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蒼天のむこうがわ  作者: 天野未晴
蒼天のむこうがわ
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巫の都2

巫の都2

 真夏でない夕暮れは気温がどんどん下がってくる。

 焦りもどんどん募ってくる。

 もうダメだ、とカバンを右手でしっかり持ち、何かに押されるように一歩を踏み出した。

 サクッと草を踏みつける。

 サク、サク、サクサクサクサクサク……………。

 洞窟から続く斜面を下り始めた足は、もう止まらない。

 山と思われる新緑の中を木々を抜けながら走り始めた。

 ローファーは脱げそうで怖いが、意外と頑固に足に張り付いていてくれていて、木や草が猛スピードで近づいては後ろへ流れていく。

 道なき道を走るのなんて子供の頃以来よね、と思考は呑気にでてくるが、実際は一面に生えている草が靴下を貫通してグサグサと刺さってきて痛い。

 しかも草が滑りそうで少し歩調を緩めたいのに、足は止まらないし、迫る夕暮れは恐怖だし、気持ちは焦る一方だし。

 足が速いとは言い難い私でも、ここで暗くなられたら今度こそ泣き叫んでしまうかもしれない。

 心臓と肺が悲鳴を上げているけれど、タイムリミットを意識したら速度を緩める事はできなかった。

 下手に谷部分にいると野生動物と遭遇するとか聞いたような気はするけど、だからといってあの洞窟の傍で夜明かしするのが安全だなんて思えない。

 でもこの先はどうなってるの?人里があるなんて都合の良い事がある……わけないよね。

 でも緊張に次ぐ緊張で、体力も精神力も限界。

更に考える余力がどんどん削られている。

 惰性で走っているのは良くないのは自分でも良ーく分かってる。

 でもね、今さら止められる足じゃないんだよお。

 と泣き言を脳内で叫んでいるうちに、山の傾斜が緩くなったように感じてきた。

 着地する一歩も大股にならなくなったし、飛ぶように走る事が難しくなる。

 木々の間隔があいて来たのを視覚として確認し、周囲を見る余裕がでてきたところで唐突に視界が開けた。

 傾斜もほぼなくなり、ガクガクしてきた足をいたわりつつ、キョロキョロとあちこちを見回しながら歩く。

 足にキテルなあ、とヒザが笑うのを実感はしているけれど、かなり夕闇に近いので足を止めずに勘だけを頼りに何か目印になる物を探す。

 こんな道のない所に標識は期待できないけれど、家とか何か、人に繋がる情報が欲しい。

 どうか日本であって下さい。せめて紛争地帯は勘弁してほしい。こんな無防備な制服で闊歩している状況で襲われたら、考えるのもイヤなんだけど。

 何気なく左へ視線をやって……………何、これ。

 繭玉を巨大化したような形状の、光沢のある乳白色の………これ何。

 閃いたのはUFO。もっとずっと大きなのはテレビで見た気がする。

 フラフラと球体に近付く。

 丸い物って恐怖心を鈍らせると思う。目の前で見ると、柔らかい色合いが衝撃に次ぐ衝撃に疲弊しきっている神経と眼には心地いい。

 怖々と手を伸ばし乳白色に触れる。

 金属のように硬くなく、ほんの少し弾力がある。

「はあ。何これ」

 お。やっと声が出た。

 状況は全く改善されたわけではないけど、この丸っこいフォルムのおかげで少しだけ肩の力が抜けた。

 癒される感触が欲しくて、球体をナデナデする。

 こうして落ち付いてみると、いかに神経が毛羽立っていたのか分かる。

 ほうっと小さく吐息をついて、癒しの大切さを実感しつつ、このあとどうしようか、と考え込む。

 けっこう暗くなってきていて、闇雲に動き回るのも危険なのも分かる。

 おそらく人工物だろう癒しに安心感を覚えてしまうと離れ難い。

 野宿はイヤ。野宿はイヤ。そうは思うけど、人生初めての野宿は、なんだか分からないこの楕円形の傍がいいかも。

 諦め半分に思ったとき。

 カタン。

 左か後ろから音がした。

 パッと振り返ると左後方に黒い大きな影。―――――建物?

 規則的に砂利を踏む音――――――人が近づいてくる?

 こちらに向かってくる人影を視認した。

 うつむいているらしく顔は見えない。考え事をしている?全くペースを崩さずに人影は近づいてくる。

 私ときたら、また声がでなくなってしまった。息をすることすら潜めてしまう。

 自分から声を掛けるべきなのは頭では承知しているのに全身が固まってしまう。

 頭と体の動きは別なんだな、と改めて分かったけど、そんな呑気な頭の働きより恐怖心の方が上回った。

 と、人影が顔を上げた。こっちに気付いた。

 人影の歩みが速くなる。

「お前、そこで何をしている。許可なく日没後に訪れていい場所ではないと知らんのか?おい、なんとか言わんか……」

 怖くて凍りついている私に、人影はおじさんの声で怒鳴りながら目の前に立った。

 おじさんは言葉を切って、私をジロジロと見る。

「ひっっ」

 私からはおじさんがきちんと見えないうちに、おじさんは変な声を上げて踵を返すと、うぎゃあああ、ともなんともつかない叫びを上げながら建物の方へ向かって猛ダッシュした。

 なんだか良く分からないけど、要は私を見て悲鳴を上げ、逃げ帰ったということ?いいトシのおじさんが?

