想定外の助っ人。
「信じられないわ……」
オルミラージュ侯爵本邸の庭で、イオーラは流石に少し驚いていた。
王妃がこの場に居ることは対外的には秘密なので、昔、魔道研究所に居た頃と同様、メガネをかけて白衣を着た姿である。
そのイオーラの前に、【聖剣の複製】の遣い手が5人、揃っていた。
仮に上手くいっても、ウェルミィの為に敷いた大規模魔導陣の起動ギリギリになるだろうと思っていたのだけれど。
それが、予想よりも遥かに早く……魔導陣完成前に到着したのだ。
南部辺境騎士団長レイデン、バーンズ大公閣下、義父グリムド・ロンダリィズ伯爵の到着は、ほぼ同時だった。
一堂に集めてイオーラが礼を述べると、ロンダリィズ伯爵が豪快に笑ってその場の面々を見回した。
「ハッハ! 中々手応えのありそうな面々が揃ってるから悪くないな! 用事が終わったら手合わせ願いたいもんだ!」
帝国経済の雄であり、大陸間横断鉄道他、様々な事業を成功させてきたロンダリィズ伯爵は、世間の『経営の天才』のイメージとはかなり掛け離れた人物である。
筋骨隆々の大柄な体、獅子の鬣にも似た剛毛の髪、粗野な言葉遣いと自由奔放な振る舞い。
それもその筈で、元々ロンダリィズ伯爵は『最後の北国との戦争』で、勃発から終結まで第一線に立ち続けた、武勇の男性だからだ。
そんなロンダリィズ伯爵の提案に、嬉々として乗ったのは、鉄道関係で繋がりの深いバーンズ大公閣下である。
「良いな、総当たりで誰が一番強いか決めようぜ!」
その発言に、ライオネル王国の4名……〝光の騎士〟ソフォイル卿、ツルギス騎士団長、その双子の兄である義王弟アダムス様、そしてレイデン南部辺境騎士団長は、目を見交わした。
「そうですね……レオニール陛下の許可が出るのであれば」
「同様に」
「俺は遊びたいけどなー」
「王命に従います」
いずれも強い方々なのだけれど、アダムス様以外は戦いそのものが好きな訳ではなく、生真面目である。
そんな彼らの様子を見ながら、イオーラの頭を懸念が過ぎる。
ーーーけれど、足りない……。
最低人数は6名。
可能であれば、8名。
そう考えていた【聖剣の複製】の使い手は、今5名である。
最悪、ソフォイル卿に代替していただくことは可能だけれど、本物の一本が混ざることでバランスがどうなるかが読めなかった。
調整している暇は、おそらくない。
「王太子妃殿下」
「何でしょう?」
来賓の前だからだろう、エイデス様にそう呼びかけられたイオーラが目を向けると。
「ダインス公爵は召集出来なかった。交渉自体が間に合わない。……が、うちの騎士団の副長であるシドゥに資格があるかもしれん、と、アダムスから進言された」
オルミラージュ侯爵家私設騎士団の一人であり、侍女ヘーゼルと恋仲の男性である。
この場にも護衛として少し離れた場所に居て、ロンダリィズ伯爵
〝常ならぬ【災厄】〟に際しては、聖剣を手にしてはいなかった人物だが、それは王下騎士団に優先的に配備されたからであり、彼の実力の問題ではなかった。
剣の腕に関して言えば、王下騎士団に所属していた頃にアダムスやツルギスでも歯が立たなかった程だった、と聞いている。
「……どう思われますか」
「この面々なら、三日で彼に【聖剣の複製】の扱いを教えることは可能だろう。技量的にも問題はない。それで、急拵えではあるが最低限の人数は揃う」
イオーラは目を閉じて、少しの間考えた。
「お願い致します。レオにも別の心当たりがあるとは言われておりますが」
〝精霊の愛し子〟に与えられる既視感が信用できない以上、打てる保険は全て打たないといけなかった。
「もし、レオの当てが外れても、最低限、魔導陣の成功確率は上げておきたいので」
「分かった。帝国宰相閣下も何か心当たりがあると言っていたが……」
「【聖剣の複製】を真の意味で扱える者が、そんなに居るのでしょうか?」
皆複数人に心当たりがありそうな言い方であり、イオーラは戸惑う。
居るに越したことはないのだけれど、本当に? という気持ちが拭えなかったからだ。
「宰相閣下からは、心当たりの相手も伺っている。もしそれが事実なら……」
と、エイデスが言いかけたところで、本邸と庭の外周を囲う柵、正門付近でざわめきが起こった。
「何だ?」
エイデス様が訝しむと、『上空!』と門の警備兵が声を上げる。
その場にいる人々が上を見上げると、王城の方角にポツンと黒い影が浮かび、徐々に大きくなってきて、それが騎獣だと見て取れる。
「レオ……!?」
その騎獣……正確には麒麟と呼ばれる、王の瑞獣の姿が見え、随行する飛竜が王家の旗を掲げていた。
麒麟がその背に乗せるのは、レオただ一人である。
しかし本邸上空に現れた彼は降り立つことなく、こちらに向かって大声で呼びかけてきた。
「連絡が間に合った! 今から喚ぶ! 前庭を空けてくれ!」
呼びかけに応えたエイデスが、手を振って合図を出すと、私設騎士団の面々が動いて、オルミラージュ本邸を覆う大規模魔導陣を敷く作業に従事していた魔導士達を、左右に誘導する。
そうして空白になった場所の上空に止まったレオは、どこかに向かって声を掛けた。
「大丈夫です!」
すると、麒麟を中心として魔力の渦が巻き起こり、無数の輝く光の糸への変化した魔力が、上空に突然精密な魔導陣を敷き始める。
「転移魔導陣……なるほどな」
エイデス様が得心したように頷くのに、イオーラは問いかける。
「なるほど、というのは?」
「宰相閣下の心当たりと、レオの心当たりは一緒だった、という話だ。後は人数だが……」
と、エイデス様は微かに笑みを浮かべる。
それは、ウェルミィが倒れて初めて見る、彼の笑顔だった。
「ーーー全てにおいて心強い助っ人が来た」