想像してたよりずっと強いや。
すっごく心強いよ。
「武士が極めるべきは、心眼と抜刀……敵の気配には、常に注意を払っているでござる」
そう言いながら、首を傾げて爪を避けるセンコウ。
やたらカッコいい……ブシってなにか分からないけど。
かくして、私はあっという間にラーンのところまで運ばれた。
センコウのおかげだ。
ひとまず、墓石の密集した場所へ身を潜める。
「パトナさん……っ! 大丈夫ですか!?」
「う、うん……ギリ、ね…………」
「ラーン殿、彼女の回復を」
センコウは、私をそっと地面に寝かせる。
入れ替わりに、近くにいたウィングの耳を引っ張った。
「拙者等は猫又の足止めを引き受けよう」
「ひ、引っ張るんじゃねーよっ! 俺だって、さっき吹っ飛ばされたんだぞ!?」
「既に全治したでござろう」
「してねーよ!?」
先に回復を受けたウィングだけど、まだダメージは残っているようだ。
後頭部を押さえながら、センコウと話していた。
さすがに全治には時間がかかるし、あんまり無理しないほうが……
「男子のくせに、下らん泣き言を……」
「なっ、テメー……上等だ! 俺が先に出てってやらぁ!」
私の心配も余所に、勇んで飛び出していくウィング。
危険を顧みないその背中に、センコウも続く。
盾代わりの墓石の向こうで、ボスの攻撃が音を立てた。
地面がビリビリと揺れる。
今は神頼みしかできないけど……
どうか、ふたりが大ケガしませんように。
「“遺失、破壊、枯れた花……不感に満ちた者へ、神の指輪を授ける”――無限の清浄」
隣から、ラーンの詠唱が聞こえた。
彼女が緊張気味に握る杖は、私の身体を暖かな光で包んでいく。
心地良い光。
完治は早くないけど、少しずつ痛みが引いていくのが分かる。
やがて光が切れて、身を起こしてみると、なんと痛みはなかった。
さっきまで、あんなに痛かったのに……
もう死ぬかとすら思ったのに。
回復魔法って凄すぎる。
「こ、これ……すごいね」
「平気ですか?」
「うん。ありがとね、ラーン!」
私は右手でピースした。
すると、ラーンはニコっと笑う。
だけどその後、おもむろにマジメな顔になった。
「この戦闘の勝利は、パトナさんに懸かっています」
「えっ!? い、いきなり……」
「ウィングさんも、センコウさんも、そう思ってるはずですよ」
「うえぇ、ホントに!?」
そのプレッシャー、ちょっと唐突過ぎないかな?
心の準備が……
「ボスはパトナさんの魔法に怯えていました。かなり!」
「う、うん。そーだね」
「あそこまで狼狽える理由はひとつ……もし直撃すればタダでは済まないと、本能的に感じ取っているからでしょう」
「そ、そーだね……」
「なので、頑張って当てましょう! そうすれば勝てます!」
「う、うーん……?」
ラーンの言ってることは単純で、しかも現実的なことだ。
だけど、作戦の要が私だからなぁ。
魔法のコントロール、ぜんっぜんダメだし……
頑張れと言われると、つい項垂れてしまう。
すると、ラーンは向こうの戦闘現場を指差した。
「ふたりの体力も、おそらく長くは持ちません」
「……!」
彼女の言う通り、状況は逼迫していた。
積極的に技を受けるセンコウは、攻撃に転じる余裕がない。
攻撃役のウィングも、なぜだかまた生えてる尻尾に苦戦中。
ボスの戦闘能力と俊敏さに、どうしても手が出せないようだ。
それを見れば、私がやるべきことは分かる。
ふたりに守ってもらいつつ、できるだけボスに近付いて、魔法をブチ当てるってわけだね?
よぉし、よし。
よしっ?
「…………ぐぁっ、頑張る!!」
「その意気ですよ、パトナさん! 私も微力ながら、前線にでて回復を務めさせていただきます!」
「ぐぁんばろうね、ラーン!!」
「はいっ!! やりましょう!!」
無理やりテンションを上げた私たちは、決死の想いで墓石を越えた。
隠れるのをやめて、ボスの顔を仰いだ瞬間――その瞳がこちらを向いていることに気が付く。
怖!!
…………いや、怖がってちゃダメだよね!
ラーンも一緒に出てきたのに、私だけ震えてちゃあね!!
ふと、ボスの視線は私から外された。
あいつは、センコウやウィングにも注意しなければいけないのだ。
なにも私だけが、集中的に狙われるわけじゃない。
けど、でも、警戒されてるのは間違いないだろうなぁ。
魔法を撃とうとしたら、その瞬間に襲われるだろうなぁ。
詠唱しなきゃ撃てないことも、なんとなくバレてそうだし……
そう推測したからこそ、隙だらけの足元から攻めてきたんだろうし。
構えてる手の拘束は、後でもいいって判断だ。
「うおーーっ!」
「わぁーっ!」
私とラーンで、喊声を上げながら突撃していく。
いけるって思ってれば、なんとかなるものだ。
怯む足に逆らって前進するのも、思った以上に簡単だった。
ボスの攻撃は、まだセンコウに飛んでいる。
たまにウィングにも飛ぶけれど、こっちには来ない。
よしっ、この調子で――
「いッ…………!!」
「えっ!?」
その時、ラーンが躓いた。
痛みを訴える声とともに。
さっきゴーストに付けられた傷だ。
治癒しにくいせいで、まだ痛みが残ってたんだ……!
