エピローグ
揚華の御二人が巫の都を離れて早2年。
飛来殿がアトラスへと旅立ち、今年も早いものでアトラスの艦が再び姿を見せてくれる季節となった。
私はどうしても御二人の事を旅立ったと表現することができない。一時的に離れているだけなのだと思うし、思いたい。
思い込みたいだけなのかもしれないが。
目を閉じれば台座から離れる間際の時の仲睦まじい様子が思い出されてならない。
妻となった沙羅もそうなのだろう。実家に頻繁に帰っては何をするでもなく咲久良様のいらしたお部屋の中で、とにかく過ごしたがる。
それでも西橘家の嫁としての仕事と王宮での仕事の手は抜かない。二言目には咲久良に顔向けの出来ない真似は出来ない、と口にされては頑張り過ぎるきらいがある。
2年もあると色々と変更したことがある。
まずつい先日、沙羅の付き人の純怜殿が元罪人である西芙蓉家を廃嫡された元咎人と結婚した。周囲のかなりの反対を押し切っての結婚に、沙羅は難色を示しながらも最後には仕方ないわね、とため息と共に送り出した。
現在の2人は平民として農業に励んでいる。
そして1年前には帝にお二人目のお子様になられる第二子のご懐妊が発表され、都はお祝いの雰囲気一色に包まれた。
生まれたのは内親王殿下で、皇宮がずいぶんと華やかな空気に包まれたような気がする。
そして鷹司家では後継者である嫡男は3歳になり、次子の女児が誕生した。祖母である奥方があれほど欲しがっていた女の子を孫として抱く事が出来たのだ。元々明るい家だと思っていたが、女の子の存在は何故か華やかで、家中が活気に満ち溢れて見える。
そして今日はアトラスの艦が来航するので私も出迎えの一人として参列の列に加わっている。
妻同伴なので我が家からは二人で参列しているが、去年は数々の衝撃的な出来事で式典の類いはどうしても我が家でないといけない行事以外は家人の誰も参加しなかったというか、私と同年代以下の人達を見たくなくて実家に閉じこもっていた。
今年は吹っ切れたというか、良い年齢の大人がさすがに閉じこもっていつまでも自分を可哀そうがっているわけにもいかず、民の手前を考えると引き籠っているわけにもいかなくなったので、少し前からは作り笑いだろうと笑顔を作って復活を表に出すように家族全員で努力している。まあ貴族の務めを果たさねば、と覚悟を決めたわけだ。
お、来たらしい。
正面のゲートが開き、大きな艦の全容が現れた。ゲートがきちんと閉まらなければ我々は艦に近づくことは出来ない。
ジリジリしながらゲートが閉まるのを今か今かと待ちわびている人々の熱気が太陽光の熱と一緒に伝わってくる。
よし、閉まった、という係員の合図と共に自然と歓声と拍手が沸き起こった。
そして艦上に人影が見えた。毎年、艦長が艦上で挨拶をしてから祭りが始まる。
拡声器を使って始まった挨拶の声が‥‥‥‥ん?あれ?
並んで声を聴いていた沙羅も、私の袖を掴んでくる‥‥‥‥‥。
え?えーと、人影が小さすぎて良く見えないが、この声は、いや、まさか、まさか、‥‥本物?え?
私はこの出迎えの列の先頭の人物を見ると、その人は突然感極まったといった顔を隠しもしないで惜しげもなく周囲に晒してしまっていた。
そこには顔を真っ赤に染め、口の辺りを片手で覆って泣きそうな表情を隠そうとして隠しきれていない、鷹司雅克様がいた。
では、本物か?
艦上にもう一人人影が増えた。
そのとたん、沙羅が絶叫のような悲鳴を上げた。‥‥‥‥え、周りにも何も起きてないよな?
キョロキョロと周囲を見渡す、が見える範囲に異常はなく思える。とすると、上か?
沙羅が自分の口を覆っていたのが、急に私の袖をちぎれんばかりに振りまくる。
艦に近い参列の人々の数人がざわめきだした。
ふと視界に入った鷹司様は滂沱の涙だ。
‥‥これは、まさか、は本物のまさか、か‥‥?
