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蒼天のむこうがわ  作者: 天野未晴
蒼天のむこうがわ
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東の3位・鷹司家2

東の3位・鷹司家2

「はい、ありがとうございます。お世話になります」

 と、なんとか笑みを浮かべる事に成功した。

 東之條家のお屋敷も広くて立派過ぎたけれど、ここも違うタイプで立派過ぎる。こんなに素晴らしいお宅のお嬢様になれと?────ムリじゃない?

 夕べもおば様達が鷹司家には勝てそうにない、なんて言ってたけれど、今ならそれもわかるなあ。さっき空から見た時も大きなお屋敷は数えるほどしかなかった気がする。

 その中でも異様を放つお屋敷のここは、この都でも上から何番目かの有力な家柄なのは素人目でも分かる。

 その看板を背負う勇気がないといけないのよね、厳しいなあ。

 とにかく笑顔を貼り付けて鷹司様を見送る。

 今朝決まった緊急招集だとかで、これから参内しないといけないのだそうだ。

 だから正装だったのね、と見送る中を颯爽とコフに乗り込む後ろ姿を見送る。

 エンジン音もなくあっさりと浮上したコフへ、私達以外の使用人さん達も共に頭を下げた。

 見送ってから華菜子様が私を振り向き、

「さて、邸内を案内するより先に着替えてもらいましょう。沙羅達もいいわね」

 と楽しそうに家政頭さんを手招きする。

 雅克さんは、私は他の準備があるので、と言って使用人を何人か連れて行った。

 早い展開に驚く私は、沙羅樹様達と一緒に華菜子様と使用人達にせきたてられて、廊下の装飾を見る余裕もなく一階の奥の部屋へ連れ込まれた。

 その部屋は分厚いカーテンが引かれた広い部屋で、ほんのりとした灯りに照らし出されていた。なんと掛けられた布地だらけで。

 何列もの布の列がギッシリと並んでいる。それを使用人さん達が見やすいように部屋いっぱいに広げていく。フローリング?の床を滑るようになめらかな動きで動くので布地の下に車輪でもついているみたい。


 そして次々に列を覆っていた布が取り払われる。

「わあ────」

 つい声を上げてしまった私と、さほど驚かずに目を見開いた沙羅樹様。

 それくらい色とりどりの洪水が部屋に溢れた。 

 色もデザインも豊富なドレスに大概の女の子は目がキラキラして当然で、冷静そうな純玲様も目を見開いている。 

「さあ、軽く採寸させてくださいな。それから衣装を選びましょう。どなたも素敵ですから映えますわよ」

 華菜子様の言葉を皮切りに、メイドさん達が一斉に襲ってくる。されるがままになりながら華菜子様が家政頭さんに

「娘が一度に増えたみたいっ」

 とはしゃいだ声をあげていたのが耳に残った。


 ドレスに免疫のある私はメイドさん達と相談しながら薄い生地を重ねた杏色のドレス。

 沙羅樹様はご自分のお色の緋色に近いフリルたっぷりの物。

 純玲さんが難関だった。

 自分ごときが、と固辞しようとするのを沙羅樹様が一睨みで黙らせる。

衣装選びに移ると、こんなに派手な服は御容赦下さい。もっと地味な装飾になりませんか。だのとメイドさんを困らせる困らせる。

 ついには髪のセットに入った沙羅樹様が華菜子様にお詫びするに至って、華菜子様が一着を取り出し、これが良いでしょう、と純玲さんに付いていたメイドさんに押し付けた。さすがの純玲さんも華菜子様推奨の一着にはゴネる事も出来ず、メイドさん達の本領が発揮される。あっという間に着付けが進み始めた。

 私のストレート過ぎる髪に手こずっていたメイドさん達は、こうするといいのよ、と華菜子様が手ずから示して下さった少量の髪を小まめにとめていく為の小さなクリップに感動して、格段に手つきが変わった。

 巻き髪なんてしないけれど、ゆるく盛ってもらってドレスを着せてもらう。

 沙羅樹様とほぼ同時に出来上がって、お互いに見せ合う。

 可愛いと自画自賛しあって、当人達とメイドさん達は満足顔だ。

 発案者の華菜子様はやはりサラサラ髪の持ち主で、私以上に手こずらされている純玲さんの髪と取っ組み合っている。

 ふだんおめかしをしない純玲さんが素材になっているのが楽しいらしく、沙羅樹様はニヤニヤとその光景を眺めている。

「沙羅樹様と純玲さんお付き合いが長いんですか?」

 慣れ親しんだ間柄に見えるので、かなり長い期間を共にしているのだろうな、と推測はされる。どのくらいの距離感を保てばいいのか分からないので聞いてみる。

「そうね、物心ついた時には世話されていたわね。何をやらせても器用だし、気が付いたら武芸は習っているし、人の世話は焼いても人に世話されている所は見てないのよ。だから貴重よ、こんな姿。私は初めて見たわ」

