エピローグ
色で言うと白緑だろうか。それを更に薄くしたような空気と、そこには白いテーブルと白い椅子が3脚あるだけのぼんやりした空間で、空気の色に似た服を着た性別不明の人物が微笑みながら行儀よく座って待っていた。
その人物は開口一番、とんでもないことを口にする。
「案内係のレウと申します。こちらのあなたを召喚したのは私の上司になるのですが、本来でしたらあなた方の世界からの召喚はもう少し先になるはずでした。つまり上司が間違って召喚命令を出してしまったというわけです。本当に申し訳ありませんでしたが、一度出してしまった召喚令は取り消しが出来ないので実行するしかありませんでした。今さらこんなことを聞いても業腹だとは思いますが、私はしがない案内役に過ぎませんので苦情も不満も聞くことはできますが、変更等の融通をつける事は出来る権限がありません。只今上層部が今後についての協議を行っておりますので、しばらくこちらでお過ごしいただけますようにお願い致します」
レウさんは立て板に水のように滔々と自分の言いたい事を捲し立てた。
えっと、つまり間違いでここへ飛ばされた、と言いたいのかな?
とりあえずこちらへお掛け下さい、と椅子を示されたので言われた通りに座る事にする。
鷹様と2人で目を見合わせて、とにかくとんでもない事に正に巻き込まれたという事は分かってしまった。
2人とも何が起きているのか分からないので、権限がないと言っている人に文句を言っても仕方がないから、とにかく黙って話しを聞いてみることにする。
で、聞いてみると、ここはパラレルワールド。並行世界の管理を担当する所なのだと言われた。鷹様は概念すら分からないらしいから後で説明すると言っておいたけど、果たしてきちんと説明できるのか自信がない。
私の元いた世界と今までいた世界は平安時代辺りに分岐したパラレルワールドだったらしく、それぞれ違う時間の流れを歩んできたらしい。
そんな分岐がたくさんあって、時間の流れの違う色々な世界が存在しているらしい。
ただし、分岐出来たからと言って全てが無事に幸せな時間を過ごせるわけではなく、中には消滅してしまう世界もあるのだそうで、世界大戦で消滅してしまうケースや、人口が増えすぎて飢餓で消滅してしまうケース、人口減少に歯止めがかからなくて消えてしまうケース等、多種多様なケースを辿ってきたらしい。
私の元いた世界は人口増加が懸念されるケースで、人口が増えすぎると時間の流れが加速するのだそうだ。逆に人口が減少してくると時間の流れはゆっくりになっていくのだとか。
だとすると、元いた世界と巫の都の時間の流れにはかなりの差がついていて、私個人としてはこちらの世界に来て2年くらい経ったけれど、元いた世界では既に4年とか5年とか経っているということみたい。ふむふむ。
「その差異を埋める為に調整としておこなっているのが力の交換でして、該当者には大変な苦痛を与えてしまうのは承知しているのですが、あまりに多くの消滅世界が増えてしまわないようにしようとするとそれだけ多くの召喚者が必要になってしまうと想像がつきますよね。行った世界で人口を増やしてくれそうな存在を送る事になるのですが、なかなか想像通りにはいかない場合も多々見受けられるのも事実で、果たして現在の方法が正しいのかどうかは、こんな立場の我々が言ってはいけない事なのは承知しているのですが、どうする事が正しい形なのかが分からないのも真実なのです」
はあ、とレウさんは憂い顔でため息をついた。
ここでひとつ分かった事がある。なんと、このレウさんの顔が私にはきちんと見えないのだ。
きちんと正面から顔を見ているはずなのに、なんだか焦点がボケているというか、全然ハッキリと認識出来ない。鷹様の顔を見てレウさんに視線を戻すと、もうレウさんの顔を覚えていない事が認識できてしまうのだ。
なんでだろう。
「ひとつ伺ってもよろしいですか?私が巫の都に行く事になった理由はなんでしょう?」
これは是非とも聞いておきたい。