「ではこれより祭りを開始致します。我々はこれより皆様の所へ参りますので、特に妻にはお手を触れませんようにお願い申し上げます。今、子供がお腹にいる大事な時期なんです」
なんだか、あの艦長、照れているのか?声が少し上ずり気味だぞ?今そんな公表は必要なのか?と内心突っ込むが、周りの反応を見ると念のため大事をとったほうがいいのは分かるが、それなら奥さんを連れて来ない方が良かったんじゃないか?手を触れるなとけん制するのも分かるけど、そもそも今回の寄港を他の人物に変える事も可能だと思うんだが。
いったん人影2人は艦上から艦内へ消え、小型のコフが艦から飛び立った。コフはゆっくりと綺麗な弧を描いて都を大きく旋回した後、皇宮方面へ行き、一度着陸したのが見えた後、再び上昇してこちらの会場近くへ降りた。
降り立った人を見て、出迎えの列は美しい列は成さなくなり、人々は個々にその人物に話しかけたり、駆け寄って抱きついたりしている。
私の所からはその人物に人間が多く集まり過ぎていて、中心にいる人物を視認できなくなってしまった。もしやと思う人はいても、私の立場的にこの場を動いていいものか迷う。
すると後ろから肩を叩かれた。振り向くを鷹司様だ。
「奥方と一緒に来なさい。我が屋敷へ向かえと指示が来た」
何故か良く分からないが承諾して沙羅と一緒に喧噪を離れ、少し離れた場所に駐機してあるコフに乗り込んだ。
更に分からないが当然の顔で鷹司様も乗り込んでいらした。
「咲久良は皇宮から我が家へ先に行っているらしい。今連絡が入った。鷹比古はこちらの会場の騒ぎを収めてから合流するとさ」
「やっぱり?あれって咲久良に見えたのよ。どうしてここに来れたの?なんだか夢見ているみたいなんだけど。なんだか分からない事ばかりなんだけど早く会いたいっ。さっきのって本物なの?あああ、何が本当なの?誰か早く教えてっ!」
「こらっ、運転手には触るなと言われているだろうが。そのトシになって、そんなことも分からんのかっ」
「これが興奮せずにいられると思うの?!夢じゃないのよね?それに子供?え、本当におめでたなの?今日はお祝いだわ!!」
まあ本当なら皇宮でお祝いかもね、と私は冷静になろうと努めて、いや冷静を装っている。
話し通りならご主人様に会えるのはこの後なのだから、まだ舞い上がってはいけない。
冷静に冷静にとまず自分を落ちつかせながら、沙羅を宥めつつ鷹司邸に到着すると、まだ庭だというのに屋敷の手前で人の塊が出来ていた。
使用人達が泣き崩れながら何かに抱きつきながら何かを叫んでいるらしい他に、女中頭が皆を邸内に入れようと苦心している姿が見えた。
そこへ 我々の乗っているこのコフが到着すると、それに気がついた彼女が邸内を指差す。
我々が思い描いている人がここに到着しているとすると、その人物は邸内に既に入っているということなのだろう。
コフの着陸と同時に沙羅は機体から飛び出し、鷹司邸に向かって走り出した。
ふだん走るという行為をまず行わないから足元が怪しくて見ているほうは危なっかしく感じて仕方ないが、その姿のすぐ隣にいることで何かあればすぐに手を出せるように私も一緒に走る。
そして勝手知ったる他人の家の応接室にその姿はあって、鷹司夫人と抱き合っていた。
白いアトラス風の民族衣装を身にまとった咲久良様は涙でぐしょぐしょになってしまっていて、お腹の子に影響は大丈夫なのか?とこちらが不安になるほどのお顔になってしまっていた。
そこへ沙羅も加わってしまった上に少しして兄の雅克様も駆け付けた結果は、想像していた通りというか懸念していたようにと言うか、更に遅れて王宮へ行かれていらした鷹司の御当主様もお戻りになられて、この集団に加わる人が増えて、という感動の再会が繰り広げられた。