 純玲さんから目を離さずに胸の前で腕組みをする、なんて格好をした沙羅樹様は、ふふん、と軽く胸を反らした。

 ふむふむと頷いていた私へ、突然沙羅樹様の矛先が向いた。

「そうよ。あなたに夕べから言おうと思ってたことがあったんだったわ」

 ガッと両肩を掴まれて、顔をかなり寄せられる。

「名前は沙羅でいいわ」

「──はい、沙羅様」

「そんなにかしこまらなくていいわ、あなたはそのままで。逆にこんな所に染まってしまわないでいてもらいたいの。華菜子様は別だけれど、それ以外の貴族階級なんてロクなのがいないもの。一人くらいは可憐で清純な花がいてくれないと、出仕なんて地獄よ。男性でも面倒事が多いらしいのに、女性なんてどんななのか想像するだけでゾッとするわ。主に人間関係ね」

 本当にイヤそうに沙羅様は顔を顰めた。

 これは簡単に想像がつく。女性同士の嫌がらせとか、足の引っ張り合いとか、悪口とか。

 こういうところは異世界でも異次元でも別世界でも人間臭いなあ、なんて感じてしまう。けど不要なトラブルはご免こうむりたい。

「あら、あなたヒトゴトなんて思ってないでしょうね」

「──はい?」

 沙羅様がジト目で私を見上げてくる。

「あのね、16って言ったわよね。ここでは15歳になったら働かないといけないの。いま働いていないあなたは、至急勤務先を決定しないといけないわけ。分かる?」

沙羅様に凄まれている。

「えっと、はい。たしか東様からそんなを聞いた気がします」

「でしょうね。とは言え昨日の今日でここの事も分からずに働きに出ろ、というのはいくらなんでも非道でしょう。だから、あなたの様子次第で来月あたりからどうか、と上が考えているようなの」

 来月?来月って、そもそも今月は何月何日で一か月は何日あるの?

 なあんにも分からないのに計画だけが進んで行くのは怖い。

 とにかく分からない事は一つずつ潰そう。それっきゃない。

「あの、すいません。基本的な事を教えて下さい。今日は何日で、一か月は何日ありますか?」

 室内にいた人達の目が一斉に私と沙羅様に向く。

 私は何か変な事を言った?

「あー、そうね、悪かったわ。そんな基本的な事も分からないのに次から次へとこちらの都合ばかりだったわね。今日は五月二日。一ヶ月は約30日。今までと違う?」

「いえ、たぶんほとんど同じです。暦ってあります?見せていただけたら確認できて助かります」

「いいわよ、あとで渡すわね」

沙羅様はニッコリと満足そうに微笑む。

 東之條での沙羅様は怖い顔か無表情が多かった。今はどう見ても楽しそう。

 んー、自宅よりリラックスしているのって謎だなあ。まあいいか。そのうち分かってくるでしょう。

 それより、今後に関わってくる事を確かめなきゃ。

「あのー、聞いていいですか?」

「どうぞ。どうせあの両親ではまともに説明できてないでしょう。なんでも聞きなさい」

 14歳とは思えない貫禄に感嘆しかない。自分と比べてしまって少々落ち込みたい。

「ありがとうございます。あの、姫とはどういう方が呼ばれるんですか?昨夜も何人かが沙羅様の事を呼んでましたよね」

 沙羅様の顔が苦々しいものに変わる。

 しまったなあ、この話題は禁句なの?と思ったけれど言ってしまったものは戻らない。

「そうなんだけどね」

 沙羅様の顔は渋いのに声はそれほどでもない。

「本来は帝の御子である皇太子殿下以外の親王様を皇子、内親王様を姫と愛称として親しい者がお呼びする呼称であらせられます。名前の文字数の話しは聞いた?」

 私が首をブンブンと横に振ると、沙羅様は大きく溜息をついて話しを続けた。

「皇家の直系の方、およびその直接の血族、つまり子供ね。それと東西二家の直系とその血族。つまり私なんかよね。その辺りが三文字名なの。二文字名は普通の人々。一文字名は犯罪者」

「犯罪者?」

「そう、犯罪者。たとえば私だと、そうねえ、沙羅樹を変換して……」

「沙羅様!」

 純玲さんが叫んで立ち上が……ろうとしたのを、周囲の5、6人で押さえつけて再び座らせた。

「もう。あなた待ちなのだから動かないでちょうだい。言いたい事があるなら座ったままでも言えるでしょ」

 と華菜子様に言われてしまえば純玲さんも、申し訳ありません、と従うしかないが、小声で反論をしてきた。


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