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蒼天のむこうがわ  作者: 天野未晴
蒼天のむこうがわ
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巫の都4

巫の都4

 物語の主人公って冷静なんだな、と感心する。                                     

 初めて会った人、初めて見た建物、初めて足を踏み入れる建物、周囲の景色、この人が悪人じゃないって誰が決めるの?

 次々に現れる物、人、ここはどこ?どこが終点?細かい事を観察している余裕がない。

 何に対してもビクビクとしてしまうし、身構えてしまう。

 でも現金な感性をしているなあ、と自分でも思うのは、相手が美形だと覚えやすいこと。

 服装や顔のパーツや、細かいことは情報量が多すぎて覚えていけないけれど、美形の人の顔と名前は一致するのが不思議。

 だから物語の登場人物が冒頭から冷静に観察して表現していくのは、素晴らしいとしか言いようがない。

 今だって案内された建物が和風の建築物なのは分かる。外は暗くて見えなかったけれど、内部の造りは昭和の田舎のようなイメージの平屋建て。茶色が主体の調度品に囲まれて、少し安心感を覚えた。

 制服を脱ぐのは心細くてイヤだったけれど、泥のついた服で和室で寛ぐわけにいかないから、用意してもらったこちらの世界の服に着替える。

 作務衣とは違うけど袂のほぼない服で、一人で浴衣も着たことがないから飛来さんに着付けてもらう。今まで知っている着物とも違うらしい。簡単だからすぐにおぼえられるわよ、と言われた。

 着付けてもらいながら、飛来さんが小林直子だった時のことを話してもらった。

 自宅が東京のど真ん中にあったそうで(ひょっとしたら麻布とか六本木とか皇居の近くだったらしい)、お嬢様だったようだ。

 話の内容は推測する部分も多かったのだが、第二次世界大戦末期の東京大空襲の日ではないかな、と思った。

 たしか昭和20年3月10日って歴史で習った気がする。

 戦況の悪化は目に見えて加速していて、地方へ疎開していたそうだが、万が一にも東京に空襲が起きたらいけない、と自宅にあった家宝のようなものを疎開先へ避難させようという話になり、姉と二人一度東京へ戻ったそうだ。

 ここで私の頭にはハテナマークが浮かんだ。今が何年で、東京大空襲から何年だっけ?

 …………とりあえず疑問は一旦置いておくことにする。置いておかないと私の言動が破綻しそうな気になった。

 そして飛来さんの話が衝撃的だった為でもある。

「あの日、汽車で早朝に東京に着いて、お昼前には家に到着し、翌日の汽車に乗るために持って行く物をまとめて、ほとんど食べる物もなかったけれど井戸から水は確保しておかないといけない、と水汲みに行ったところで空襲警報が鳴ったの。もうすぐ暗くなるところだったわ。始め遠くで、すぐに近くでも鳴りだして、でも自宅の上空の見える範囲にはB29がいなくて、家の灯りを小さくして姉と二人で、今夜はこっちまで来ないといいね、なんて話してたのに、真夜中に来たの。空襲警報で飛び起きて、でも家の上空には機体が来ても爆弾は落とされたことがなかった。なのにあの日は男の人の叫ぶ声まで聞こえ始めて、何ごとかと外へ出たら近所の人が浅草辺りが火の海だって捲し立てて、怖いけどどこへ逃げたらいいのか分からなくて、近くでも空襲警報が鳴り響いてて、気が付いたら何機も飛行機が見える範囲を飛んでて、あっちもこっちも飛行機だらけで、田舎にいたからこんなの見たことがなくて、記憶にない光景になってて、怖くて…………」

 飛来さんはその情景を思い出したのか自分の両肩を両手で抱きしめて身震いする。

「まさかそんな事になるなんて思っていなかったから、家の中に荷物を置いて来ていたんで取りに戻って、とにかく逃げようって姉と家を飛び出したんだけれど、玄関の上がり框で姉が足をひねってしまって。痛くて動けそうにないんで足首を固定できるものがないかと包帯と添え木になるものを探しに戻ったの」

