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もしもし、女神だけど世界救済してくださる?

作者: サンカ


 人間の想像する神とはなんだ?

 たとえば、大金持ちにしてくれるとか、病を治すとか、世界を救うとか。


 しかし、現実はそんな夢溢れるものではない。

 神とはすなわち、管理職である。


「むすめー、むすめー、我の第一の娘、どこだー」

「はーい、パパ、娘はここですよ」

「お前、ちょっと出張行ってきて」

「はい?」


 すべては(上司)のこの一言から始まった。






 マリアンネイト学園は、由緒正しき学び舎である。

 その学園には、誰もが認める変わり者がいる。彼女の名は、クリスティーヌ・ベルガム。辺境伯爵の娘だ。


「これは、どういう状況?」


 食堂にクリスティーヌの声が響いた。目の前には、顔も髪も服もボロボロにした二人の少女。

 一人は金髪のキツイ顔をした美人。もう一人は、淡い水色の髪をしたふんわりとした少女だった。

 金髪の少女は、クリスティーヌの姿を視界に入れると、馬鹿にしたように説明した。


「あら、これはこれは自称女神のクリスティーヌではありませんか。状況もなにも、見てわかりません?」

「自称じゃなくて事実よヒストリア。ごめん、さっぱり分からない」

「下賤な者が殿下に媚を売っていらしたので、忠告していましたの」

「忠告っていうか、乱闘だね。あと、その子の名前はシルビアだよ」

「私、覚える価値のない名前は覚えない主義ですの」


 清々しいまでの微笑みを携えたヒストリア。これは相当お怒りのようだ。


 クリスティーヌがなぜ変わり者と言われるのか。それは、自分のことを女神と自称しているからだ。勉学は申し分ない。素行も悪くない。

 しかし、事あるごとに彼女は周りに、自分は女神としてこの世界を守るためにやってきたのだと語った。新手の宗教としか思えん。


 そんな女とお近づきになりたい者などいるわけもない。彼女は学園中で遠巻きにされていた。

 ヒストリアの言葉に、シルビアが慌てて口を開いた。


「媚なんて売ってません! 私は、身分とか関係なく友達として皆といたいだけです!」

「そんな見え透いた嘘、誰が信じると思うの! 役員の方々だけでなく、殿下にまで色目を使って、許せませんわ!」

「色目なんて使ってません! 本当です!」

「小娘が白々しい。恥を知りなさい!」


 どこかの悪役と主役のような言い合いは、止めた方がいいと思う。陳腐な三流映画でも見ているようだ。と言ったところで、彼らには通用しない。

 再び取っ組み合いを始めそうな二人を、周りで遠巻きに見ていた男達が止めていた。


「落ち着けシルビア、ヒストリア嬢も。これ以上暴れるなら指導室に連れていく」

「ご両親にも連絡しなくてはいけないな、ヒストリア」

「そうだよ、ヒストリア。ご両親の立場を悪くしたくないだろう?」


 両親という単語が出たことで、二人は大人しくなった。まあ、半分以上がヒストリアへの牽制だった。彼らに今のシルビアの顔を見せてやりたい。ものすごく不細工だ。

 男達は二人を近くの椅子に座らせた。そして、いつの間にかウェイターに持ってこさせた飲み物を飲ませる。やっと二人が落ち着いたところで、取り巻きの一人がクリスティーヌに向き直った。



「んで、変わり者のクリスティーヌちゃんは何の用だ? お前、こういう目立つところにはめったに来ないだろ」


 会計の質問には答えず、クリスティーヌはシルビアの姿を上から下まで確認するように見回す。


「貴女、どこから来たの? この世界線の人間じゃないよね」

「……は?」


 クリスティーヌは、ポケットから板のようなものを取り出し、いじり出した。素っ頓狂な声を上げたシルビアに構うことなく、言葉を続ける。


「何がしたいのか知らないけど、人の体で勝手しちゃだめじゃない。しかも、よりにもよってシルビアの体なんて、その子はこの世界の特異点なのよ。もっと丁重に扱ってもらわないと」