 イラっとした。

 そりゃ、この丸々に勝手に触って悪かったわよ。

 だからって女子高生を見て悲鳴をあげるのはひどくない?怒鳴られて怯えていたのはこっちなんですけどって、まあいいや。

 この現状をなんとかするためには、おじさんより建物らしきシルエットよ。

 すっかり暗くなってしまったのでぼんやりとしか見えない黒い影は、日本家屋?

藁ぶき屋根の日本家屋に思えるけど、ここは日本でいいの?

 突然、建物に明かりが灯る。

 ああ、やっぱり昔ながらというか、田舎というか、日本家屋だあ。

 ホッと胸を押さえるのと同時に、一体どこへ飛ばされたの?と疑問が膨らむ。

 気温が急に高くなったから外国だと思ったし、この丸々とした乳白色の楕円体も外国のオブジェかな、とも思えたんだけど。

 あれ?でもおじさんは日本語喋ってたよね。たしか。

 んー、なんかゴチャゴチャになってきた。

 こうしていても仕方ないよね。怖いけど誰かに説明してもらうか、ラッキーなら保護してもらえるか。

 建物におじさん以外の誰かがいてください、と祈りつつゆっくりと一歩を踏み出す。

 二、三歩歩いて分かったのは、地面は土に小石がゴロゴロしているみたいで、ローファーでは歩きにくい。

 建物からの弱い明かりを頼りに足元を確かめながらゆっくり歩く。視線をしたに向けていたら建物の変化に気が付かなかった。

 声がした気がして、パッと足を止め、顔を上げる。

「……………」

 建物の入り口に立った人影は、明かりを背景にしているので人相は良く分からない。

 そのシルエットは男性?少なくともおじさんじゃないと思う。

 ただ、なんて言葉を発すればいいのか、頭が白くなる。ハワイユーじゃないし、こんばんは?なんて言えばいい?ここはどこ?何から問えば私は怪しいものじゃないと分かってもらえる?

 すると、コホン、と咳払いのあと、低い穏やかな男性の声が響き始めた。

「ここは巫の都です。あなたはどちらから参られましたか?言葉は分かりますか?今宵お休みになる場所の心配はいりません。安心して、どうぞなんでもいいです。お話しになってみてください。こちらはきっとお手伝いできることがありますよ」

 その男性の声は安心感を覚えるもので、不安でいっぱいの私をすがりつきたい気持ちにさせる。

 そして頭をよぎったのは、これは異世界パターンだな、ということ。

 言葉が通じるのは有難いけど、色々と違和感があり過ぎる。

 そもそも、かんなぎのみやこ?って何?地方のテーマパークじゃないよね。

 うん、分かってる。現実逃避している場合じゃない。

 この人に敵意は感じない。

 せっかく友好的に声を掛けてくれているのだから、頼らないともったいないのも切実に感じる。

 人攫いでないことを切に願う!

「あの、えっと、言葉は分かります。なぜだか突然、この山の上のほうにいて、どうしたらいいのか困っていたと………」

 建物の入り口に複数の人がいたことには気づいていたけれど、そのうちの一人がいきなりダッシュしてきた。

 私はギョッとして二歩後退った。

 小柄なその人はかなりの勢いのまま私へ突進してきた

 それでなくても危うい足元なのに、いくら小柄とはいえ人間一人を正面から抱き止めるのは山下りでガクガクの足にはキャパオーバーだった。

 そのままバランスを崩して後ろへ倒れこむ。

 周囲がスローモーションに感じられて、このまま二度目の異世界転移か転生かになっちゃうの?と冷静なのが自分自身でも気持ち悪い。小石で後頭部陥没なんてカッコつかないな。

 そんな事を思い浮かべた所へガクンと衝撃がきた。

 地面との激突に備えてギュッと閉じていた目を、そおっと開ける。

 背中から胸にかけて回された腕。背後から覗き込んできた美しい人。

 光の加減で相手の顔がハッキリとは見えないけれど、突然現れた美人はどアップなだけに美人なのは間違いない。男女も分からないけど。

「お怪我はございませんか」

 中性的なハスキーボイスを耳元で囁かれたら頭がクラクラした。

「は、はい……たぶん」

 かなりよそ行きの高めの声で応じてしまった。

 でも、甘い雰囲気にはならなかった。

 私の胸の上で、何かかなりの質量のものがプルプルと震えている。

 その震えているものを、渋い声のおじさんが持ち上げてくれて、やっと胸も体も軽くなった。


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