#9 プリティグッド
解散を免れた私たちは、また試験ダンジョンへ来た。
逆光の森は大きく口を広げ、侵入者を威嚇するようにざわめく。
そんな緊張感の前で、きちんと話し合いの時間を設ける。
「よし、まずはポジションの確認からしよう!」
「おう! 全員、並べーっ!」
ウィングが号令をかけると、ラーンとセンコウが動く。
それにならって、私も隊列へと入っていく。
すると、あっという間にキレイな編成が完成した。
前衛、ウィングとセンコウ。
後衛、私とラーン。
もし縦に並ぶときは、ウィング、センコウ、私、ラーンの順になる。
「俺が前にでて、魔物の注目を集めるんだったな!」
「拙者は魔物の殲滅を優先するでござる。もちろん、指示は聞かんでござるが」
前衛の役割は、後衛を守りながら戦うことにある。
攻守でいえば、攻めのほうを担当しているのだ。
「ふたりが前に出て戦ってるのを、私たちは後ろから援護するよ!」
「ケガをしても、すぐに私が回復します。安心してくださいね」
後衛はもちろん、前衛を援護する役割だ。
前に出て戦うふたりを、精一杯サポートするぞ!
てなわけで、ポジションの確認は終わり!
「それじゃ、みんなの目標! ウィングから!」
「よっしゃ! 俺は調子に乗らねぇぜ!」
みんなの目標。
自分の気をつけることを、みんなの前で声に出して確認するのだ。
こうすることで、上手くいく可能性が上がる……と、いいな。
「次、センコウ!」
「……パーティから無言で離脱しない、でござる」
「そうそう、教えた通りに言えたね! えらい!」
「それは侮辱でござるか?」
「絶対しない!」
センコウはまだ、パーティの輪に入りたがらない。
でも、一応は合わせてくれてる気がする。
今はそれでいい……いつか絶対、このパーティのこと好きになってもらうからね。
「じゃ、私ね。魔法のコントロールを安定させますっ」
「あんま期待してねーけどな!」
「なんてこと言うのさ、ウィング!」
ウィングってば、私を甘く見てもらっちゃ困るよ。
言ったからには、もう絶対に外さないんだ。
絶対だ、絶対の絶対。
自信がなくなるくらい、自信マンマンだよ。
「それでは、私の番ですね。えーと……私は皆さんに遠慮し過ぎないよう、できるだけ積極的に発言しますっ」
「うん! 頼りにしてるね、ラーン!」
「は、はい……!」
このパーティの柱は、実はラーンだと思う。
だからラーンは、自分をリーダーだと思ってるくらいで丁度いい。
変なプレッシャーを掛けちゃうだけだから、そんなこと言わないけど……
私としては、本当に期待してるのだ。
よし、これで目標も確認できた。
あとは……
「そんじゃ、そろそろダンジョンに行くか!」
「あっ、ウィング。ちょっと待って」
「あん?」
私は隣にいるラーンの肩を掴んで、ひとつ提案する。
「円陣、組もうよ!」
「は?」
「これからパーティで頑張っていくなら、一致団結しなきゃ!」
ウィングはちょっと呆れたけど、すぐに笑ってくれる。
「しょうがねーなぁ!」と言いつつ、ノリノリで肩を組んでくれた。
「拙者はご免被る」
やっぱり問題はセンコウ。
よーし、また説得して――
「センコウさん。ちょっと照れますけど、楽しいですよ」
私がなにか言う前に、ラーンが彼へ笑いかける。
ちょっと意表を突かれたらしいセンコウは、腕組みしながら言葉を返した。
「……ラーン殿も、嫌なものは断るでござる」
「いいえ、イヤじゃないです。むしろ嬉しいです」
「なぬ?」
「こうしていると、やっと仲間になれた気がして……ね、センコウさんもやってみませんか?」
控えめなラーンの笑顔に、さすがのセンコウも動揺したらしい。
彼は腕組みを解くと、ラーンの肩を借りる。
「――ふん。今回だけでござるよ」
「ふふ、ありがとうございます」
……ラーンってば、凄すぎるよ。
私にはできない説得だなぁ。
彼女の手腕に関心していたら、ウィングがいきなり叫んだ。
「お前ら、気合い入れていくぞォーーーっ!! おおぉーーーーっ!!!」
「え!? い、いきなり叫ばれても――」
「うるせぇパトナ!! センコウ、ラーン!! 声出せ!!」
「は、はい……! 頑張りましょお、おーっ」
「おぬしら、揃える気はござらんのか?」
な、なんだかなぁ。
でも、これでいいような気もする。
そっちのほうが……サンロードらしいっていうか、ね。
とりあえず、パーティの名前だけ変えたいけど。
✡✡✡
レベル2のダンジョン、“神秘なる逆光”。
緑豊かな場所で、土とか風とか、せせらぎとか……気持ちいい。
ダンジョンってことを忘れてしまいそうだ。
前にも来たから、ちょっと慣れちゃったけどね。
今回は相談した通り、センコウも歩調を合わせてくれる。
これなら魔物が現れても、落ち着いて対処できそうだ。
なんて考えてたら、木々の隙間からフォレストラビット。
今回は……なんと四匹!
