帝王と神爵の会談。
ーーー後日、バルザム帝国帝都にて。
「まさか、本当に来るとはな……」
その連絡が帝王レイダック・バルザムの下に入ったのは、〝神の司祭〟タイグリム・ライオネル神爵猊下が聖教領国から帝都に訪れてから、ほんの数日後のことだった。
今レイダックがいる応接間に報告を持ってきたのは、アレリラ・ウェグムンド侯爵夫人。
娘の貴族学校入学まではある程度育児を優先する為に、立場を臨時宰相秘書官に変更して職務復帰した、宰相イースティリアの妻である。
「間違いはないのか? ズミとオルミラージュ侯爵が帝宮内に侵入したというのは」
「はい。宰相閣下が直接面会し、確認を取っておられます。場所が場所なので、一時的に来賓用の宮にお入りいただき、移動を制限しております。現在のところ、抵抗する様子などは見受けられません」
「……瘴気計測魔導具が反応した、ということだが」
「それも、間違いはないようです」
黒い髪に緑の瞳を持つ、相変わらず職務中は鉄仮面のように表情の動かないアレリラは、背筋をピシリと伸ばして立ったまま小さく頷く。
「彼らの出現場所は、帝宮最奥部。帝室の方々以外は立ち入りを禁じられている聖域より、歩み出て来たということです」
その詳細に、レイダックはポリポリと指先で頭を掻いた。
ここ最近はあまり顔を合わせない再従兄弟、自分と同じ浅黒い肌に黒髪を持つが【紅玉の瞳】は持っていないズミアーノの姿を思い浮かべる。
「最奥部か……」
帝国の『聖域』は、本来そう呼ばれるような場所ではない。
レイダックが、息子が生まれた時点で先帝である父、セダックより教えられた情報。
それによれば、あそこに封じられているのは『かつて十二氏族の長を殺した【魔王】の力』らしい。
そんな場所から現れた、ライオネル王国の要注意人物二人。
「何らかの魔性が、二人に擬態している可能性はあると思うか?」
「理由が不明である以上、可能性そのものは0ではないかと。ですが……」
と、アレリラはこの場にいる要人に目を向ける。
彼女が来るまで、応接間でレイダックが向かい合い喋っていたタイグリム・ライオネルその人である。
聖教領国で、教皇のさらに上に位置する『神爵』の称号を持つ青年。
レオニールによく似た紫髪に、真銀の瞳を備えている。
『常ならぬ【災厄】』の際に聖教会総本山の頂上で力に目覚め、帝都やその周辺で増大し汚染を振り撒いた瘴気を浄化せしめた、帝国の恩人でもある。
レイダックは、いつも通りに柔和な笑みを浮かべているタイグリムに半眼で声を掛けた。
「神爵殿。どうやら貴方の発言は真実だったようで」
「そんな他人行儀な呼び方は傷つきますね、レイダック陛下。どうぞ先程までと同様にタイグリムとお呼び下さい」
「皮肉だろうが」
ライオネル王国に関わりのある連中は、何か知らないが事あるごとに帝国に厄介ごとを持ち込んでくるのである。
勿論、こちらの問題に対して解決に尽力してくれたりと恩恵もあるのだが、それにしても多い。
今回の件にしても。
「君の持ってきた『神託』通り、か。神とやらが本当にいるのなら、もう少し生きやすい世の中にしてほしいものだ」
「全くもって同感ですが、不敬ですよ」
「天罰が降ったら態度を改めよう」
ふん、と鼻を鳴らしたレイダックは、目の前で柔和な笑みを浮かべるタイグリムが受け取ったという『神託』の内容を誦じる。
×××
芽吹きの混沌
朱魔珠は水面に触れ
紫魔晶は夜に染まり
黒晶石は紅玉に歩む
封じられし玉座に 座さぬは双魔
出てなお 陽中の陰
一天降りて まつろわぬは月魅香
沈みゆく 陰中の陽
一天双魔の掌中の珠は
四癒八刃十六賢の円環を要す
其は太極の理故に
×××
「イオーラ妃の懐妊により、〝精霊の愛し子〟の力が弱まり、その影響が各地に出始めている、だったか。この数年は災害が起こる可能性が高く、それに合わせてオルミラージュ侯爵とズミが来訪するとは言っていた。……が、来訪の仕方が少々不穏だったな」
「『神託』そのものも不穏ですので、想定の範囲内でしょう。紅玉の文字が入っている以上は帝国に何らかの関係があると見て、ここに先に訪れたのです」
「先見の明に呆れるね。それに易々と応じたイースも、相変わらず頼りになって何よりだ」
自分の【紅玉の瞳】を示すように、瞼の横をトントン、と指先で叩いたレイダックは、アレリラに命じる。
「イースが問題ないと判断したのなら、ここに案内してくれ」
「はい」
アレリラが退出すると、レイダックは本題に入る。
「オルミラージュ侯爵夫人が危機に晒され、二人が【魔王】化すると言っていたな。〝常ならぬ【災厄】〟は終わったと思ったが、何故十二氏族の関係は次々と問題が起こる?」
「世の理ですから。それは善悪ではなく、世界というものの有り様そのものです。人は多様故に軋轢が生まれ、魔獣と呼ばれるモノでも飛竜のように人と共存もします。そして魔王獣のように、決して相容れないモノもいる。人はペットを愛でますが、生きるために牛や豚を殺すでしょう。それらと同じで、『宿命』を含めて世界はそう在る、というだけのことですよ」
