侯爵夫妻の有能。
ヘーゼルは、とりあえず馬車の中で待つようにミィに言われ、『勝手に単独行動したシドゥ』と共に押し込まれた。
御当主様の要請で王城から派兵された中にいた治癒術士が来て、肩の擦り傷だけ治療してもらい、布が破れかけているので肩掛けを与えられた後。
やることもないので、ヘーゼルはシドゥに問いかける。
「シドゥに、何か罰とかあるの……?」
「御当主様から、というよりは、王城内を勝手に動き回ったことに対して何かあるだろ。それは仕方ないな」
「……」
「流石に処刑まではないだろうから、気にすんな。謹慎か、最悪でも牢屋くらいだろ」
「気にするわよ!! 牢屋に入れられるのも十分大ごとなのよ!!」
「罰を受けるだけなら、面倒な手続きするより楽だしな。そもそも、命さえありゃ何でもいいよ」
こういうところだけは、シドゥの良いところでもあり、合わないところでもある。
周りの目なんか気にしない、と強がり込みで思っているヘーゼルと違って、彼は本気で『とりあえず命さえあれば問題ない』と思っているのだ。
「そういう意味だと、途中でアダムスに会えて一緒に行動したのが幸運だったな。オルミラージュ侯爵家に紹介された時もそうだが、いつも気にかけてくれるんだよな」
「会えてたらどうなの?」
「『王家の人間が注意して、その後一緒に行動した』なら、重い罰を与えにくいだろ。軽く済むと思ってる理由もそれだな」
「ちゃっかりしてるわね」
「持つべきものは権力のある友人だ。奥方様とヘーゼルみたいなもんだ」
半眼で睨むと、シドゥはニヤッと笑って言い返してきた。
そう言われると、ヘーゼルもだいぶ恩恵に与ってはいる、が。
「あたしはミィを利用したりしてないわよ!」
「俺も別に、アダムスを利用してるわけじゃない。心配して追いかけてきてくれたのが幸運だ、って話だろ? 奥方様がヘーゼルの心配をして追っかけてきたのも、同じようなもんだ」
「〜〜〜〜っ!」
いちいち尤もなので、ヘーゼルはそれ以上何も言い返せることが思いつかず、話題を変えた。
「そういえば、もう一個気になってるんだけど、どうやってこの場所が分かったの?」
出た先の大通りは、誘拐された先の集合住宅と同じ道ではあるけれど、距離はそれなりに離れていたのだ。
なのに、何でシドゥやミィが近くに来れたのか、それが不思議だったのである。
「最初は、魔力の痕跡を辿って動いたから、誘拐された先の集合住宅に着いた。そこで不自然に止まってた馬車の御者が、連れと『この先の大通りに入る道は塞ぎに行かせてる』と話していたんだ」
そいつらに問いかけると、馬車を捨てて逃げようとしたので叩き伏せ、待ち伏せ先を吐かせてアダムス様に預けたらしい。
「ヘーゼルもあいつらも、身体強化魔術を使っただろう? 一個が見覚えのある痕跡だったから、上からそれも追いながら走った」
「なら、使って正解だったのね」
「結果的にはな。が、追ってきた連中も同じ手でヘーゼルの行き先を辿ってたんだろうし、良し悪しだな」
「え、そうなの? シドゥみたいに魔力の痕跡が辿れる人って、少ないんでしょ?」
当然、ヘーゼルにも見えない。
なので首を傾げていると、シドゥは頭を小さく横に振る。
「兵士や騎士には少ない、というだけだな。ヘーゼルを追いかけてたのは多分、何らかの訓練を受けた連中だが、中に魔術士も混じっていたんだろう。魔術士なら、ある程度は出来ることらしいしな。上手い下手があるから、御当主様やオルブラン侯爵閣下程ではないだろうが」
より熟達すると、魔力を使ってもなるべく『場』を乱さずに痕跡を隠す、ということも、魔術士には出来るらしい。
「……つまり、あたしやあいつらの魔術が下手くそだったから追えた、ってこと?」
「綺麗に魔術を使う、なんてのは、訓練した貴族出身の魔術士でもそうそう出来ないことだよ。御当主様がたの周りにいる人達が凄すぎて麻痺してるだけで、奥方様でも、日常魔術を使えば俺の目には痕跡が見える程度には、見えるのが普通だ」
「あ、そうなんだ」
そうしてシドゥは建物同士を飛び移り、近道しながら追いついて、あの状況だったらしい。
途中でヌーア侍女長も合流し、今だと。
「俺からも質問したいんだが」
「何?」
「なんで、人のいない方向に逃げたんだ?」
そう問われて、ヘーゼルはきょとんとした。
「え、何でって……」
「ヘーゼルは別に、悪いことをして逃げてたわけじゃないだろ。大通りで『助けて!』って大声を出して保護を求めても良かった。なのにわざわざ裏路地に逃げたのが気になったんだが」
ーーー言われてみれば、その通りね……?