「おっ、魔物だな! 俺が全部たおーす!」
「貴様の出番はないでござる」
「は!?」
張り切るウィングを押しのけて、センコウは剣を抜いた。
と、思ったら、すぐに剣をしまう。
なにをやってるのかと、私が首を傾げたとき――フォレストラビットたちが息絶えた。
「……!? な、なに!?」
「これは抜刀術。侍の技の極意は、ひとえに抜刀にござる」
センコウは顔色ひとつ変えずに、納めた剣から手を放した。
バットー術……聞いたことないけど、恐ろしい技なのは分かる。
四匹のフォレストラビットを、あんな静かに、一瞬で倒すなんて……!
「お、おい! 俺の魔物が……!」
担当する獲物がいなくなって、必死に抗議するウィング。
すると、センコウは静かに道の先を指差した。
見ると、そこには……また別の魔物が。
毒々しい胴体の模様をくねらせる、蛇の姿をしている。
魔物を確認すると、ラーンが注意を呼び掛ける。
「みなさん、気をつけてください! あの魔物はポイズンスネークといって、毒を持っています!」
けれど、ウィングは言うことを聞かなかった。
彼は獲物を見つけると、大喜びで飛び出して行く。
「あっ、ウィングさん!?」
「あいつは俺のだぁーっ!!」
ウィングってば、さっき調子に乗らないって言ったばっかでしょ!
隊列は乱しちゃいけないのに!
「たわけが」
「あっ、ちょっと、センコウまで!」
飛び出したウィングを追って、センコウまで隊列を崩す。
私は止めようとして、それを追いかけた。
あーもー、これじゃさっきの目標が意味ないじゃん!
ウィングはセンコウに追い抜かれる。
ポイズンスネークの胴体は、センコウの剣が斬った。
すると、スネークの身体から紫の血が飛び散って――彼に返り血を浴びせる。
「お、おい……!? なにしてんだ、センコウ!!」
「む……」
毒を持った生物の返り血だ。
放っておいたら、どうなるか分かったものじゃない。
ラーンは一早く、彼のところへ駆け付ける。
「大丈夫です。私が解毒します」
「ラーン殿?」
「“遺失、破壊、枯れた花。不感に満ちた者へ、神の指輪を授ける”――無限の清浄」
彼女が魔法を詠唱すると、紫の返り血は光に包まれて、すべて消え去った。
センコウは珍しく、眼を丸くした。
「これは……」
「無限の清浄は、傷や身体の異常を回復することができます。放っておくと危険ですから、かけさせてもらいました」
「……なぜ? 拙者を助ける理由など……」
「へ? り、理由って……センコウさんは私たちの大事な……仲間、ですから」
「仲間…………」
なんだか、センコウのことはラーンに任せたほうが良い気がする。
それより私は、ウィングを叱らないと!
不満そうに剣をブラつかせる彼は、私を見ても口を尖らせる。
目標のこととか、完全に忘れてる顔だ。
「こらーっ、ウィング! パーティのこと忘れちゃダメでしょ!」
「俺の魔物……センコウのやつ、一体も残さねーんだ」
「だからって目標を忘れないの! ほら、もっかい確認しよ!」
ウィングは小さな声で、「調子に乗らない……」と暗唱する。
そして、不服そうな表情のまま、使えなかった剣をしまった。
「次の魔物は俺が倒す……絶対、俺が倒す……」
「う、うん! 大丈夫だって、ウィングにも出番あるから」
「おう……当たり前だぜ」
わあ、すっごい落ち込んでる……
これはアレかな?
センコウに協力してもらわなきゃダメかも。
――そんなわけで、ラーンと話してたセンコウに相談をもちかけた。
事情を理解すると、彼は眉を顰める。
「知らんでござる」
「そこをなんとか!」
「拙者より先に斬ればよかろう。なぜ獲物を残す必要が……」
「このままじゃウィングが拗ねて、『解散しねぇ?』とか言い出すから!」
「ふん、それならそれで――」
意固地なセンコウは、まったく協力してくれない。
困っていると、ラーンが遠慮がちに微笑んだ。
「あの、センコウさん。余裕があれば、ウィングさんに譲ってあげられませんか?」
「……なぜ、わざわざそんなことを……」
「そ、その……ちゃんとした理由は、特にないんですけど……」
「ならば拙者は、自分のやり方を貫くまで」
あっ、惜しい。
理由さえ言えれば、ラーンなら説得できそうなのに!