ただ私はこの集団を遠巻きにして温かい目で見守る立場になってしまったのが、なんだか寂しかった。
私の元主人は一体どこにいるのだろう?まだ会場にいるのだろうか、と若干冷めた頭で見ていたが、使用人の人の中で少しずつ同じように頭が冷めてきたらしい人がポツポツ出てきて、再会の集団を介抱する側に回ってくれる人が現れた。
それから正式に皇宮から連絡が来て、ご当主ご夫妻と次期ご当主とアトラスからのご来航者と我々夫妻に皇宮にくるようにとのお達しがあり、コフ2台で皇宮に向かった。使用人達の歓声付きで。
皇宮では下にも置かない歓迎をされ、私の元ご主人様も会場での歓迎の熱を一段落されたら、民衆をお祭りの会場の方へ誘導して担当の係官に引き継ぎが出来たら、この皇宮に加わってくれると連絡があったらしい。
そして、どうしてアトラスの衣装でアトラスの艦に乗ってこの都に舞い戻っているのかの説明をざっくりと咲久良様が説明して下さり、彼等がアトラスに住まっている事を連絡してくれなかったことを詫びられ、そのお詫びを伺った直後に私の元ご主人様が到着され、私が抱きついて泣き崩れ、私達もご主人様ご夫妻も人様に見せられないような凄まじい顔になってしまったことは、映像に残そうなんて思う人がいなかった事を感謝したいくらいの顔だった。
そんな顔だったのは我々だけではなく、皇家の方々も老いも若きも変わりはなかったと思われるが。
その後の元御主人様の説明によると、今日のようにアトラスの艦で寄港することは毎年は無理なので、数年に1回の割合で立ち寄れる確率が高いらしいこと。このように寄港する職につける事でアトラスの民としての地位が確立したということ。つまり自分達は現在アトラスの民である、ということ。
何より安心できる内容としてはアトラスでの暮らしは旅暮らしに慣れれば、とても暮らしやすいこと。
幸せそうなお二人はそれから3日の間我が都に滞在して、笑顔で寄港の予定通りに再び旅立って行ったこと。
もう一生会えないという訳ではないので我々も嬉しく、次回を楽しみに待つ事が出来るという状態になったのはとても嬉しく思えたこと。
そして、何より自分自身で納得できる感情に帰結を覚えたのは、少なくとも私は元ご主人様がどこかへ跳ばされたのではなく、彼は旅立ったのだ、と言える精神状態になったという事だ。
了
初めまして、
天野美晴と申します。
この作品の執筆作業中は、とても波乱万丈でした。
なんと途中で脳梗塞というものになってしまいまして、一時は執筆どころではなく、一にも二にも三にも、とにかくリハビリ、という状態になってしまいました。それでも1年半ほど頑張って杖をたまにつきながらなんとか歩けるようになりました。
そんなに頑張ったリハビリは、あの年の異常な暑さのせいで熱中症になってしまって、3日寝込んだ後に起きた時には足が動き辛くなってしまい杖が手放せない生活になってしまいました。
熱中症は怖いですよ。その人の弱い部分を徹底的にいじめては精神的に叩きのめす、という底意地の悪さを示してきます。
月並みですが健康は大切だな、という事を身をもって体験しました。
この作品は初めて作品を最後まで書き上げられた上に、こうして入力も完了させることが出来たという事実に感動もひとしおなのが、この「蒼天のむこうがわ」です。
その拙い作品を最後までお読みいただいた方がいらっしゃいましたなら感謝感激でございます。ありがとうございました。
これからも手の動く限り次作品を書きたいと思っております。作者のリハビリの手伝いだと思ってお付き合いいただけましたら幸いです。本当に嬉しく思っております。
またお目にかかれる機会がありますことを祈りつつ。
2026.5.24
P.S. もし次作がありましたらペンネームは天野心晴で投稿させていただきます。