「は、なに、てかそれ、スマホ?」

「あらやだ、スマートフォン知ってるの? じゃあ、W45世界線の人ね」


 戸惑いの声を上げるシルビア。周りはいつもの奇行を始めたクリスティーヌに呆れた視線を送りつつも、止めることはしない。


「シルビアは初めて会うか。彼女は自称女神のクリスティーヌ。この学園きっての変わり者さ」

「なにかあるとすぐにすまほとかいう板をいじり出すんだよ。でもあれ、前に触ったことあるけど、なんの反応もしなかったぜ」

「とにかく、彼女のことは気にしなくていい。どうせまた、いつもの意味不明な女神様劇場をしているだけだ」


 取り巻きたちは戸惑うシルビアにフォローを入れる。だが、彼女の顔はぎこちない。

 隣で優雅に紅茶を飲んでいたヒストリアは、それを見てフンと鼻で笑った。



(隠しているわけでもないのに、みんな彼女の正体に気づきもしない。ここまでくるといっそ滑稽ね)


 普段のマイペース加減を見ていれば当然か。しかし、そうと分かっていても、友人が馬鹿にされているのは気分がよろしくない。


(まあ、私も自称女神と呼んで揶揄っているから、人のこと言えないけど)


 彼らの会話など耳に入っていないクリスティーヌ。彼女は電話帳からある番号を呼び出した。スマホを耳に当てる。数回のコール音の後に、こちら天界ですという声が聞こえた。


「もしもし、女神だけど特異点の体が乗っ取られているの。元の世界に返還してくれない……ええ、そう……W45世界線の人よ」


 要件を言い終わるや否や、定型文のかしこまりましたと共に通話が切れた。スマホをポケットにしまう。

 そして、晴れやかな笑顔でシルビアに告げた。


「今お願いしたから、元の世界に帰れるよ。よかったね」



 その直後、シルビアの足元を中心に光が起こった。

 魔法陣のようなものが浮かび上がる。

 誰もが驚き、彼女から距離を取った。



「な、なによこれ!? なんなの!? ちょっとどっかいかないで! 助けなさいよ! うわあああああ!!!」

「元の世界でも元気にやるのよ。ばいばーい」


 頭を抱え苦しそうに呻くシルビアに、手を振るクリスティーヌ。彼女の体が元の世界でどうなっているのか知らないが、クリスティーヌは自分の仕事をするだけだ。

 光が薄まり、魔法陣が消えていく。周りが恐る恐る目を開けた。気を失ったシルビアが倒れていた。


「シルビア!」


 男たちが、シルビアの体を抱き起こした。食堂にざわめきが広がる。


「ちょっと、わざわざこんな大勢の前ですることなかったんじゃないの」


 クリスティーヌを咎めるように、ヒストリアが声を掛けた。さすがに、場所は弁えるべきではなかったか。


「何の騒ぎだ」


 答えようと口を開いたクリスティーヌ。だが、その前にこの場の混乱を収める声が食堂に響いた。


 さあ、学園の王のお目通りだ。








 場所は移って、生徒会室。ナイジェルは、食堂での顛末をほかの役員たちから聞かされていた。


「クリスティーヌが何かしたんだ! コイツは頭がイカれている!」

「何かとは具体的に何をしたんだ?」

「分からないが、コイツがあの板をいじってからシルビアがおかしくなったんだ。コイツのせいとしか考えられない!」

「特に外傷もない。精神状態なんて、以前より安定していると聞いているぞ」

「だが、目を覚ましたシルビアには、学園に通っていた記憶が一切ないんだ。俺達のこともだ。あそこでそんなことができたのはクリスティーヌだけだ」


 コイツと指を差されたクリスティーヌは、暇を弄ぶように自分の髪を弄っていた。その顔は不貞腐れていた。


「私のせいとは心外ね。私は、女神として自分の仕事を全うしただけよ」

「ハッ、女神女神とお前は馬鹿の一つ覚えみたいに。そんな言い訳が通じると思うな。いいか、これは立派な重罪だ。俺達の手に掛れば、お前のような辺境領主の娘など、家族諸共簡単に潰せる。多くの目撃証言もある。言い訳はできんぞ」

「私を人間と一緒にしないで、神は嘘を吐かない」

「まだ自分を神と語るか、罰当たりめ!」


 取り巻きたちは今にも、殴り掛かりそうな勢いだ。しかし、クリスティーヌの表情は変わらない。

 緊迫した空気が漂う。その空気を断ち切るように、パンッと乾いた音が鳴った。ナイジェルが両手を叩いたのだ。


「経緯は分かった。しかし、まだクリスティーヌの処分を決めるのは時期尚早だろう。彼女への聴取は俺が取る。そのあとに、処分を決めよう。お前たちはシルビアを見舞ってやれ。彼女の様子を見れば少しは落ち着くだろう」

「しかし、ナイジェル、コイツの証言は、」

「聞こえなかったか。邪魔だから出て行けと言ったんだ」


 鋭い眼光に怯んだ役員たちは、渋々生徒会室を出て行った。

 