「それはですね‥‥‥ああ、あったあった。人口が増加の世界から移動していただく為で、どこに行っても愛されやすい人だと認識された為です。申し訳ありませんが、良くあなたの世界で言われますよね、いい人ほど早く亡くなる、などとか。あれです。亡くなるくらいなら別の世界で人の良さを発揮して欲しかったのです」
うわあ、清々しいくらいに自己中心的だなあ、と感心しつつ彼が言いたい事も分かってしまったけれど、たぶんこの考えはこの人だけのものではないのだろうなあ、と言うのも想像がついた。だから彼に文句を言ってもどうしようもないんだろうね、それこそ権限がないから。
そうやって厳選したはずの私は彼等の思惑が外れて巫の都を出てしまったのだけど。
「もうひとつ伺ってもよろしいですか?」
「いいですよ。どうせここまで話してしまったことが上に知られてしまったら、もう処罰対象な気がしますからね」
「それは申し訳ないです。我々には上手く謀ってしまうという選択肢もありましたでしょうに」
「いいんです。上だってやらかしているんですから、こちらだって少しくらいやらかしてもなんとかなるでしょう。で、何を聞きたいんですか?」
「えっと、端的に言ってしまえば私達はいつまでここにいればいいのでしょうか?本来は次の世界へ行かないといけないのですよね?」
「ああ、そうなんですけど、どこの世界が一番適しているのかを検討中といいましょうか、幾つか候補は出ているのですが決めかねておりまして決めてに欠けていると申しましょうか、こんなに良い人材をきちんと配置できないともったいないと複数の部署からクレームが入っておりまして、なので現在の協議になっているわけです。ひょっとしてお暇でしょうか?」
「まあ今のお話しで私達がこの世界を探索するわけにいかない存在だということは想像がつきました。ただ、一体いつまで待てば良いのかが想像つきません」
時間的な感覚が分からないしね、と心の中でつけたす。
果たしてこの世界へ到着してからどのくらいの時間が経過したのかの感覚が全く掴めないでいるのが現状である。時計もないし、時間の流れが違うという話しは聞いたけれど、ここはどういう時間の流れにあたるのだろう。
「あ、では少しお待ちくださいね。私の権限内でどこまでやっていいのか確認致して参ります。すぐに戻りますので」
なんだかその後ろ姿が薄くなっていった?と思って見送っていたら、本当にラウさんの背中は消えてしまった。
「うわあ、消えてしまえるのね、驚いた。どういう方法なんだろう」
思わず声に出してしまった。
いきなり人がみるみると目の前から消えてしまったら、私自身はもっとビクついてしまいそうなものなのに、こうも次から次へと不可思議な出来事が起きてしまうと、さほど驚かなくなるから怖い。
「大丈夫か、なんだか言葉が棒読みのようになってるぞ」
鷹様に私の両肩を両手で掴まれて、そうか私も動揺してるのか、と気付く。
「ふにゃあ~」
と言いながら彼の肩にもたれた。彼の体温を感じて、やっと呼吸が出来た気がした。
「なんだかあの人の言う事が咲久良には分かるのか?私にはさっぱり分からないんだが、もう少しお互いに落ち着いたら説明してもらえると助かるんだが」
鷹様が申し訳なさそうに私の頭をポンポンと優しく叩きながら切り出してくる。
説明かあ、と私は頭がグルグルした。
だってなんとなく概念としては分かっているのだけれど、それを全くそういった概念の欠片すら分からない人にイチからこれを話して理解してもらえるものなのだろうか。生まれた時からSFの概念を知っている人と知らない人とでは、果たして私の言語能力で説明しきれるものだろうか。
すっごく不安だ。けど、とにかくやってみないわけには、この期待に満ちた瞳を納得させられないとも思う。
「まず、これから話す事は良く理解出来なくても、そんなものなんだ、と思って聞いていただきたいです。なにしろ私もどうしてそんな事が起きるのかは全くわからないんです。質問いただいても答えられない事だらけなので、そんなものなんだ、と思ってもらう事しかできません。そこは了承していただけますか?」
鷹様は、良く分からんが分かった、という曖昧な返事をくれた。今はそれでいいことにする。
