家制度 いえせいど
家制度 いえせいど
会議室に入るまでは、今のところ好待遇、なんて浮かれていたのに、その室内の雰囲気は私にとっては最悪だった。
まず、ザっと見る限り4、50歳代以上の人しか見当たらない。人数は男女合わせて16名。
何故か大半の目が睨んでいる。
怖くて下を向く。床は板張り。フローリング。前を行く東様の足を見て進む。
椅子を引かれたので会釈して座る。そのまま俯く。
それでも視界の端に周囲の色々は映るもので、楕円形の大きなテーブルとクッション性の高い椅子。座るのは平安チックな衣装の方々。男性の頭には小さい烏帽子らしきもの。女性は長い髪を思い思いに変えている。そのまま垂らす人、後ろに一つで結ぶ人、結い上げた上に簪のようなもので飾る人。
洋風の部屋に集う平安貴族といった光景は、頭が少し混乱する。
楕円形のテーブルの長い方に二つ空いていた椅子に、東様と並んで座った。
最初に口火を切ったのは東様で、飛来さんの家で話していた時と、コフの中で雑談ぽく話した私のこの世界へ来た事情を上手に掻い摘んで一同に説明してくれる。
さすが話をまとめるのが上手だな、と偉そうに内心感心した。
と言っても、青い霧に捕まって、気付いたら洞窟で、なんて程度でしか言いようがないのだから、集まっている皆さんの溜息や唸り声、濃くなる眉間のしわに気付いたって、私には補足出来る事はない。
周りの反応を見たくて、顔は俯けたまま目だけを僅かに上げてみる。
……どうも皆さん、興味があるのは話の内容ではなく、私の反応ですか?
だって、見える範囲の人は、露骨に私の顔を覗き込むように体を前傾姿勢にして、明らかに私の顔を覗こうと視線を集中している。
……ちょっと、怖い。
東様の説明は私の名前の漢字の説明で終わった。
そして、シン……と静まり返った会議室で、変わらず前傾姿勢の人々がほとんど。
そおっとこちらも周りを窺っていたが、一人のおばさんと目が合ってしまった。驚いて弾かれたように下を向いてしまう。
「咲紀殿。おとしを伺ったかな?」
東様に問われて、パッと左を向く。
「え?おとしおとし……あ、としですね。16歳です」
何を言われたのか分からなくなってとっ散らかってしまう。
答えてからさっきのおばさんに視線を向けると、やっぱりこっちをジッと見ていたけれど、私の視線に気づくと引きつった微笑みを浮かべた。
これは肯定か否定かどっちの微笑み?
「16歳ですか。この都の説明は後ほどゆっくりと致しますが、至急で決めないといけないことがあります。この都に住まう者は、必ずどこかの家に所属しないといけません。成人は15歳ですが、成人になると職業を持つ義務が生じます。咲紀殿はお仕事をされていましたか?」
「いえ、してないです。学生なんで」
「ああ、女学校ですね」
東様が、納得したぞ、というように平手でポンとテーブルを打った。
「女学校……」
大正か昭和でも戦前か、とツッコミを入れそうになって、この知識は飛来さん由来かと思い当たった。第二次世界大戦末期に20歳なら女学校に在籍していた過去なのもおかしくはない。
「えー、女学校とは違うのですが、まあ似たようなものです。男女共学の学校だったんですけど」
「君は女学校ではなかったのかね」
「私は男女どちらでも入学できる学校です。男子だけの学校もあるんですよ」
「ほうほう」
東様は興味深そうに目をキラキラさせて聞いてくるが、その他の人にとってはどうでもいいみたい。まあ、そりゃそうよね。どちらかと言うと私の表情とか喋り方とかを注視しているみたい。
人前での発言は前の世界でも何度もやってきているけど、こうも大勢の人からガン見されるのは気分のいいものではない。
穴が開きそうなほど見てくるくせに、私がそちらへチラッと視線をやると、一斉によそを見る。上だったり下だったり左右だったり。あからさますぎる。