 完全に気配が消える。ナイジェルは、詰めていた息を吐きだした。


「なぜ、大勢の前で神の力を使った? もっと人目に付かない時を見計らえば、これほど大騒ぎにならなかっただろ」

「だって、シルビアの魂が消滅寸前だったんだもん」


 悪びれる様子のないクリスティーヌ。ナイジェルは唸り声を上げた。

 分かっている。

 神は人間の都合を考えない。常識は通じない。この数年で痛いほど学んだことだ。



 クリスティーヌ・ベルガムは正真正銘、天から遣わされた女神である。

 彼女は創造神である父(上司)の命令で、このW21世界線へとやってきた。

 イデルマ世界と呼ばれるここは、他の世界線との境界が薄い。少しのイレギュラーで、世界そのものが消滅する可能性があった。


 それを阻止すべく、クリスティーヌは辺境伯爵の両親の元に転生。アイテムは父から支給された、W45世界線で普及されているスマートフォン。天界が動かねばならないことが起こると、クリスティーヌはスマホを使って天界にお願いをするのだ。


 癒しの力? 浄化? そんな力はない。神とは、すべての世界線を監視、調整する管理職である。


「なら、入学式の時にさっさと偽シルビアを元の世界線に返せばよかったじゃないか」

「あの時は、憑依した彼女がちゃんとシルビアとして暮らしていれば消滅しても問題なかったの。だけど、あの子、学園の要人の息子たちを手玉に取ったでしょ。あのままだと、男どもは全員彼女のいい様に操られて国ごと破滅を迎えてたわ」


 たとえば、クーデターとか横領とか、彼女を巡っての殺し合いとか。たった一人の女にどうしてそこまでという感じだが、それも特異点のなせる業だ。彼女の周りでは、すべての人が狂わされる。いい意味でも悪い意味でも。


 ひと通りクリスティーヌの言い訳を聞いたナイジェルは、頭を抱えた。思ったより事が大きかった。あの少女に、そこまで国を動かす力があったのか。



 ナイジェルは立派な王子になるべく、幼いころからクリスティーヌに家庭教師をしてもらっていた。見た目は同い年。しかし、彼女はれっきとした女神。最初は神など信じていなかった。それどころか、邪神教にでも入信しているのかと疑った者だ。さらに、当時確執のあった父が指名したのもあいまって、反抗的な態度を取り続けた。


 結果は、ご覧の通り。彼女の教育は完璧であり、ナイジェルは次期国王として国民に期待を寄せられている。父との確執も、彼女によって綺麗に取っ払われた。

 現在は、親バカな父に困っているという、非常に困った悩みを抱えている。


「それで、私はどうすればいい?」

「とりあえず一週間の謹慎処分と、反省文、課題の提出だけはしてもらう」

「あら、ずいぶん軽いのね」

「君のすることだ。元のシルビアの方が、世界には都合が良いんだろう」

「ええ、本来のシルビアは、清廉な魂の持ち主だからね。純真なヒストリアとも共存できるよ」

「では問題ないな。君が復学するまでには、食堂にいた者たちもなんとかなるだろう」


 ヒストリアは、ナイジェルの異母妹である。妹であることは秘密なので、知っている者はごくわずかだ。彼女は心根は素直なのだが、非常に気難しい気性の持ち主だった。

 そのため、友人がクリスティーヌしかできなかった。もう一人友達ができるのなら良いだろう。


 それに、クリスティーヌのおかげで、例の計画がスムーズにいきそうだ。今は彼女と二人きりだ。好機は逃さない。ナイジェルは、デスクの引き出しにしまっていた用紙を彼女に渡す。


「そうだクリスティーヌ、じつは役員を一新する予定でな。君に書記を任せたいと思っている」

「あなたの友人はよろしいの? なかなか使える人材でしょ」

「女に現を抜かす奴は、使えないのと同義だ。そういう風に俺を育てのは君だろ」

「ふふ、口が回るようになったね」


 生徒会役員を決めたのは学校側だ。だが、学校が決めた者たちが使えないのだ。新しい役員は、自分で選んでいいだろう。自分が管理する必要もない。信頼を寄せる。完璧な人材を。


「副会長はヒストリアにしよう思っている」

「あらあら、あの子が喜びそう」


 書類を受け取ったクリスティーヌは、満更でもない顔をしていた。








 学園を卒業し、クリスティーヌは町はずれで小さな古書店を経営していた。お客さんぼちぼち。たまに顔馴染みが会いに来たり、こちらから出向いたりと、それなりに充実した日々を送っていた。

