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蒼天のむこうがわ  作者: 天野未晴
蒼天のむこうがわ
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婚約式2

 こんなことを帝から言われてしまって、それこそ否やが言える剛の者はいないでしょうね、この中には。現に鷹様ですらなるほどという顔で頷いている。

 私としては帝が頑張ってくれたのはありがたいが、室内に一緒に入ってきた秘書官の疲れ切った顔を見て何事?と思っていたので帝の爆弾発言でこれが理由で原因かと分かって、その苦労を無しには出来ないな、と思ってしまった。

 鷹様が言葉を返してくれるかと思ったのに何やら考え込んでいる。私が返事をしたいけれど、これだけの大人が黙り込んでいるのに口を開く勇気がない。つい鷹様を凝視ししてしまう。

 すると私が見ている事に気付いた鷹様はハッと我にかえった。

「ああ、分かりました。ご厚意に乗っからせていただきたいのですが皆さんに異論はありますか」

 親の世代の方々はそれぞれ顔を見合わせてぼそぼそと話し合う。

 どうせ代替案なんてないはずだから賛同を示すだろう。要は話し合った風を装うパフォーマンスを見せているだけなのだから否を言うわけがないと思って見ていると、やはりお任せしますと帝に向けて一斉に頭を下げて見せた。それならすぐに返事をすればいいのにと思ってしまうが、親世代は納得していますと示して相手に見せつけないといけないと思い込んでいるらしい。本当に面倒くさい。

「ということらしいのでお願いしたいのですが、どこへ迎えば良いのでしょうか」

 鷹様が取り仕切る形で帝に水を向けると

「では御案内致します」

 と秘書官が先に立って皆を案内してくれた。

 ここにいるほとんどの人は場所を言われれば迎えるが、西橘家の方々はそういうわけにはいかなそうなので、先導していただけるのはとても助かる。ただし歩きやすい服装ではないが。

 私も行ったことのある斎の宮様の館。そこで婚約式が行われる。玉砂利をジャリジャリと踏みしめて、鳥居を潜り、館へ入ると障子が全部開け放たれていた。かなりの広さを感じる。

 秘書官に招き入れられて中に入ると中年の男性2人が広間の中央にいて、鷹様と沙羅様を指名して部屋の前の方へ連れて行き、残りの人は部屋の後方で待機する。

 それぞれの動きが納まった所へ部屋の右側から斎の宮様が入っていらした。

 鷹様はこちらから見て左側、沙羅様は右側に座るように指示された。

 そして宮様が向きを変え部屋の奥の祭壇のような所へ頭を下げる。

 小さな澄んだ声で2人の婚約破棄の文言を述べていると思われる。声が小さいので言葉が所々聞き取れない。ただ前に座る2人には聞こえているらしくて、2人同時に頭を下げた。

 それだけで婚約破棄の儀式は終了したらしく、沙羅様はもう1度頭を下げてから後方の待機組に混ざった。

 あまりに呆気なくて若干物足りないくらいだけれど、本人はけっこうサッパリした顔をしている気がする。それなら良き良きと思えてしまった。これまで長期間を我慢してきたのだから、そろそろ幸せになるといいよね。

 なんて1人で内心悦に入っていたら宮様の声で

「咲久良様、どうぞこちらへ」

 と呼ばれた。

 少し不安になって両親の顔をチラッと見てしまうと、2人も不安気な顔でこちらを見ていた。そしてお母様は大きく頷いてくれたので、私の気分も少し軽くなってしっかり頷き返して微笑んでから立ち上がって鷹様の隣の沙羅様の座っていた場所へ正座した。そして宮様へ深々と一礼した。

 宮様も私へ軽く返礼をしてくださってから祭壇の方へと向き直られた。

 私は祝詞を知らないけれど祝詞だろうなと思われる言葉を宮様が紡がれる。その中に2箇所ほど鷹様と私の名前が入っていることは分かった。私も鷹様も静かに頭を垂れて宮様の声に聞き入る。波のように穏やかな抑揚をつけられた言葉達は耳に心地いい。

 目を閉じていた私は気分は波間に漂っているみたいに体が揺れてしまいそうになってきた。なんだか催眠術というかトランス状態というか、そんな感じかな、とぼんやりと思った。