「ラーンっ!!」
獲物の隙を逃すほど、ボスは甘くないらしい。
すかさず攻撃を準備して、間髪入れずに仕掛けてくる。
私は咄嗟にナイフを構えたけれど、明らかに受けきれない威力だ。
「ぐぬぅっ!!」
「セ、センコウ!?」
私たちを庇うために、センコウが代わりに攻撃を受けた。
ボスの目標が変わったことで、彼への攻撃が止んだのだろう。
そのおかげで、ギリギリのタイミングで割り込むことができたらしい。
だけど、どう見ても態勢が悪かった。
今までの受け方は、剣の反りに沿わせて、力を受け流すような形だったのだ。
それが今は、真っ向からぶつかり合っている。
今まで無敵にさえ見えていた剣も、カチカチと悲鳴を上げていた。
「パトナ殿、行くでござるッ!!」
「あっ、で、でも……!?」
「ここは拙者が――むっ、ぐぅッ」
センコウの受けきる力が、ボスの圧倒的な腕力に圧されていく。
このままじゃ、ふたりが危ない!
わ、私がなんとかしなきゃ……!
えーと、えーと、そうだ!
考える前に行動しよう!
「“う、唄え、短き命! 勇気の欠片……”」
狼狽えながら口を開くと、目の前にラーンの腕が差し出される。
彼女は私を遮るように詠唱した。
「“業火に砕ける思い出よ、未知なる名前を心に叫べ”――底歩く御名」
それによって、センコウになんらかの力が宿る。
次の瞬間、彼は再び持ち直したのだ。
持ち直した本人も、驚きの表情を浮かべた。
「ラーン殿!!」
「強化魔法です! センコウさんの腕力を強化しましたので、しばらくは大丈夫です!」
「むっ、心得た……ッ! パトナ殿、早くッ!!」
苦しそうな表情のセンコウに急かされて、私は慌てて頷く。
幸い、まだ詠唱は生きている。
よし、このままもっと近づいて……
「うわっ!?」
足を踏み出した途端、尻尾が降ってくる。
さっきまでウィングを襲っていたやつだ。
こ、これじゃ進めないんだけど……!?
「くそっ……パトナ、そのまま撃て! 俺に向かってだ!」
「ウィング! そ、そんな……」
少し遠く、左からウィングの声がする。
眼を向けると、確かにボスよりも近い位置にいた。
い、いや、だけど……
「前みたいにブッ飛ばしてやっからよ!」
「でも、そこまで真っ直ぐ飛ぶ保証ないよ!?」
「いいから!! 時間ねーだろ!?」
「そうだけど、うぅ……もーっ!」
ああもう、考えてる時間なんてないよね。
詠唱が途切れる前に、尻尾に潰される前に!
やれることやんなきゃ、話にならないぞっ!
また宙に浮いて、空から降り注ぐ尻尾。
そんなのは気にせずに、詠唱を再開する。
「“誓いを守れ!!”――脈打つ情熱ッッ!!」
手のひらに熱が溜まる。
そうして生成された火球は、勢いよく撃ちだされた。
――窮地は世界を遅くする。
この火球が移動する間、私の眼はすべてをゆっくり捉えた。
火球は熱をまき散らして、どんどん進んで行く。
最初の軌道は直線だ。
着弾地点には、確かにウィングがいる。
彼は剣を構えて、魔法を打とうとしていた。
その画策は、次の瞬間――火球によって狂わされる。
「うぅ、なんでっ……!?」
「クソッ!!」
それはいつだって、最初の軌道だけは直線なのだ。
だけど、予想した通り……途中で屈折したのである。
私の意思に逆らうように。
火球は右に逸れる。
次に向かったのは、ボスに近い場所。
だけど、ボスそのものに当たる動きじゃない。
その傍を素通りするだけの、無意味な進行だ。
もちろん、火球が打ち出された瞬間から、臆病なボスは構えていた。
当然、静止して当たってくれるわけもない。
自分の傍を通る脅威に対して、大袈裟な回避を見せる。
その時点で、絶対に当たらないと確信できた。
作戦は失敗だ。
このままじゃ、みんな一緒に……
「――うおおおおぉぉぉぉーーーッ!!」
速度の落ちた空間で、ウィングの声だけが響いた。
彼は剣を振り抜いて、空中へと放り出したのである。
剣先はまっすぐに推進した。
それは火球を追い抜くスピードだった。
けれどふたつは、軌道が交差する地点で、反発するようにぶつかった。
だから、軌道は変化したのだ。
その現象に、ボスは眼を見張る。
見開かれた瞳へと、赤く脈打つ炎が迫っていく。
避ける方法はない。
「当たれーーーッ!!」
私が叫んで、少しして。
……周りの墓石をすべて吹き飛ばすみたいな、凄まじい轟音が起きた。
そこから先は、なにも見えなくなった。
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