「達観してんじゃないわよ」
笑みを消さないまま淡々と語るタイグリムに、ボソリと口を挟む者がいた。
レイダックがチラリと目をやると、聖テレサルノ教会のシスター服に身を包んでいるものの、少々仕草が粗野な少女が目線を彷徨わせる。
薄桃色の髪と紫がかった銀の瞳を持つ聖女、イルマ・ファルトネサである。
〝常ならぬ【災厄】〟に際して、大聖女テレサロ・エンダーレンと同程度の力に後天的に覚醒し、タイグリムの従者を務めているという女性だ。
「何故と問われたから、理由を説明しただけだよ。世界は根本的に、誰かの都合の良いようには出来ていない。君がもう一人の〝桃色の髪と銀の瞳の乙女〟になってしまったようにね」
「……」
「起こってしまうことは仕方がないけれど、何もしないつもりはない。対処する為に、こうしてレイダック陛下の元に訪れているし、陛下は面会して下さっている。そうだろう?」
「……口挟んで悪かったわよ。黙るから、どうぞ続けて」
そっぽを向いた少女を、少し楽しそうに眺めてから、タイグリムはこちらに目を戻す。
「オルミラージュ侯爵夫人の危機に早急に動くことによって、帝国の実利としては、ライオネル王家と、そして聖教会に属する私に多大な恩を売ることが出来ます。……そして心情の面としては、レイダック陛下も動く方が後味が悪くないのでは?」
「君もイースもズミも、いちいち私が甘いことを口にしなくて良いんだよ。まったく!」
レイダックは、自分が冷徹になり切れない人間であることを重々承知している。
『大公選定の儀』の際に堂々とした振る舞いを見せ、その後も外務卿夫人として強かな様を見せる彼女を、厄介と思いながら気に入ってしまっているのも見抜かれているのだろう。
「【魔王】の力を得た二人に危険はない、と見て良いんだな?」
「『神託』には『玉座に座さぬ』とあります。私の解釈が正しく、帝国の聖域から姿を見せた二人が暴れていないのであれば、問題はないでしょう。聖域からの奇襲など誰も想定していないのですから、魔性の存在として敵対するつもりなら、我々は既に殺されていますよ」
タイグリムは、二人の行動と『神託』をそう解釈したと告げた。
『ライオネル王妃陛下とオルミラージュ侯爵、そしてズミがオルミラージュ侯爵夫人を救う為に各国の要人を……『宿命』を持つ者達を集める為に動き出すことを暗示している』という解釈に、間違いがないのなら。
「どう考えても時間が足らんぞ。……少なくとも、北国バーランドにいる聖剣の遣い手、ダインス・レイフ公爵は裏技を使っても絶対に間に合わん」
「それもまた、あり得ることでしょう。イオーラ様の統べる十二氏族に属さない『宿命』の者も数多くいますので。ウェグムンド宰相閣下もそのお一人ですし、ライオネル王国南部辺境騎士団長レイデン卿も、その奥方であるリオノーラ夫人も……そして帝国に住むボンボリーノ・ペフェルティ伯爵も、レイダック陛下ご自身も、そうではありません」
「『宿命』の者な……それは君もだろう? 『神の駒』だと言われるのはいつも気分が良いものではないが、君は違うのか?」
「潔癖であらせられますね。私は力はあればある程良い、と考えていますので、諾々と運命を享受しております」
タイグリムは自分の胸元に手を当てて、軽く首を傾げる。
「何せこの『神の駒』には意志があり、降りかかる災難にどう動くかは、自らの裁量に任されておりますから。『宿命』なきオルミラージュ侯爵夫人が、神の定めた盤面を打ち壊したように、我々が神にとって『都合の良い駒』でいて差し上げる必要は全くありません。力だけいただきます」
「お前のその発言も、余程不敬だな」
レイダックは、唇の片端を上げる。
「タダで『力』を与えられて運が良い。そう考えるのなら、確かに不快感は薄れる」
「そうでしょう」
「で、実際に問題は解決していないが、どうするつもりだ? 四癒八刃十六賢……総勢28名の『宿命』の者など、どうやって集める?」
「集める必要はおそらく、ないのですよ。集めるのは、四癒八刃と、緻密な魔導陣を理解し描ける者のみで良いのです。そして魔導陣を描くのとその起動に関しては、一天双魔……イオーラ様とエイデス、ズミアーノが在れば後は数人で事足ります」
「なら、何故『神託』にその16名が入っている?」
「この状況そのものが、その答えでしょう」
タイグリムは、ドアに目を向ける。
おそらくもうすぐイースティリアが来るのだろう、レイダック自身も、耳で微かな足音を捉えていた。
「円環を成すのです。中央大陸全土を巡って、人を集める……『神託』が指し示しているのは、今の我々の動きそのものでしょう。人同士を繋ぎ、ライオネル王都に集結させるのが十六賢の役割、ということですよ」
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