修了式
修了式
真由と知り合ったのはお互いが小学校1年生のとき。当時は知る由もなかったが、周囲では知らない者のいない大豪邸のお嬢様だった真由と気軽に遊ぶ約束をし、車で送迎をされて、母と二人で緊張しきっていたことを覚えている(お母さまもどうぞ、と言われた)。
ある程度の年齢になったら不思議に思えたのが、なぜお嬢様の真由が地元の公立小学校に入学したのかということ。普通は有名私立学校でエスカレーターで進まない?
呑気な私は本人に直接聞いてしまった。
真由によると、幼稚園児だった頃、見知らぬ大人に理由が良く分からないプレゼント攻撃にあったり、にやついた顔のおじさん達やお化粧お化けのおばさん達に褒め言葉攻撃にあったり、など、精神的にダメージを受けてしまったそうだ。
心配した真由のご両親は偉い人達に相談し、誘拐対策等々の対策を立てて、公立の学校へ通うようにしたらしい。
今は優秀な弟達が気持ちの悪い大人の対応を引き受けてくれているのだとか。素晴らしい弟君たちだ。
こうして小中学校と穏やかに進み、高校も同じ所を受験するほど仲が良かった私達は、高校に入学して驚いた。
なんと二人で同じクラスになれた上に、中学1年生で転校してしまった加藤孝彦君と高校どころか同じクラスになれたのだ。
彼は真由の思い人で、もう会えないかも、と諦めていたのが青天の霹靂。正に天にも昇るほどの喜びに歓喜しまくった真由と一緒に、真由の家でかなり派手に踊りまくった。お手伝いさん達が慌てて止めに入るほどに。
あれから1年。やっぱり加藤君が好き。という真由は明日告白しようと決意している。
わが校は学年が上がるごとにクラス替えがある。
つまりこのクラスは今日限りであり、春休み後はクラスがシャッフルされてしまう。
体育祭も学園祭もチームワークが良く、とっても楽しくてノリのいいクラスだった。
クラス替えを残念に思っていたのは私達だけではなく皆もそう感じていてくれていたようで、お祭り好きの我々は明日テーマパークへ遊びに行く計画をたてた。
とっても楽しみだね、とクラスメイトと言い合って、じゃあ明日ね、とそれぞれの家路につく。
同じ路線で帰る真由と電車を待ち、明日のスケジュールを確認しあう。
それぞれの家の車で待ち合わせ場所に集合するという、恵まれた条件の私達は、真由はもちろん運転手さん付きの車で。私は既に春休みに入っている兄の車で送ってもらう。
「起きれるか自信ないよ」
とぼやく真由は、かなり寝起きが悪い。お手伝いさんが起こしてくれると分かっていても、できれば手を煩わせたくない年齢ではある。自力で頑張る、と本人も張り切っている。
というわけで、成績にも問題のなかった我々には表面上は憂うこともなく、平日昼間の座れはしないけど車内はガラガラという電車に揺られていた。
真由と二人で乗降ドアに背を預けて、明日の待ち合わせにワクワクしている。
例の青い夢は気掛かりではあるけど、二度とないだろうメンバーでのテーマパーク行きは、なんだか分からない夢なんかより自分内でのウェイトの上位にある。
「ねえ、咲紀は本当に好きな人いないの?」
一通り外出の話題に興じたあと、真由が久しぶりの質問をしてきた。
もう3年以上聞かれている問いだけど、答えは変わらない。
「いないね。お兄ちゃんよりカッコいい人なんて見たことないんだけど」
私があっさり答えると、真由は重い溜息をついた。
「いないんだよねえ。私の加藤君は別だけど、慎也さんも別格だもんね。あんな人が家にいるなんて男性の基準が高すぎるのも仕方ないよね。下手なアイドルよりカッコいいもん」
二人でウンウンと頷きあう。
自画自賛的だけど、私のお兄ちゃんは身内の贔屓目でなくカッコいい。
頭はいいし、顔もいい。手先は器用で友人も多い。
ただ一つの欠点は妹を甘やかし過ぎること。
俗に言うシスコンだ。
妹より可愛い女性はいない、と公言していて、何故か兄あてのラブレターやプレゼントを妹に託すケースが多発した時期には、妹を煩わせた人には返事をしないと怒ったらしい。
そんな兄は恋人を作っていない。現在大学1年生なんだから恋人くらいいてもよさそうなのに、どうも以前に恋人立候補者同士が数人でケンカになったらしく、ウンザリしてしまったようだ。
当然、シスコン比率がタケノコのように育ち、大学生になっても女はいらないの一点張りを継続中。
今は学校が違うから兄妹お互いに穏やかだけどね。
この路線は揺れが穏やかだから、二人でのんびりと話していても危なくない。
次が私の降車駅で、真由は車寄せの大きい更に1駅先で降車する。お嬢様は危険が多いからね。
今日は午前授業だから自宅でお昼御飯になる。
お母さんが用意してくれているはずなんだけど、はあ、おなかすいたなあ。
電車のスピードが落ちてきた。
春休みの予定は未定にしてある。
もし明日、真由が加藤君とうまくいったら、春休みの真由の予定は加藤君だらけになるかもしれないしね。
そのことを言ってからかうと、真由は顔を赤くしてしまう。
そして二人でクスクス笑う。
本当にそうなるといいなあ。
ホームが見えてきたドアに私は歩み寄る。
じゃあね。明日ね。と笑顔で手を振り、電車が完全に止まる前にドアを見る。
ドアの向こうのホームには縦も横も巨大なおじさんがドンと立っていた。
静かにドアが開くと、彼は降りる人を全く気遣わずに乗り込んで来て、空いている席のほうへ脇目も振らずに突き進む。
私はギリギリで巨体をかわし、ホームへ降り立った。
――――とぷん。
両足がホームへ着いたとたん、ぶわっと周囲に青が立ち込めた。
私は疑問も抱かずに、つかまった、と思った。
胸に去来したのは、ごめんね、お母さん、お兄ちゃん。
次の瞬間には何も分からなくなった。