 


 しかし、ここはイレギュラーが起こる世界。平和は長く続かない。


「魔王退治?」

「ああ」


 それは、ナイジェルの部屋に遊びに来たときの話だ。およそ二か月ぶりに訪れると、彼はいささか疲れた様子でクリスティーヌを出迎えた。


「突然、見たこともない奇怪な化け物が人を襲って暴れているのは、噂で聞いているだろう。それを率いている男が、声明を出してな。手練れを集めて行くことになった」

「ふーん」

「奴は本物だ。警備の厳重な城にたやすく入り込み、自らをマクロゾナリスと名乗った。額から生えた角、尖った耳、禍々しい眼光とオーラ。俺たちに宣戦布告したあと、奴は気配もなく消えた。あれこそまさに神話に出てくる魔王と呼ぶべきものだろう。――――手も足も出なかった」


 平静を装っているが、血管の浮き出た拳で彼がどれほど悔しい思いをしたのか、如実に伝わってきた。しかし、その瞳はなんとしても魔王を倒すという気概に満ちていた。


「魔王退治、ねぇ」


 さきほど言った自分の言葉を反芻する。はて、この世界に魔王という存在はいないはずだが。

 人差し指を頬に当てて、考えに耽るクリスティーヌ。

 ナイジェルが、ゴホンと咳払いした。その頬は、急に色を取り戻していた。


「それでだ、クリスティーヌ。もしマクロゾナリスを倒したら、俺と、」

「ナイジェル、シルビアを呼んで」


 ナイジェルの言葉が、クリスティーヌによって遮られた。彼女の手には、見慣れたスマホが握られていた。ナイジェルはそれを見て驚いた。まさかと言う小さな呟きが、クリスティーヌの耳に届く。

 彼女は、楽しそうに笑いながら電話を掛けた。


「もしもし、女神だけど魔王を倒す武器をくださる」





 聖剣を持つシルビアの周りに、多くの人が集まっていた。


「なぜ、シルビアが選ばれたんだ?」

「前に言ったでしょ。彼女はこの世界の特異点。いかなる世界線へとつながる可能性のある存在なの。だから、異なる世界線に存在するあの剣を扱える素質があった」

「だが、俺とは違い彼女は戦とは無縁の女性だ。このような形で戦いに出すのは」

「大丈夫よ。彼女はそういう存在だから。彼女さえいれば世界は安泰よ」


(一人の人間に世界の命運を託すシステムを作ったパパは、趣味が悪いと思うけど)


