恋人からの贈り物【前編】
「【賢者の石】……って……?」
いきなり出てきたその名前に、ウェルミィは面食らった。
彼の手の中にあるのは、赤い石の一欠片のようなもの。
「え、伝説上のものよね?」
「そうね。けれど、それは【生命の雫】や【復活の雫】と同様に『ある』と言われていたわ」
ウェルミィが首を傾げると、お義姉様が頷いた。
いきなりそんなものが出てくる理由がウェルミィには分からなかったけれど、どうやらお義姉様とウーヲンは分かっているらしい。
ウーヲンは、ミザリの恋人である。
元々孤児であり、ガワメイダ伯爵家の庭師としてオルミラージュ侯爵家を訪れた人物だ。
そこでイングレイお義父様と仲良くなり、色々あった後に、お義姉様の私宮の庭師として雇われることになった。
彼の腕には、魔術の使用を阻害する腕輪が嵌まっており、生涯外すことを禁じられている。
ウーヲン自身は優秀な庭師で、薬草を含む植物を育てるのに精通した人物ではあるけれど、魔術に詳しいと聞いたことはなかった。
「……まだ、全然熟してない実です。ですが、イングレイ爺さんは『それでも大丈夫』と言ってました。不老不死を求めるのでなく、傷が癒える効能が現れるだけでいいなら、おそらく成功だと」
「害はなさそうなのね?」
「多分。ここ一ヶ月俺が持ってましたが、体の調子はいいです」
すると、お義姉様がそんなウーヲンに対して眉根を寄せる。
「……自分の体で試したの? 一ヶ月も?」
「一番確実なので。薬草関係ではよくやることですし、ミザリに使おうと思ったものですから、自分で使えないものを渡すわけには」
ウーヲンは、あまり人の目を見ずに俯きがちに話す人だけれど、今はお義姉様にしっかり目を向けていた。
「もう……でも、すぐに報告しないのは褒められたことではないわ。もし貴方に何かあったら、ミザリも悲しむでしょう?」
「今後気をつけます」
「そうしてちょうだい。今まで隠していた理由は?」
「逆です。……ミザリが倒れたから、出したんです」
「もっと長く試すつもりだったの? 人の体で試す前に、安全性を確かめる方法はちゃんとあるのよ。次は隠さないでね」
「……はい」
どうやらそれで注意は終わりのようで、お義姉様が手を差し出す。
ウーヲンは頭を下げて膝をつくと、その手の上に赤い欠片を落とした。
「えっと……話についていけないんだけど、結局何なの、それ? ミザリが治るってどういうこと?」
するとお義姉様は、目線を上に向ける。
何か難しいことを説明する時に、どう説明したものか、と考えている時の顔だ。
「【賢者の石】は、簡単に言うと、わたくしが作った【整魔の腕輪】の完成系よ」
その腕輪の名前は、知っていた。
アトランテ王国のディ・ディオーラ・アトランテ妃陛下が、まだ王太子の婚約者だった頃に、お義姉様が贈ったものである。
瞳の欠陥があって魔力の制御が困難だった彼女の為に、アトランテ側から要望で作ったそれは、体内の魔力脈を流れる魔力を抑えつつ安定させるものだ。
後に、魔力症のせいで皮膚の爛れが起こってしまった先代ライオネル王妃殿下も、お義姉様の軟膏と並行して使用し、ミザリも今、同じようなものを身につけている。
「そして、【賢者の石】そのものは、【整魔の腕輪】だけでなく、【生命の雫】や【復活の雫】といった魔薬の上位互換でもある、とわたくしは考えているわ」
「……確かに貴族学校で習ったけど、都合がいい理想じゃ……ああ、でもそれを言うと……」
「ええ、他にも、伝説上のもの、と言われていたものはたくさん生まれているわ」
【賢者の石】の存在自体は、ウェルミィも知っていた。
魔導学自体は現在、様々な分野に枝分かれしているけれど、礎となっているのはたった三つのものを探し出す研究からだったと、貴族学校で習ったからだ。
一つ目は、現在は魔導化学と呼ばれる学問。
発祥は、卑金属を金に変える神の奇跡……錬金術の研究であり、鉱物研究の第一人者であるスロード・ロンダリィズが【魔銀】から【聖白金】の精製方法を見つけたのが、到達点として目指したものに当たるのではと言われている。
そこから、お義姉様やエイデス、ズミアーノが協力して、【聖剣の複製】を作り上げた。