あの時は、『裏路地に逃げなきゃ』って何故か思い込んでいて。
『すぐに逃げた方がいい。それも、なるべく人目につかないように。本当に攫われたくなければな』
多分、ああ言われて、トールダムを追うように付け加えられて。
でも、言うことを聞くなんてまっぴらで、逆らうように動いて。
なのに、逃げる方法については疑問に思うこともなく、言うことを聞いてしまったのだ。
……と、そこまで考えたところで、また馬車の外からコンコン、とノックの音が聞こえ、ドアが開くと、ミィがするりと乗り込んでくる。
「とりあえず、全員拘束出来たみたい。ヘーゼルが攫われたっていう集合住宅の部屋も騎士団が押さえるらしいわ。もう時間も時間だし、一度本邸に帰りましょう。事件の色んな手続きについては、また明日ね。事情聴取が長くなるわよ」
「俺はどうしたら?」
「貴方のことについては、エイデスと、レオかツルギス様が話すわよ。まぁ訓告か反省文か罰金か、そのくらいじゃない? 外から侵入したわけでもないし、身元もはっきりしてるし、事情が事情だし、アダムス様も一緒だったし」
シドゥが言った理由を含むミィの言葉に、ヘーゼルはホッとした。
けど、彼はちょっと嫌な顔をする。
「……反省文と罰金は嫌ですね……百叩きとかにまかりませんか?」
「そっちを得だと思う人の方が少ないわよ。心配しなくても、罰金ならうちで出すし。『私にとっては』ゲオランダ副長の行動はお手柄だもの」
ふふ、とミィが笑い、馬車を走らせるようにベルで合図を出してから、片目を閉じる。
「反省文だったら、諦めなさいな」
「……はい。それと、今ヘーゼルが気になることを言っていたのですが」
「何?」
シドゥがさっきの疑問を口にすると、ミィの表情が変わった。
「ヘーゼル。どこかで、嗅いだことのない花のような香りを感じなかった?」
「花の香り……? ああ、集合住宅の部屋でそんな匂いがしたけど……」
すると、ミィは少し真剣に何かを考えた後に、虚空に目を向けてポツリと口にする。
「……エイデス。来れそう?」
すると少しして、御当主様がミィの横に腰掛けるような姿勢で、ゆらっと現れた。
「!?」
「転移魔術よ。エイデスは私が名前を呼べば、いつでも私のところには来れるの」
「どうした?」
ミィの簡単な説明が終わるのを待って、御当主様が問いかける。
「ヘーゼルが、【精神操作の魔薬】を使われたかもしれないわ。あれの香りを集合住宅の部屋で感じたみたい」
「確定か?」
「行動が不自然なのと考え合わせて、可能性は高いわ」
「その点について報告するように捜査する者たちに申し伝えよう。ついでに本人にも話を聞く」
ヘーゼルは普通に聞き流したけれど、ミィが訝しげな顔で御当主様を見た。
「本人? どういうこと?」
「途中で妙な気配を感じて、二手に別れただろう」
「ええ」
そこで、御当主様が口にした言葉に、ヘーゼルはポカンとした。
「追った先で朱色の瞳の男を捕らえた。【魔力封じの首輪】を嵌めて、アダムスに引き渡してある」




