予想外の怒り。
「一度、状況を整理しないと、一気に色んなことが起こり過ぎね」
馬車でエイデスの話を聞いたウェルミィは、微かに頭痛を覚えていた。
「誘拐犯が、血統固有魔術を使ってるのに、朱の瞳まで持ってるの?」
ヘーゼルに聞く限り〝土〟の氏族の〝影渡り〟の魔術、〝水〟の氏族の〝変貌〟の魔術を使用している。
その上、〝精霊の愛し子〟の血族に発現する朱の瞳まで。
「犯人は何者なのかしら」
「その話を聞くのは、これからだな。かつてのエサノヴァの件も踏まえて【黒晶石】の牢屋に入れるように伝えてある」
エサノヴァの件、というのは、かつてオルミラージュ侯爵家で行われた【王太子妃付き侍女選抜試験】の際に起こったこと。
ヘーゼルが盗難の疑いをかけられ、その黒幕であったローレラルと共犯のエサノヴァを捕らえたけれど、エサノヴァには逃げられたのだ。
「【黒晶石】と【魔力封じの首輪】でどうにかなるのね?」
「【黒晶石】は瘴気すら取り込んで逃さない、【聖白金】と対になる魔性の鉱物だ。魔力を放出するだけ取り込まれる。脱獄の例はまだない」
「……ズミアーノって、それ身につけてるのに何で魔術使えてるのかしら」
「詳しい理屈は省くが、分霊した魂を腕輪に込めているからだな。普通の人間が単にアレを嵌めた場合、魔術は使えなくなる。……大丈夫か?」
エイデスに気遣われて、ウェルミィは自分から話を少し逸らしてしまったと気づいた。
「ごめんなさい、大丈夫よ」
多分疲れているせいで、集中力が切れているのだ。
ウェルミィは軽く目頭を揉んでから、話を戻した。
「とりあえず犯人は逃げられない、として。ヘーゼルが古代魔導文字を読めることを知っていた理由も、気になるわよね」
ヘーゼルの話を聞く限り、どうやら分かっていて拐っているし、ルトリアノの亡霊のことまで知っている。
さらに、ウェルミィ達よりグリンデル伯爵家やペソティカ男爵家に通じる血統に詳しい様子も伺えた。
「ヘーゼルの一族も『宿命』の一族で……犯人は血統固有魔術を使ったし、〝精霊の愛し子〟の血族でもあるし、幽霊まで出てきて……挙句に【賢者の石】……」
また『宿命』と伝説の魔導具と魂の話のオンパレードである。
ウェルミィ自身どころか、ヘーゼル達も自分たちが古代魔導文字を読めることを知ったのは、ついこの間のことなのに。
どこから犯人に情報が漏れたのかも、ルトリアノの亡霊が出てきた理由も、〝精霊の愛し子〟の話にどんな繋がりがあるのかも、その確信部分が『謎』のままである。
「【精神操作の魔薬】の件もあるし……」
「それに関しては、先に拡散していたのが帝国内部で、こちらで広がったのはズミアーノが作り出したものだ。元々は〝闇〟の氏族である『サバト』が原型を作った魔薬でもあり、どこかに残っていておかしくはない」
「ああ、犯人の出自が帝国なんじゃないか、って話だったわね」
「本人の弁によれば、リロウドではないらしい。そして向こうの朱の瞳の一族が関わっていた件については、一つ思い出したことがある」
「何?」
「ヒルデントライ・ラングレー公爵夫人から贈られた宝玉を、【八大婚姻祝儀祭】の前に調査した件を覚えているか?」
「ええ。危ないものかもしれないからって話だったわよね」
「その時に帝国で調査を行った者が、『〝希望の朱魔珠〟を発掘したのは朱の瞳の持ち主が稀に生まれる一族だった』と話していた」
ーーーあれを?