 ─‥‥夫と共に発ちたいか‥‥ ─

 と、頭の中に音だか声みたいな何かが響いた気がした。

 男性の声?かな?と思いながら、んー、そうだなあ、と考え考えしながら本気で考えた。

 んっとお、一人で行かせるのは見捨てるみたいでイヤなので、経験者の私が一緒に行ったほうがきっと楽しいし気楽ですよね。

 と思考を固める。それでもホワンホワンした気分が包み込んでくる。

 前の世界でも今の世界でも、鷹様より気が合って気づかってくれる男性はいなかったと思うのよね、どちらの世界も兄を除いて。

 下心のない男性はいないのかしらね、いないか。下心満載の男性にはウンザリするほど見たばかりだし、会ったばかりの頃の鷹様も妙に馴れ馴れしかった所があったし、そんなものなのかな。

 最近は逆に紳士的よね。何故かしら、嬉しいけれど。

 宮様の祝詞が終了したのと同時に、さっきの声みたいなのが、了承した、みたいな感覚がした。

 そっかあ、了承されたんだなあ、と不思議と納得してしまった。

 そして真実かまやかしの物か分からないけれど、何故かホッとしたので宮様に祝詞についてありがとうございました、と深々ときちんと手をついて頭を下げた。

 頭を上げた時、とてもすっきりした気分になれた。なんだろう、一仕事終わったみたいな感じでホウっと肩の力が抜けた。

 鷹様に促されて手をとられ、元の席に戻らせてもらった。何故か鷹様は横幅の広い私の着物を少し手で寄せて、自分の着物をササッと畳んで自分の面積を小さくして座った。

 祭壇の前へは沙羅様と敬様が新たに座った。先ほどの我々のように宮様に祝詞を上げてもらい始めた。

 鷹様はどうしてこんなに私にピッタリとくっついているのだろうか。ちょっと謎に感じたけれど、ふわっと右手が温かくなった。鷹様が私の右手をギュッと握っていたのだった。

 慌てて彼の横顔を見ると、ほんのりと微笑んでいて、もう何も言えなくなった。

 私は俯いて顔が赤くなったのを自覚した。なんか顔だけでなく温かくなってしまって自然と笑みを浮かべてしまう。

 あー、この人と婚約したのだな、とジワジワと胸の奥から何かこみ上げる物があって、気が付くと涙が浮かんできた。

 宮様の祝詞の最中に胸に起こった変わった声とか、色々と考えないといけないのは頭では理解しているのだけれど、とりあえず一段落したのだな、と思ったら気が抜けてしまった。なんとなく脱力感に包まれてしまう。

 これまでずっと走り続けて来たと思うけど、あと1年で結婚してしまう事が帝により決定したし、‥‥あれ?昨日そんなような事を言われたけれど、昨日だっけ今日だっけ?と、時間感覚まであやふやになってきた。

 なんだか視界がフワフワしてきたのは気のせい?宮様の祝詞が気持ちよくてまっすぐ前を見ているつもりなのになんだか少し斜めに見えているように感じる。なんでだろう、沙羅様達の背中が斜めから横になってきたような‥‥‥‥。

 

 気がついたら鷹司邸の自室に寝ていたのには驚いた。見覚えのある部屋だなあ、とぼんやりしながら視界を疑ってしまってキョロキョロと周囲を見渡してしまった。

 記憶を探っても宮様の所にいたのが最後だと思っていたけど。

 窓の外は暗いから宮様のお屋敷にいた時より遅い時間だと思われる。けれど、今は何日の何時?そもそも宮様のお屋敷で私は寝てしまったの?なんてことをしてしまったのだろう‥‥‥。

「気付かれましたかっ」

 足元の方から大きな声がした。

「ご気分はいかがですか」

 と美園の声が響いた。本人のシルエットも確認できた。

 部屋の中にぼんやりと灯りが灯った。美園が付けてくれたらしい。

「えっと、私はどうしてここにいるの?最後の記憶は宮様のお屋敷だったと思うんだけど」

 私が疑問点を口にすると、美園は

「少しお待ちください、皆様をお呼びして参ります」

 と言って部屋を小走りに退出して行った。

 皆様?てことは皆は1階にいるのね、ここへ皆様で押し寄せてくるのかしら。そもそも皆様って誰のこと?両親はもちろんよね。あとは鷹様くらいかな?一体何人を皆様と言うのだろう。

 妙に胸がドキドキしてきた。何に動悸がしているというのか自分で自分が全然分からない。

 なんて思っていると覚えのある複数人による足音がバタバタバタと響いてきた。

 入る!の大声が掛けられて、それだけで鷹様だと分かってしまった。それだけで心拍数が上がってしまったのが頬の紅潮具合と頭のクラクラ感で分かってしまった。

 あれ?今まではホッとして落ちついていたような気分だったのに、なぜこんなにドキドキが激しいんだろう。なんか胸がキュウっと苦しいような痛いような、うん、痛いかも。月並みだけど病気かもと思えるほど息を吸うのも辛いかも。

 やだ、私はご都合主義すぎるかも。まさか、この胸の痛みって、名前が分かると厄介なものだったりするのだったりして。

 イヤイヤイヤイヤ、それよりなんで今なわけ?

