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蒼天のむこうがわ  作者: 天野未晴
蒼天のむこうがわ
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巫の都 かんなぎのみやこ

巫の都 かんなぎのみやこ1 

「ん………さむ」

 固い凹凸面に顔が当たっていて、とても気持ち悪い。

 ひょっとして意識がなかったのかなあ、と頭の片隅をよぎるのを無視して、そろそろと慎重に上体を起こしてみる。

 目をギュッとつぶり、次にしっかり大きく開けた。

 周囲は変わらず暗い。

 自分としては間違いなく目を開けているのに、こういうのを漆黒の闇というのかも。

 暗闇は苦手なのよね。寝る時も豆球がついてないと熟睡できないの。

 当然、この状態は泣き叫びたいほどイヤなんだけど。上からは何かが落ちてくるかもしれないし、下からは何が這っているかも分からないし、そんな想像力もないわけじゃないんだけど、少し前に起きたであろうショックに神経が麻痺しているらしい。

 とりあえず立つ事にする。天井が低いといけないからゆっくりと腰を上げ、手が触った学生カバンを頭の上に掲げる。

これで天井に直接頭が触る事は免れると思う。

 へっぴり腰からゆっくりと立ち上がり、天井には触れない。試しに精一杯カバンを上で振り回してみたけれど、何もなかった。

 体の左右、前後とカバンで探るけれど、やっぱり手応えはない。かなり広い空間か通路?

 靴が床をこすってザリッと小さい音がしたら、微かな反響が聞こえた気がした。

 足を前へズリッと動かす。

 ちょっと待て。体の前面が行きたい方向とは限らない。

 方角を確認しなければ、とその場で1回転してみることにする。

 まず立っている所を靴先で掘って起点を付けないといけないんだけど、これが想像以上に大きな音が立って怖い。

 何がいるか分からない闇の中なんだから、慎重になるのは当たり前なんだ、とビビッてしまう自分を無理矢理動かす。

 床は土らしく、掘ろうと思えば傷くらいはつくらしい。靴先でほんの少し傷らしきものを頑張ってつけた。

 手汗、額の汗、背中の汗、ここまでで汗をかいてない所が思いつかない。

 体感の気温はそんなに高くないと思うけれど、そんなの考えていられない。

 床の傷をもう一度確認し、そこを起点に少しずつ少しずつ足の位置を動かす。360度を脳内に描きながら足の角度をジリジリと開いていく。

 先に右足を30度くらい動かし、左足を揃える。

 闇は変わらないけど、回転はしているはず。また右足をずらし、左足を揃える。また右足をずらし、左足を揃える。

何か視界に変わった所はないか、盾がわりに顔の前に固定したカバンの影から必死に目を凝らす。

 ザリッザリッと音をたてながら、五回目に足を移動した時、本当に小さな星明かりのような物が見えた気がした。

 そこに焦点を合わせて、ジッと目を眇める。

 ―――アレは何?さっぱり分からないけど、何かはある。

 見失うのが怖かったけれど、他に何かないかともう少し回ってみる。

 一周したかな、と思った頃に、再びの星明かり。

 アレしかないならアレを目指すしかない。

 決めたら、いつまでも留まりたい場所ではない。

 一歩、一歩、一歩、一歩。

 進み始めたら気が急いてくる。

 タタ、タタタタタタ………。

 気がついたらカバンの取っ手を握りしめて、大手を振って全力疾走していた。

 激しい呼吸音があちこちから覆いかぶさるように全身にまとわりつく。

 当然だけど、全力で走るなんて長続きするわけもない。

 ゼイゼイと肺を酷使して歩く事になったけれど、歩みは止められない。

 だって、星明かりは少しずつ大きくなってきた。

 やっぱり、こっちが私の前方なんだ。

 行先がはっきりすれば、俄然やる気が出てくる。

 たとえ不安に押しつぶされそうな闇に囲まれていても、その先の想像が全くつかなくても、とにかく無心で走る。もしくは歩く。

 そして、大きくなり始めた星明かりは豆球から白熱球サイズになり、色も白や黄色から橙色が混じってきた。

 橙色を認識した頃には満月の大きさになり、周囲も洞窟?と思えるくらいには壁や床の土の様子が見えてきた。

 洞窟らしくないのはこの通路が一直線なこと。普通は曲がりくねるものじゃない?