今は、〝光の騎士〟ソフォイル卿以外でも、聖気さえ剣に与えられれば銀瞳の聖女でも聖剣化が可能なくらい、研究が進んでいる。
二つ目は、実践魔術と呼ばれる、魔導士が単身発動する魔術を研究する学問。
これは、世界のありとあらゆる事象を記述した神の叡智……『世界の書』を探し出す為の研究から。
その為の端末として『フラスコの中の小人』という存在が提唱されていたけれど、公表されていない事実として〝時〟の氏族がそれに当たるのでは、とエイデスに説明された。
三つ目、お義姉様が専門とする魔導具作成やニニーナ様が詳しい薬学、医療等は、あらゆる傷や病を癒やす神の奇跡……【賢者の石】を作り出す為の研究。
これらについてウェルミィは『魔導学の起こり』としてちょっとだけ触れた程度しか知らなかった為、『『語り部』やラウドンの能力は『世界の書』に触れる力』と聞いて驚いたのである。
災厄に際して、時折作られていた【生命の雫】や【光の聖剣】という現物があった【聖白金】はまだしも、【復活の雫】の存在も、帝国の子爵が製法を発見するほんの10数年前までは、眉唾だと思われていたのだ。
ーーー他があるなら、【賢者の石】もあっておかしくないんだわ。
伝説上の物質を作り出す、は、【聖白金】と同じなのである。
下手すると世界を巻き込んだ争いになり得るくらいの、とんでもない成果なのは変わりないし、『それをウーヲンが?』というもの変わらないけれど。
お義姉様は、ウェルミィが飲み込んだのを察したのか、説明を続ける。
「【賢者の石】は、あらゆる病と傷を癒すのよ。そして、肉体を老いさせない……言い換えれば、衰えを許さない物質、とも言えるわ。だから、現代医学でも修復出来ない人体の魔力脈を修復できる可能性が高い……」
「「……!!」」
お義姉様の言葉に、ウェルミィは思わず、ヘーゼルと顔を見合わせる。
「アロイ……ミザリの体を、治せるってこと……!?」
「これが寛解でなく完治になるかどうか、は、まだ分からないわ。わたくしは治ると思う、けれど」
お義姉様は微笑みながら、手の中の小さな赤い欠片を示しつつ、ウーヲンに目を向けた。
「最後の確認だけれど、あれの種は黒色だったわね。そして常態が白色。黄色を経て、赤色に至った?」
「はい。ただ、色合いが鮮やかなので、まだ未熟だと。熟したものだったら、ここから暗褐色になると聞いてます」
お義姉様は頷いた後、オレイアを見る。
すると、彼女はそれだけで静々と動き、棚から小さな巾着袋を取り出した。
何でそんなものが準備されていて、お義姉様が求めていることが分かるのか、はよく分からない。
けれどまぁ、相手はオレイアなので、そんなに疑問にも思わなかった。
巾着袋の中に不完全なものだという【賢者の石】を入れて、ウーヲンに微笑みかける。
「これは、貴方ご自身の手で、ミザリに。……そのつもりだったんでしょう?」
「……はい」
ウーヲンは、ちょっと躊躇うように周りを見回した。
この場にはお義姉様と、ウェルミィと同じように状況がよく分かっていないヘーゼル、そしてオレイアとシドゥがいる。
入り口の横で佇んでいたシドゥは、ウーヲンと仲が良い。
どうやら何かを察した様子で片頬を上げて、軽く拳を突き出した。
ーーーああ、そういうこと?
ウェルミィも思わずウーヲンを見て、緊張した様子の彼に頬を緩める。
確かに、それは恥ずかしい。
けれど、ウェルミィも見たい。
ぎこちなく、巾着袋を手に、ミザリに近づいたウーヲンは帽子を取って、ベッドの横で膝をついた。
「ミザリ」
「どうしたのぉ〜?」
「聞いた通り、これは、君の体を癒やしてくれるかもしれないもの、だ」
「……うん」
ウーヲンは、一回大きく息を吸うと、ミザリにそれを差し出した。
「ちゃんと体が治って、君が良ければ。俺と、結婚してほしい」
次話は17時頃に更新しますー。
面白いと思っていただけましたら、ブックマーク、いいね、⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎評価等宜しくお願い致しますー♪
この後書きの下部にスクロールすると、⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎評価出来るようになっておりますー!