では始めます、と言って私は、考え考え、探り探り、といった状態で手探りのまま話しを試みてみる事にする。
「たとえば私が将来帝のような権力者になるとします」
鷹様の顔が疑問符で埋め尽くされていくのは理解できたので見なかったことにする。
「そんな偉い人物が突然ここのような知らない世界へ飛ばされてしまったとしたらどうなると思います?都は大混乱で大騒ぎになりますよね。でもそれは巫の都に限ってのことです。都に住まう方々にとっては大変な事でも、他の都の方には全く関係のないことです。知ったところで、そんな事があったんだあ、大変そうだねえ、で終わりです。でもそれが自分の住まう都や幾つもの都に関係のある事に繋がってしまったら自分の事として世界中が大混乱になってしまいますよね。それが大恐慌だったのではないかと私は思っています。あの巫の都のある世界は元々は私のいた世界の分岐した世界だと考えています。まず言葉が似通っていることです。突然あの世界に迷い込んでしまった私でも少し学べばすぐに覚えてしまうほどの似通りかたです。ただ大きな違いはドームです。私の世界にはあのような外界と遮断する物はありません。せいぜい家とかビル‥‥‥大きな建物くらいです。最初はドームにとても驚きましたが、外界がグルッと全て砂だったのでドームの必要性も理解しました。何より一番の違いは海がないことです。あの世界には水が圧倒的に少なすぎます。私のいた世界には海というとてつもなく大きな水たまりがあります。塩辛いんですよ。海以外に川という水が流れる道があります。これは塩辛くありません。雨という水も空から時々降ってきます。風は人工的ではなく自然と吹きます。あと苦手ですが多種多様な虫が存在します。いっぱいいます。いすぎて困るくらいいます。人にいい虫も悪い虫もいて、川や海には魚もいますし陸上には鳥も獣もいます。本当に種々雑多な生き物が溢れています。で、何が言いたいかと言いますと、元は同じ世界であっても大恐慌が起きた世界と起きなかった世界ではそれだけ違う世界になってしまうということなんです」
私が一度唇を舐めて口を落ちつかせた。そして再び口を開く。
「たぶんさっきのラウさんの言葉でも想像してみたのですが、これまでの私のいた世界でも大恐慌に近い戦争と呼ばれる出来事が幾度か起きています。それも地球上のあちらこちらで。きっとその時にも新しい世界が出来てしまっているのはないかと想像されてしまいます」
私は今度は唾液を飲んだ。ここにはお茶すらないので軽く喉の渇きを覚える。
「つまりこれが並行世界、パラレルワールドです。この程度では新しい世界は出来ていないと思いたいのですが、私がいた世界で私が有名人になる未来があったとして、あの世界での私は消えてしまうので、私が起こすはずだった未来が起きなくなってしまいます。そういった小さな事象が重なると大きな差異が起こってきます。私は飛来さんがあちらの世界から巫の都へ来た時の事を聞きましたが、その跳んだ瞬間はとても上手にウラさん達が調整したのだと思いました。大きな戦争‥‥‥えっと、住んでいる世界全てで諍いが起きていた争いがあったんです。その時に争っている相手から攻撃がありまして、それが当たる寸前に飛来さんは巫の都に跳ばされたそうです。たぶん飛来さんがその場からいなくなった事にその場にいた誰も気付かない状態のドサクサに紛れて跳ばされたんです。ここに来てラウさんのお話しを聞いて、ああ本当に上手に物事を動かしたんだな、と感心しました。飛来さんの感情とかは考えないこととしてですよ。それに対して私や今回の鷹様の時は、まるで手抜きなのでは?と不審に思えました。うまく説明できなくて申し訳ないですが、こんな感じが説明のひとつと言いますか、そんな感じです」
「‥‥‥‥‥」
まあ、分かるわけないわよね。言ってて私が分からないもん。
元の世界でゆっくりと覚えた知識だからSFの概念も分かるし、SFの父ジュール・ヴェルヌ様や小松左京先生や星新一先生、星の王子様を読み込んだ私と同じ理解をすぐに示せというのは無理な話しだとは私も思う。