その様子に東様も困ったように苦笑したが、特に注意をしてくれたりはしてくれなかった。
んー、態度悪すぎると思うけど言えないものなのかな。
「話を戻そう。各家には役目があり、その役目は血筋よりも重要なもので、たとえ直系の子供が何人いてもその役目を果たせる力量の者が一人もいなければ、他から養子を取るほどに徹底している」
つまり、あれですか。バカ息子、バカ娘しかいなくて家の仕事が基準通りに出来ない場合は、没落するのを指を銜えて見ているのではなく、早急に養子を迎えてしまえという事なのかな。どの親も全員がそんな厳しい判断を下せるのだろうか。
「咲紀殿は得意な事や好きな物はあるかね?何かそういったものがあれば教えてもらいたい。考えておいてくれるかな。このあと聞くから」
東様はここで視線を私から外し、テーブルの皆さんをグルっと見渡した。
「順番が逆になりましたが、本日はお忙しい中を突然お集まりいただき御礼申し上げます。先にお知らせ致しました案件ですが、既にご覧いただきました通りとなります。東之條一門と致しましては規定の手続きを大至急執り行う必要があります。とは申しましても一人の人物の一生を左右する事柄を軽々に取り決めるべきではないと考えます。その為、立候補いただいた家で各二日間を過ごして頂き、両者が得心がいけば良し。もし得心がいかなければ次の家を体験する、といった方式というのはどうでしょうか。忌憚のない意見をお願い致します」
テーブルの皆様の反応は三々五々で、東様からの視線を露骨に避ける人、食い気味に目をギラギラさせる人、眉間にしわを寄せて考え込む人。表情が様々だ。
一人の男性が挙手した。ここでも発言する時は挙手制らしい。
「幾つか質問を構わないかな」
東様も渋くて素敵だけれど、こちらは遊び人かと思うような軽い雰囲気で顔もいい。年齢は東様と同じくらいかな。まあ、この部屋のほとんどが同年代に見えるけど。
小振りな烏帽子をちょんとかぶって、切れ長の目が涼しげ。通った鼻筋。薄いけど形のいい唇に軽く笑みをのせて、狐を連想させる人が好奇心丸出しの視線を向けてくる。
視線にエネルギーがあるなら痛く感じるほど。
そもそもこの部屋に入ってからの皆さんの目力って異常と言えそう。
穴が開くほどに見られるって、こういう目付きの事を言うんだろうか。
そんな目で見られたって、出せる物はありませんって。
この場で保護者的な立場の東様につい視線が向いてしまう。
東様もちょうど私に向いたところで、目が合うと微笑んで小さく頷いてくれる。
私が何か話すべきなのだろうかとドキドキしてしまうが、東様が質問者のおじ様へ向けて口を開いた。
「案じずとも、僅かの間とは言え人物を見てこられたでしょう。咲紀殿は大変穏やかな方です。こちらが取り乱せばそれは相手にも伝染してしまう。年長者たる我々の有り様が手本になるのは古今東西変わるものではない。それを念頭に置いていただく事を切望するのみです」
会議室の皆さんの目力が弱まり、代わりに現れたのは――――こんわく?
果たして皆さんの期待していた私の態度はどういったものなのだろう。
とにかく私としては期待されているものが分からないので身動きがとれない。
で、結局大人しく黙ってしまっていた。
と、質問のおじ様は大袈裟に大きく頷く。
「仰せの通りですね。若干16歳の少女が不安に苛まれている時に、この面子に一室に監禁状態で凝視されているのですから負担にならないわけがない。ただ、こちらとしても不安も疑問もある。これも当然でしょう?大丈夫ですよ、誰もが知りたい事を伺うだけです。これが分からねば、たとえ試験的にとは言え自宅に入れるのは躊躇われます。質問を受けてくれますね」
顔に浮かんでいるのは柔らかな笑みなのに、口調も優しげなのに、どこか険が含まれているように感じる。
そして隣に座っているせいで私と東様のどちらにも向けられているような視線。険しさも双方に向けられているように思える。