 壁や床にはやはり凹凸があり、でも生命のように動くものは視界に入らなかった。

 で、ここまでくれば肺と体力の限界も分かっているんだけど、焦る気持ちも半端ない。一瞬でも早く外の世界の空気を味わいたい!

 上がる息と苦しい胸と、別な意味で苦しい胸と。

 なぜか泣きたくなってきて困る。

 早歩きにしか見えなかろうと本人的にはダッシュの心境で、涙が盛り上がり、鼻水が出そうになっても、どうせ誰が見ているわけでもないのだからと歪んだ視界を無視して………。

 ――――次の瞬間、目が眩むような光の中にいた。

 はあ、はあ、はあ、と自分の呼吸音と鼓動の音がうるさい。

 涙と鼻水をグイッと手で拭って、疲れきった足を止めた場所を確認する。

「……………」

 もう一度、手で目をこする。

 ――――――もう一度、こする。

 目をこすっちゃいけません、は小さい頃からお母さんに良く言われたけど、これは私の目がおかしいんだろうなあ。

 一度目を閉じて、大きく深呼吸をする。

 それから意を決して再び目を開ける。

「……………」 

 はあ、と大きくため息をついた。

 ここの所の青の夢は、なんか変なことに巻き込まれる予兆かな、と思わないわけではなかった。

 でも、他にはこれといった事もなく、そのうちに慣れてきていたのも事実で、いきなりのこれはなんだろう。瞬間移動か何かなのかな。

 駅のホームから洞窟で、ここはどこ?

 日射しは夕暮れで、洞窟を出るとそこは山の中だった、みたいな。

 落ちつけ、落ちつけ、と自分に言い聞かせながら辺りを見回す。

 広葉樹らしい木が何本も立ち、それに黄緑、若草色、柳色、浅緑、若竹色などの新緑の葉を茂らせている。

「……………」

 ついさっきまで過ごしていた三月二十五日は、枯れ木に葉っぱらしき黄緑がポヤポヤと出ている木もある、という程度で、春真っ盛りにワサワサと葉が自己主張なんてしていなかった。

 気のせいでなく気温も高い。

 洞窟で冷やされ、冷や汗、油汗にまみれ、その後に全力疾走という寒暖差が滅茶苦茶な状態を経過してきて、自分の感覚が多少おかしくなっている気はする。

 でも、この山の中は上着なしで過ごせる。

 そのうえ足の周りは足首を越える丈の雑草。

 剥き出しの土にわずかに生え始めた数少ない雑草の儚さとはアピール具合が違い過ぎる。

 ………ここは日本じゃない?

 見覚えのある草と、見覚えのない草と。

 緯度が違う国かもしれない。

 自分でも驚くほど冷静に分析できていると思う。

 なぜなら、最近のお気に入りの読書ジャンルは異世界物、転生物。少なくとも見渡す限りにありえない色の葉や自らの意思で動く植物は見当たらない。空は綺麗な夕暮れだし。

 ということは地球は地球だと思う。

 少なくとも屈強な兵士に囲まれたり、猛獣が襲って来たりなんて状況よりはマシかもしれない。

 そう思いたい!

 だって、今が夕暮れなんでしょ?もうすぐ夜なんでしょ?

 なんの装備もなしに野宿?

 勘弁して!

 途方にくれている場合じゃない。

 太陽の傾斜は目に見えて大きくなり、悩んでいる暇はない。

 風がザっと後ろから吹き抜けた。

 後ろと言えば洞窟しかなく、振り向く勇気がないのでカバンごと自分の体を抱きしめる。

 ぶるっと鳥肌が立って身震いする。寒気もしてきて足からぞわぞわが這いあがる。

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