あの日、何があったのか。【前編】
時間は遡り、オルミラージュ侯爵家の【幽霊事件】が起こった日の昼下がり。
イオーラは午後の外交日程取り決めの会議に参加した後、手が空いていた。
ーーー暇ね……。
王妃の内務は内政よりも社交を主体としているので、忙しい時期以外は、イオーラ自身はそんなに毎日大量の仕事がある訳ではない。
基本的には社交で、国内の貴族夫人や要人との食事と対話。
それに伴って王宮や庭園のどこで開催するか、どのような食事にするか等の指示、相手の嗜好を考慮した下賜品の選定……と、人間関係を円滑に進める部分を担っていた。
息子のライガが生まれてからは、育児はなるべく自分の手でやり、ある程度の歳になってからは勉強を教えたりもしている。
ただ、流石にイオーラ自身が剣技や護身術などを教えるのは難しいし、あの子自身も友人と遊ぶ時間などがある。
そうして手が空いた時は、今までなら、レオが忙しい時は彼の決済書類を重要度順に振り分けたり、裁量のある範囲なら先に片付けたり。
そうでなければ、国際魔導研究機構の、イオーラ自身の専門分野の研究論文を読んで、疑問点を尋ねる手紙を書いたり。
あるいは役に立ちそうな魔導具や薬品の新規開発に着手したり等々、とりあえず何か出来そうなことをやっていたのだけれど。
第二子を懐妊したことで、全部禁止された。
正確には『妊娠中は基本的に、貴女がどうしてもやるべき公務とライガ関係のこと以外は、都度、わたくしの権限を委任したオレイアの許可を得るように』と先代王妃殿下……お義母様に厳命されてしまったのである。
自分では、今までの生活も無理しているつもりは全くなかったのだけれど、ついでに『貴女は働き過ぎなのです!』とお叱りを受けた。
安定期に入るまでは『睡眠以外に休息時間を4時間は取るように』とも言われ……それに頷いた以上は、黙ってこっそり、は性格的に出来ない。
ーーー次の社交予定でのわたくしやライガの礼服の選定……は、レオの分と一緒に祭司長が担当してくれるんだったわね。
庭園のことに関しても、イオーラの好みや来客の好みを把握しているウーヲンが細かい指示は担ってくれるようだし、レオの仕事を手伝うのも、オレイアに『しばらくはダメです』と言われている。
「……本でも読もうかしら」
「よろしいかと。天気もいいので外で読まれますか?」
「いえ、蔵書室に行くわ」
するとオレイアが、眉根を寄せた。
「研究論文や資料は没頭するからダメ、と言われておりますが?」
「そっちではないのだけれど……」
「埃っぽいので、あまりオススメも出来ませんが」
「読みたいのは古書なのよ。あまり日に晒すと貴重な本なのに焼けてしまうから、外では読みたくないの」
オレイアは少し何事か考えた後、『閲覧室で、1時間以内であれば』と許可してくれた。
調べたいのは、ウェルミィに自ら提案した〝精霊の愛し子〟の力を天に還す方法について、である。
正直、辺境伯期間が長く、王家になってまだ数代であるライオネル王家の蔵書なので、望み薄ではあった。
最古に近い魔導士家系であるオルミラージュ侯爵家の蔵書の方が手がかりになりそうなものが眠っている可能性がある。
が、他に出来ることもない。
蔵書もある程度辺境から移しているだろうし、十二氏族の末裔である以上、完全に何の資料もない、ということもない筈だ。
と、そこまで考えて、イオーラはふと思い立った。
「あ……やっぱり、古書の閲覧はやめておこうかしら」
「はぁ」
「代わりに、王城側にある編纂室に行きましょう。この時間なら、ペソティカ男爵はまだおられるでしょう?」
「時間は午後のお茶までなので、同じ時間内で良ければご随意に」
「はい」
オレイアは二つ年上で、昔から仕えてくれているけれど、使用人であると同時に姉のような存在である。
