竜騎士隊隊長と、愛騎。
一方、ライオネル王都。
南部辺境騎士団竜騎士隊隊長アーバイン・シュナイガーは、ライオネル宰相シゾルダ・ラングレー閣下の下命を受けて、相棒の元へと歩いていた。
城を出て竜舎に向かおうとすると、あいにくの雨である。
いかに空を飛ぶのが陸を行くよりは早いとはいえ、視界は悪くなるし、外套に雨が染みれば冷えて体力を奪う。
「運が悪いな……」
そんなことを言っている場合でもないし、自分の運など命を拾ったあの時に使い切っている。
アーバインはそう思っていたので、軽く愚痴を漏らすだけに留めた。
―――ウェルミィが。
彼女が命の危機に瀕している、と聞いて、アーバインは何とも言えない気持ちになった。
ウェルミィに失恋したことなど、既に十年以上も前の遠い過去だ。
何なら、その後に起こったことへの苦い思い出と、あれから色々……本当に色々……特にゴルドレイ伯父貴とレイデンの地獄のしごき……があったので、正直あの頃の気持ちは思い出せないくらいに朧げである。
勿論、貴族学校で過ごした四年間の記憶も、【断罪の夜会】での彼女の顔も、謝罪の時の嫌そうな顔も覚えてはいるが、それだけ。
が、アーバインは彼女に恩がある、と思っていた。
貴族牢でのオルミラージュ侯爵との面会で、彼の薫陶を受けたこと。
その後、自らの意思で南部辺境伯領へ赴いたこと。
それらがなければアーバインは、人間として『終わっている』ままだっただろう。
今は妻であるクレシオラと出会うことも、なかった。
愚かだった自分は、彼女がいなければ間違いなく、この場にはいなかったのだ。
竜舎の中に入ると、相棒が顔を上げてこちらを見る。
南部辺境伯領で出会った白い飛竜、ハクアだ。
「ハクア。聞いて欲しい」
相棒が首を傾げるのに、アーバインは真剣な目で伝えた。
「俺とお前を出会わせてくれた恩人の、命が危ない。一度南部辺境伯領に、そこから大公国に全力で飛ばないといけないんだが……付き合ってくれ」
いかに飛竜の体力であろうと、過酷な日程である。
騎士であるアーバイン自身も、下手をすると全ての命令を終えた後に、疲労で動けなくなってもおかしくない。
―――アーバイン、飛ブ?
「そうだ。助けたい人は、大切に思っている人がいっぱい居る人だ」
―――アーバインモ、大事?
「……そうだな」
アーバインは、苦笑した。
謝罪以降は、大公国でも新年の夜会でも遠目に何度か見たが、言葉も交わしていない。
が、話題に事欠かない女性であり、噂は幾らでも聞こえてきた。
特に大公国の一件以降、辣腕の外務卿夫人にして〝悪の華〟であるウェルミィ・オルミラージュは、諸外国にも名を轟かせている。
だが、そんな国家の要人であるという点を抜きにしても。
「大切な人だよ。クレシオラと、ハクアの次くらい……辺境伯領の皆と同じくらいに、大切な人だ」
―――分カッタ! ハクア、頑張ル!
バサッと翼を広げる相棒の体を、笑みと共にポンポン、と叩く。
「ありがとう、ハクア」
そのまま支度を整えたアーバインは、道中の食事と水分を使用人から受け取って雨の飛行場に出ると、ハクアに跨って竜頭を模した兜の風除けをガシャン、と下ろす。
休憩はなし。
速度は最高速。
天候は雨。
状況は最悪、だが。
―――本当の最悪に比べたら、大したことじゃねーよな。
自分の愚かさに打ちのめされる絶望に比べれば。
そんな自分を押さえつけて打ち直す道程に比べたら。
希望を届ける為に、ハクアと共に飛ぶ道のりが悪い程度のことは、困難の内にも入らない。
ちょっと頑張れば、何とかなるのだから。
それを何とか出来る力が、今の自分にはある。
一人きりではなく、ハクアもいる。
「行くぞ、相棒!」
―――任セロ!
曇天に向かって、一声高く吼えたハクアと共に、アーバインは飛び立った。
目指すは、南部辺境伯領。
与えられた使命は、ウェルミィの命を救える者への伝令。
―――これでちょっとは、借りを返せるだろう? ウェルミィ。