あともう少し、押しが強ければ……!
もどかしくなった私は、ラーンに耳打ちしてみた。
「めいっぱい大きな声で話してみて、ラーン」
「大きな声、ですか?」
「うん。遠慮が吹き飛ぶよ!」
よし、これでどうかな。
ラーンは俯いて、ちょっと勇気を準備する。
その後で、大きく口を開いた。
「センコウさん!」
「!?」
「ウィングさんは私たちの仲間です! ちょっとだけで良いので、優しくしてあげてほしいんです!」
「……やはり、仲間でござるか」
彼女の言葉を聞いて、今度はセンコウが考え込む。
チラッとウィングを見た彼は、少しだけ呆れた顔をしつつも、小さく頷いた。
✡✡✡
不機嫌なウィングを先頭にして、またダンジョンを歩く。
木々の隙間を穏やかに流れる、キラキラした川辺にさしかかった。
すると、そこにカニの魔物が現れた。
「ラーン、魔物だよ! あれはなに!?」
「ホワイトシザーズです! 両手のハサミから爆発する泡を出すので、気をつけてください!」
敵を発見してすぐ、前衛のふたりは臨戦態勢に。
私とラーンも構える……けど、個人的に気になるのは、戦闘の結果じゃない。
「俺が倒す! センコウ、手ェ出すなよっ!」
「…………ふん」
ウィングとセンコウの仲に、亀裂が入りませんように。
パーティ解散はもうコリゴリだよ……?
ふたりは同時に飛び掛かって、ホワイトシザーズを狙う。
相手がハサミを構えると、センコウはそれを一瞬にして斬り落とした。
攻撃手段を失って、為す術のない魔物。
その隙に、ウィングが剣を突き出す。
「ウィングさん! ホワイトシザーズの弱点は、お腹の柔らかい部分です!」
「なに!? 情報サンキュー、ラーン!!」
アドバイス通り、彼は魔物を蹴り飛ばした。
すると、今まで隠れていた、殻に覆われていない部分が出現。
あらかじめ構えられていた突きで、急所は見事に貫かれる。
かくして、ホワイトシザーズは消滅した。
紛れもなく、ウィングによって倒されたのだ。
「よっしゃーっ! 俺が倒したぁぁーーっ!」
「……たわけ」
「お? なんだ、センコウ? 俺の強さに嫉妬してんな、へへん!」
ああ良かった、完全にウィングの機嫌が直った。
これで解散の危機は去ったね――
「パトナさん、上です!!」
「へ?」
突然、ラーンが叫ぶ。
慌てて空を仰ぐと、一匹の白鳥がこちらを見ていた。
いや……見ているんじゃなくて、攻撃を構えているようだ。
長いクチバシから、なにかエネルギーのようなものを放出しようとしている。
「ラーン、あれって……」
「イビルスワン――チャージは長いですが、一撃必殺のビームを放ってきます! 魔法で撃ち落としてください!」
「ら、ラジャーっ!!」
いきなり私の出番じゃん!!
ヤバいよ、今回は絶対に当てなきゃ……!
「“唄えーっ、短き命ィ! 勇気の欠片、誓いを守れぇ!!”――脈打つ情熱ッ!!」
私の手から放出された火球は、天高く舞い上がっていく!
そして、イビルスワンまで辿り着く……寸前で、ウィングに向かって落ちていくではないか!
「ぎゃーっ、ごめんウィング!! 避けてーっ!!」
「へへ、やっぱりなっ! こうなると思ったぜ!」
慌てる私に構わず、なんとウィングは魔法を待ち構える。
そして、着弾するタイミングに合わせて――構えていた剣を振ったのだ。
その結果、魔法はまたも進路を変えて、再びイビルスワンのほうへ戻っていったのである!
火球はそのクチバシの中へと潜り込み、チャージされていたエネルギーと衝突して、ド派手に爆散した。
「え……? え?」
なにが起こったのやら、私には分からない。
でも、瞬きしつつウィングのほうを見ると、彼はサムズアップを示した。
「お前はノーコンだからな!」
「……!!」
助かったのを喜んでいいんだか、ノーコンなのを悲しんでいいんだか。
なんだかよく分からないけど、すごく安心したのだけは確かだ。
ウィング、本当にありがとう。
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