『ウェルミィ・リロウド』が『向こう』に帰還した時に失われてしまったけれど、そんなところで繋がりがあったのだろうか。
「……詳しく探ろうにも、もう10年以上も前の話よね……」
「帝国宰相のウェグムンド侯爵ならば、採掘者の一族の情報をきちんと押さえているだろう。書簡を出せば何らかの事情が分かるかもしれん。以前にこちらの使者が知れたことなら、秘匿するほどの情報ではないだろう」
エイデスは淡々と話し、それからヘーゼルに目を向けた。
「完全な【賢者の石】が存在し、それを探す為に犯人が彼女を拐ったのなら、〝希望の朱魔珠〟の採掘もそれに関わることだった可能性が高い」
「そうなの?」
「お前と知り合うよりもさらに前に、『あの宝玉が【賢者の石】なのではないか』と、一時期魔導学会では騒がれていた。最終的に否定されたが」
そして、とエイデスが指を立てる。
「犯人の口にした『ヘーゼルとミザリが『宿命』の一族である』という情報を真とした場合……古代魔導文字を読める理由と、その際に亡霊が出現する理由に説明がつく仮説が一つ、立てられるな」
「どんな?」
「あいつは古代文献の解読が得意で、妻のウーリィと共に、我が父アルガの遺した魂を縛る契約魔術の発展応用を研究していた」
「聞いたことがあるわね」
「あのままであれば、三人目……正確には私やマレフィデントよりも先に、魔導卿と呼ばれる名誉を得てもおかしくなかった程、その才覚がずば抜けていたのだ」
ウェルミィは、トントン、と指先で頬を叩く。
十二氏族について真っ先に思いつくのは、血統固有魔術を有する一族の話である。
その代表が大公国四公の血統であり、リロウドの〝解呪〟でもあり……特殊な例だけれど、テレサロが使う〝魅了の聖術〟やオレイアの使う〝魅惑の魔術〟も、ある種血統固有魔術と言えるものだ。
けれど、〝氷〟のオルミラージュや〝聖〟のアバッカムに血統特有の何かがある、という話は聞いたことがなかった。
「古代魔導文字を読み解く力……が、グリンデル伯爵家の血統固有魔術に当たるものだと、エイデスは考えているのね?」
「そうだ。力に大小はあれど、『宿命』の魂がそれを最も上手く扱う、というのが、血統固有魔術の特徴でもある」
ーーーだから、なのね。
ウェルミィは、エイデスが何を言いたいかを悟った。
自力でそういう部分にたどり着けないけれど、彼の話し方から結論を察することが出来る程度には、長く一緒にいるのだ。
ーーーどれだけあり得ないことでも、それしか考えられなければ真実……。
真理の探究者であるオルミラージュの血統に備わる力は、その異次元の洞察力なのかもしれなかった。
ウェルミィは一呼吸おいて、先に結論を口にする。
「ーーー彼がグリンデル伯爵家の『宿命』の持ち主で、ヘーゼル達に『読む力』を与えていたのね?」
だから、古代魔導文字を読むタイミングで姿を見せる。
ヘーゼルが拐われた先でも、犯人がそれを読むように要求したから。
「力を与える、なんてことが、可能なの?」
「魂の領域の話は、まだ解明されていないことが多い。が、この件については実例があるだろう? 『ウェルミィ・リロウド』は誰の手を借りて、〝変貌〟の魔術を行使していたのか、だ」
「私は〝水〟の血族じゃないけど」
「バルザム帝室の力の研究や、治療の為の魔力譲渡に関する研究によれば、血が近いほど受け渡しはしやすいと言われているな。そしてウェルミィと私は、契約魔術によって魂が繋がっている。血よりもある種近しい関係だ」
ウェルミィは、それらの実例を聞いて、何度か頷いた。
「納得したわ。でも、あの人が現れた根本的な理由ではないわよね」
「そこまではまだ分からんな。本人に聞く前にこの誘拐事件が起こったからな」
エイデスの仮説が正しいとするのなら、残る謎はルトリアノが姿を見せた動機と、犯人の出自、その情報を知った理由だけである。
犯人の目的は【賢者の石】で、その為に誘拐事件を起こしたことも理解出来た。
するとそこで、ウェルミィが口を開く前に、ヘーゼルが真剣な目を向けてきた。
怒気を含んだその眼差しに、ちょっと面食らう。
ーーー怒ってる?
「どうしたの? ヘーゼル」
今の会話の中で何か、気に障る発言があったのだろうか。
そう思っての問いかけだったけれど……ヘーゼルが口にしたのは、ウェルミィにとって予想外の発言だった。
「ミィ。あんた、何であの男があたしの本当の父親だって黙ってたの?」