 それになんとも思わない自分も、神の娘ということだろう。

 罪悪感を抱いているナイジェルが正常なのだ。

 二人が仲良く並んでいる姿を思い出して、クリスティーヌはニヤケ顔で隣の男を仰ぐ。


「それより、帰ってくるまでに結婚式の準備をしといてあげようか」

「え!? な、なんで」

「さっき店で言おうとしてたのって、これが終わったら、シルビアと結婚式を挙げたいってことでしょ」

「どうしてそうなる!?」

「城中あなた達の噂で持ちきりよ。やれ二人で夜のバルコニーにいたとか、両家の顔合わせが終わったとか、ヒストリアも認めているとか」

「ちがう、俺とシルビアはそんなんじゃない」

「はいはい、照れない照れない」


 真っ赤な顔をしたナイジェル。昔はよくしていた表情だ。今ではキリッとした顔がデフォルメになってしまって、少し物足りない。

 よほど恥ずかしいのか、違う、彼女とは何もない、と言っていたがすべて流した。やがて諦めたのか、項垂れたナイジェルがいた。



「私があなた達にピッタリなものを用意するからね。死んだらありとあらゆる呪いをかけてあげる!」

「やめろ! 君が言うとシャレにならん!」


 クリスティーヌの脳内は、すでに二人が帰ってきた後のことでいっぱいだった。


 シルビアの手に聖剣が渡った。それで世界救済は確定した。


 魔王の軍勢が、どの世界線から来たのかは定かでない。

 しかし、彼らを倒すのは勇者か聖女と相場が決まっている。

 そういうシステムになっている。


 そして、それに必要な物はすべて揃えた。何を心配することがあろうか。

 それに、また何かあれば、クリスティーヌが手を貸せばいいのだ。


「タキシードの目星も付いてるのよ」

「…君が選んだのか」

「そうよ、色から装飾品まで全部オーダーメイド」


 ナイジェルの瞳が真剣味を帯びる。そして、口元を手で隠して、なにやら独り言を呟きだした。


「…チャンスか。うまくいけば…勝って……シルビ…ヒストリアにも……(ブツブツ)」

「どうしたの?」


 クリスティーヌが声を掛けると、ナイジェルがいつものキリッとした表情で顔を上げた。


「分かった。式の準備は君に任せる」

「ええ、任せて」

「ただし、一つだけ条件がある」

「なに?」

「花嫁の衣装だけは俺に決めさせてくれ」

「あら、その様子だともう考えてあるのかしら」

「ああ、ずっと以前から考えていた。すべてオーダーメイドだ」

「ふーん」


 ついに観念して、シルビアとの関係を認めたか。初めからそう言えばいいものを。

 しかし、花嫁の衣装は自分が決めたいなどと、とても大切にしているじゃないか。

 それなのにあんなに必死に否定して、シルビアが可哀想だぞ。


 だがまあ、面白い。自分が手塩にかけて育てた子供が結婚か。

 クリスティーヌは、柔らかい笑みを浮かべた。


「さっさと倒してきなさい」

「君が退屈するまえに帰ってくるさ」








 一か月で帰って来たよ。

 これにはクリスティーヌも目を丸くした。彼女の予想では、帰還は半年以上先だったのだ。さらに、目を丸くしたのはこれだけではない。


「おめでとうございます、ナイジェルさん、クリスティーヌさん!」

「ありがとうシルビア」

「私、この日をどれほど待ちわびたことか。やはりお兄様のお相手はクリスティーヌしかおりませんわ」

「そう言ってくれて嬉しいよ、ヒストリア。クリスティーヌ、君もなにか言ったらどうだ」

「…ありがとう」



(なんで私が花嫁になってるの!?)



 シルビアとナイジェルの結婚式だろ。

 なぜ自分とナイジェルになっているのだ。

 なぜシルビアは祝福している。悲しくないのか。


 さながら自分は、彼氏を奪った間女だ。

 なぜ、どうして、一体どこから。


「前に言っただろ。俺とシルビアはそんな関係ではないと。俺は君に惚れてから、ずっと君のためのドレスを考えていたんだ」


 クリスティーヌの前に跪いたナイジェル。左手を取られた。薬指に口づけられる。

 こちらを見上げる瞳は、甘く、とろけ、焼き尽くされそうな熱を持っていた。

 自分が厳選したタキシードに身を包む彼は、文句なしに格好いい。


「誓いのキスを」

「愛している、クリスティーヌ」


 唇にキスが降りてくる。皆に祝福されながら、クリスティーヌの頭は冴えていた。


 まあ、いっか。


(これからもこの世界は危機が訪れる。それに一番巻き込まれるのは、ナイジェルだわ。なら、最も近い場所で見守っていた方がいいよね)


 それに、死んだら自分の魂に存在を縛り付けようと思うくらいには、彼を気に入っているのだ。生きているうちから女神に囚われることはないと、好きにさせていた。

 しかし、本人がいいのなら、もう遠慮はいらないだろう。



「覚悟しなさい、神の執着は永遠よ」

「望むところさ」








 結婚後、全く音沙汰なかった上司(パパ)から鬼のような電話が来るのだが、それも一つの幸せな話。


設定

本編の神とは

すべての世界線を監視、調整する管理職の人達。必要なら雨を降らせたり、火山を噴火させたり、聖剣を作ったり授けたりする。悪役だって作れる。W45世界線では、ゼウスや天照大神などが神と考えられているが、それはW45世界線でしか認知されておらず、実際の神とは違う。



クリスティーヌ・ベルガム

すべての世界線を作った神の第一の娘。世界を救うように命令を受け、W21世界線に人間として転生。周りにどうみられるかを考えないので、生まれた時から自分を女神と名乗っていた。かなりマイペース。神様基準で考えたりするので、周りは振り回される。



ナイジェル

父との確執があったが、クリスティーヌのおかげで和解。剣術、勉学、馬術など、すべてを彼女から教わった。クリスティーヌ一筋。

魔王討伐に行く前にプロポーズしようと思ったら、思わぬ方向に話が飛んだ。結果的にクリスティーヌを自分の嫁にできたので満足。



シルビア

W45世界線の人に体を乗っ取られていた人。W21世界線の特異点。ほかの世界線の影響を受けやすく、人に影響を与えやすい。簡単に説明すると主人公体質。



ヒストリア

ナイジェルの異母妹。学園を卒業した後に、ナイジェルの妹と公言した。それまでは公爵家の娘として暮らす。実の家族と義理の家族、双方との関係を取り持ってくれたクリスティーヌに感謝している。


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