 私は両手で口を覆った。

 教科書でしか知らない東京大空襲は凄まじいものとしか知らない。きっと僅かな時間差が生死を分けるのではないだろうか。

「慌ててるから手間取っちゃったのよね。納戸から手ごろな木を引っ張り出した時には姉が大声で叫ぶ声が聞こえて、急がなくちゃと思って玄関へ向かったのに、居間から火が噴き出してきて竦んじゃって。私の前に天井が燃えたまま落ちてきて前を塞がれて」

 私はヒッと息を吸ったまま両手で口を塞いだ。

 飛来さんは唇は笑みの形にしたまま目は炎を見ているようで、心はここになさそうだ。

「体が竦んでいる時に近くで何かが弾ける音がして目をつぶってしゃがみこんで、急に静かになったと思って目を開けたら洞窟の中で倒れていたみたい。洞窟の出口のすぐ側だったせいで、夕暮れの橙色が怖かったわ。家が焼けて炎が迫っている色と区別がつかなくて。何がなんだか分からなくて動けなくて、木材を抱いたまま一晩過ごしたの」

 シンと静まった部屋の中で、私は思いっきり固まっていた。

 私の着替えは済んでいたけれど、聞いたばかりの話の衝撃に身動きすることも難しかった。

 とにかく混乱していた。

 まずさっきも沸いた疑問。東京大空襲が最後の記憶の人の外見が50代って何?あれから70年以上経っているのに変じゃない?

 まあ、これは置いておこう。たぶん疑問なのは私だけで、この世界の人にはあずかり知らない話だろう。

 次に、かつての記憶に捕らわれている人に敗戦の話をしても大丈夫なものだろうか?だって疎開先には親戚とかもいて、何より残してきたお姉さんの安否が気掛かりなはず。きっとこの人の中では昨日の出来事のように大切な記憶だよね。

 現在の家の事とか聞かれても分からない事だらけなんですけど。

 正直、困った、としか言えない。

 私にわかる事なんて教科書に載っていることと、テレビでやっている戦中戦後の特集くらいしか分からない。

 ダメだ、分からないものは分からない。落胆させる事柄だらけで申し訳ないけれど、正直に分かる事だけを話そう。飛来さんにとっては良い話ではないほうが多いと思うけど。

 妙に期待した視線を注がれて、耐えられずに口を開いた。

「あの、戦時中の事は本で読んだことくらいしか分からないんですが、ひどい状況だったらしいですね」

 お定まりの言葉しか頭に浮かばない。こういう時の適切な言葉はあるのだろうか。

 私のとまどいなんて飛来さんは軽く吹き飛ばして、急に笑顔になった。私の服のお腹の辺りを掴み、見上げてくる。

 彼女の身長はやっぱり150センチくいらいみたい。

「戦争が分かるの?飛行機やB29が分かるのね?」

「は、はい。飛行機は乗った事がありますが、B29は映像では見たことあります」

 飛来さんの迫力に気圧されて、返事と共にブンブンと頭を縦に振る。

「分かってくれる人いたあぁぁぁ」

 飛来さんの目にぶわあっと涙が溢れて、こっちはギョッとする。

 初対面の親世代の人の昔語りを聞くのが私ごときで大丈夫なのだろうか。

「ここの人たちね、戦争って分かってくれないのっ」

 飛来さんの叫ぶ声に、色々と鬱憤というか彼女の溜まっていたものを想像できた。


 


 


  

最近、救急車が良く外を走っています。ニュースでは良くない話が多くて、救急車のサイレンも聞くたびに怖くなります。長男が東京に仕事に行っているのですが、電車混んでるよお、と緊急事態宣言ってなんだっけ、という光景に毎日合っているそうです。会社がリモートにしていいって言ってくれないんだよねえ、と本人は渋々通勤していますが、中には先輩でリモートは耐えられないから会社行きたいっ、と愚痴ってくる人もいるそうで、代わりたい、と今日も玄関を出て行きました。


どうか今日も何事もなく帰って来てくれる事を祈る日々です。

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