オルミラージュの脅威。
ーーー少し時間は遡り、ヘーゼルが逃げた後の集合住宅前。
「アダムス卿、状況は?」
「多分、上々ってところじゃないですかね」
馬車を降りたエイデスは、アダムスと会話しつつ、ヘーゼル達の痕跡とは違う奇妙な痕跡を知覚していた。
魔人の知覚がなければ気づけなかったかもしれない、そのくらいに薄れ始めた、微かな気配である。
王城では露骨に残していたその痕跡を、今回は巧妙に隠しているようだった。
ーーー血統固有魔術……。
おそらくは犯人が、王城での誘拐同様に〝影渡り〟を使ったのだろう。
ーーー現状、私以外には追えんな。
多分、ヘーゼルは逃げる為の囮でもあったのだろう。
既に、『足』で追うには距離が離れ過ぎている。
エイデスは、アダムスから話を聞き終えて、一つ頷いた。
そして、ウェルミィに話しかける。
「少し離れる。おそらくもうすぐ、シドゥとヌーアがヘーゼルに追いつく頃合いだろう」
「どこで?」
馬車に乗ったままのウェルミィが無駄なことを言わずに聞き返してくるのに、エイデスは王城とは逆の方向を指差した。
「向こうだ。少し先で、ここと同じように馬車が路地を塞いでいるらしい。そちらに向かい、ヘーゼル達を保護しろ。……アダムス卿、もうしばらくこの場をお願いしめも?」
「何かあるんですか?」
「ええ。ですが、可能な限り早く戻ります。シドゥの処分に関しては明日、弟君のデルトラーテ侯爵やレオと共に話を」
「伝えておきますよ」
軽く手を上げて応じる彼に頷いてから、ウェルミィに再度声を掛ける。
「騎士団の者らを数人連れていけ。あの二人がいればそれで足りるだろう」
「分かったわ。すぐに戻るのよね?」
「ああ。用があったら呼べ」
そのまま、エイデスは〝風渡り〟の魔術を使用した。
これは血統固有魔術ではなく、使うのが難しい類いの魔術ではあるものの、熟練の魔術士であれば使用出来る類いの魔術である。
〝風〟の侯爵と幾度か顔を合わせた時に、コツを習って会得したものだ。
移動時間で言えば転移魔術には劣るが、制限がなく、走るより遥かに早く動ける。
〝影渡り〟の痕跡が向かった先は、地図上では王都の港がある方角。
ヘーゼルを拐った犯人は、おそらく国外に脱出するつもりなのだろう。
手際の良さから、予め船のチケットなどを予約していてもおかしくない。
ーーー逃さん。
王家に仕える高位貴族としても、オルミラージュ侯爵家の侍女を拐ったという事実からしても、犯人の逃亡を看過する理由がなかった。
ウェルミィに、さらに余計な心労を与えた相手でもある。
そして何より。
ーーー友人から託されたヘーゼルに手を出した、その報いは受けて貰おう。
※※※
「マジかよ……」
男は、迫ってくる気配に唖然とした。
怒りの気配を含んだ、【魔王】の瘴気。
それが全くブレることなく一直線に、こちらに迫ってくる。
「依頼主よりヤベェじゃねーか……!」
〝影渡り〟の速度でも追いつかれるなど、相手が同じ魔術を使えるズミアーノ・オルブランか、〝土〟の氏族でもない限りあり得ない、と思っていたのだが。
ーーーやっぱ、避けたほうが良かったか……。
やめておくにしても、ヘーゼルかミザリ以外に目ぼしい相手は見当たらなかったので仕方がない話だったが、状況は非常にまずい。
オルミラージュは十二氏族の中でも、この地に至るまで〝精霊の愛し子〟に従った、特に血の濃い一族直系。
さらに、真理の探究という面において、とてつもない偉業を積み重ね続けた血族だ。
警戒すべきは、ヌーアや元・家令のカガーリンみたいな傑物だけではない。
その意味を、男は今身をもって痛感していた。
あんな化け物どもが従っている相手こそ、最大級の警戒対象だったのだ。
気配からしても、追ってきているのは十中八九、オルミラージュ侯爵本人である。
ーーーもしかして、知らんうちに魔獣の尾を踏んだか……?
まさか侍女一人に対して、当主本人が出張る程の事態になるとは思わなかったのだ。
「こうなったら、化けるか……」
そこら辺の人間に〝変貌〟すれば、と思い、男は港の近くにある倉庫の隙間で影から出ると、すぐ近くに見えた男の姿に化けようとして。
「お前か」
その低い声に、背筋が怖気だった。
間近に迫っていた気配を感じ取っていた筈が、姿を見せた直後、真後ろに気配が移動したのである。
ーーー泳がされてたか……!?
再び影に沈み込もうとするが、首を後ろからデカい手で握られ。
グローブの感触を感じた途端、動けなくなった。
「死にたくなければ、動くな。流石に影に逃げ込まれたら、手間が掛かる」
「……言われなくても、動けねーよ」
声は出せるが、多分〝金縛り〟の魔術を掛けられた。
発動から拘束までの速度が常軌を逸している。
魔術の練度の、桁が違った。
〝解呪〟なら解けるだろうが、精霊に食わせる魔力を放出した瞬間に縊り殺されるだろう。
それ程に冷たい殺気を、背後からひしひしと感じていた。
「何が狙いだ?」
「ちょっと話を聞きたかっただけだよ……だから怪我もさせてないし、何なら運んだだけで他には手出しもしてねーよ」
男は、一旦諦める。
即座に殺さなかったということは、少なくともまだ生きている時間はあるだろう、と思ったのだ。
「抵抗はするな」
「だから、したくても出来ねーだろ」
両手を上げて降参の姿勢を見せることすら不可能である。
周りには人がいるが、大声を上げたところで無駄だろうし、その前に殺されたら元も子もない。
首にスッと何かが巻かれて、金縛りが解けた代わりに体が重くなった。
【魔力封じの首輪】だ。
「用意周到なことで」
「城を出る時に用意させた。〝影渡り〟が使えることを見せたのは、悪手だったな」
そのまま顔を覗き込まれて、オルミラージュ侯爵と目が合う。
恐ろしいくらいの美形で、左右の目の色が違った。
その両目が、軽く見開かれる。
「朱の瞳……?」
「先に言っとくが、俺はリロウドじゃねーよ。〝精霊の愛し子〟の血族ではあるがな」
「……その話も、後ほど詳しく聞こう」
男は事務所として借りていた集合住宅の前まで連行され、アダムスというらしい男に引き渡され……数時間後には、王城の牢屋に収監されてしまった。
ーーーあー、船のチケット代が無駄になったな。もったいねぇ……!