 始めは同情から始まったわよね。同情じゃないとか思い込もうとしてたのは認める。それがなんで今さら胸の痛みを感じるわけ?自分で自分が分からない。

 きちんと頭の中を整理しよう。都合が悪くても認めていかないと前に進めない。

 つまり、私は鷹司の家族にいいカッコをしようと鷹様への気持ちは同情ではないと言いました、と。確かにあの雰囲気ではそう言わないとお付き合いを許可されなかったとは思う。

 で、ついでに自分の感情もそうなるように抑え込んだ、と。恋愛未経験をいいことに。

 で、これまでに鷹様との記憶は楽しかったり嬉しかったりと直接的な感情も刺激され幸福を感じたことは間違いはない。

 が、そのあと2度も暴漢に襲われ、怪我は負ったけれど助けられ、気を失っている間に医務室に運び込まれたり、というのを人伝てに聞き、その場はそんなことがあったのね、と思ったけれど、今思うとかなり熱心に鷹様が助けてくれたり面倒をみてくれたり看病をしてくれたり、と至れり尽くせりとお世話になってきたわけで、どう想像しても密着していたはずで、火を噴きそうなくらいに恥ずかしい図が展開していたと思うわけで、そこまで想ってくれていたなんて今さら気付いても遅い状態で、本当に本当にありがたすぎる。こんなに想っていてもらえて当然の態度で受け止めていた私は傲慢で薄情としか思えない。

 ふと前の世界で人気のあったドラマの主題歌が頭に浮かんだ。

 好きだ 大好きだ ただ大好きなんだ

 この曲を聞いていた時にはなんでこの曲がそんなに刺さるとヒットしていたのか全然分からなかったのに、今なら分かってしまうかも。この曲に合わせて鷹様の顔を思い浮かべ、あの顔にあの声でこの曲を歌ってもらったら最高に感じてしまいそう。

 想像しただけで動悸が激しくなって、あ、耳が熱い。

 ああ、もう、つい今しがたまで誰かに特別な感情を抱く日が来るなんて思ってもみなかったからどうしていいか分からない。何より鷹様の顔を見てしまったらどんな表情を作ったらいいの?

 自分の顔が真っ赤になっていることは想像に難くない。だってこれまでの人生で人をきちんと好、好きになったことがないって自覚はあるもの。ずっと優しくてカッコイイお兄ちゃんに守られてきて、今も妻帯者なのに素敵なお兄様がいて、よそ見するヒマなんて全くなかったんだから、目の前のことに懸命になっていれば良かったんだもん。

 ああ、幸せな妹だったのがこんな時に仇になるとは思わなかった。男性への感情がここまで鈍かったなんて自分でも知らなかったのよ。

 さて、これからどうしよう。自分のベッドの上でモダモダと足掻いたり、ゴロゴロと何度も寝返りを打ちまくったりと縦横無尽に一人で暴れてはみたが、感情がそう簡単に落ち着くことはない。一人部屋だから出来ることではあるし、もし使用人の誰かでも来たら即座に変な人扱いされてしまうこと必然な奇矯を自分が披露している事は承知していたけれど、止められない。

 止められないけれど、真っ暗な部屋でふと冷静な自分が頭を擡げる。ここは2階よ。いくら頑丈な造りとは言え大人1人がベッドの上で暴れていたら下の部屋に全く響かないとは思えない。それとも私の知っているマンションの造りとは違うのかしら。

 確か下の階は誰かの部屋だったと思った。起こしちゃったかな、と心配になる。さすがに木造建売の2階建てよりはマシだろうけど、石?造りの家の音の伝わり方はどうなんだろう。

 散々暴れてしまってから少々頭が冷えてきた。遅かったけど。

 そこへ控えめにノックの音が響いた。ああ、やっぱり誰かが見に来てしまったのね。はあ。

「はい、どうぞ」


   

 








 




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