イオーラにダメなことはダメと言える女性だから、権利を委任されているのだ。
「ですが、編纂室に何のご用なのです?」
「この王家の蔵書について、一番お詳しい方だから、聞いたほうが早いのじゃないかしら、と思って」
ペソティカ男爵家は、少々特殊な貴族家である。
特別何らかの勲功を近年立てた訳でもない、王都住まいの領地なし貴族だ。
そしてライオネル王国では、本来、領地を持たない貴族は爵位を継げない。
名誉爵位、もしくは準爵位として一代貴族扱いになるのが一般的である。
が、ペソティカ男爵家は特別に継承を認められていた。
理由は『資料編纂』と呼ばれる、王家の所有する書物や集められた資料を整理し、正誤を判断して指示を仰ぎ、改める……そうした知の資産を預かる役目を、ライオネル王国が興った時から与えられているからだ。
そんなペソティカ男爵家は目立たないが、報酬は十分に与えられていて生活には困らず、出世することもないが食うに困ることもない……そういう立ち位置にある男爵家なのである。
イオーラが編纂室に向かって王宮の庭を歩いていると、前で立ち話をしている二人の人物を見かけた。
側付き侍女のミザリと、第一王妹ヒャオン殿下の夫、アダムス様だ。
彼はツルギス・デルトラーテ侯爵の兄君でもある。
アダムス様よりイオーラの方が年下だけれど、王家長子のレオと結婚しているので、一応書類上の関係性は義姉弟である。
「アダムス様」
「ああ、王妃殿下。こんなところで珍しいな」
「ミザリと何を話しておられたのです?」
アダムス様とミザリの組み合わせが物珍しかったので、イオーラがそう尋ねると、彼は肩を竦めた。
「俺が稽古場で鍛錬している間に、ヒャオンが俺の寝室のシーツを持ってどっか行った、って使用人から聞いてね。また庭で昼寝でもしてるんじゃないかと思って、見掛けてないかを尋ねてたんだよ」
「……」
何だか色々、情報が渋滞していて、飲み込むのに一瞬時間が掛かった。
ヒャオン殿下は色々と自由な方で、あまりどう行動するのかが掴めない。
何故わざわざ持っていくのが、アダムス様のシーツなのか。
そして昼寝をするのに庭に来る理由は何なのか。
「王妃殿下は見かけてないか?」
「残念ながら」
「しょうがねぇな……俺が王宮に居るから、多分、敷地の中にはいると思うんだが」
やれやれ、と後頭部を掻くアダムス様の様子に、犬猫でも探しているのだろうかという雰囲気を感じ取り、思わず吹き出した。
「大変ですね」
「まぁ、アイツが勝手にどっか行かないように相手するのが、俺の仕事みたいなもんだしな……」
ヒャオン殿下がアダムス様にベッタリで、大体彼が行くところの周囲にいる、というのは昔から有名な話である。
二人は家柄の釣り合いも取れていたので、王宮でヒャオン殿下を大人しく閉じ込める為に結婚させたい、という周囲の思惑があった。
アダムス様はそれに屈した、というのが世間の噂だけれど。
彼は彼でヒャオン殿下を嫌っていたのではなく、『ヒャオンは良いが、王室入りだけが嫌だ……!』という理由で結婚を渋っていたのを、イオーラは知っていた。
観念したのは結局、アダムス様もヒャオン殿下が好きだからである。
「のんびり探すか。見つからなくても、午後のお茶までには出てくるだろ。で、王妃殿下は?」
「ペソティカ男爵に会いに行くのです」
隠すようなことでもないのでそう伝えると、アダムス様はキョトンとした。
顔立ちはツルギス様と同じだけれど、彼はそんな顔をしないので、双子でも全然性格が違うことがよく分かる。
けれど、その次に投げかけられた疑問に、イオーラも同じ表情をすることになった。
「何だ? 今日はペソティカ男爵家で何かあるのか?」




