6 漫画家と、困りつつの提案
「1階を閉めたままに出来ない」と急かして、彼女を連れて1階に戻った。
彼女がベッドの上に並べた下着類は、後で片付けないとなー・・。
1階に張り出した張り紙には『16時頃』と書いたけど、スマホで時間を確かめたら16時22分だった。かなり経ってた。
1階の古本屋の前には、小学生の女の子が1人とカップルが一組待っていた。
うん、今日に限ってね。
普段は、1人しか来ない日もあるってのに。
小学生の女の子から閲覧机の使用料10円を受け取り、許可証を渡す。
許可証は1日有効だ。帰るまでは使える。
カップルには2階の奥側の部屋のカギを渡し、2階に続く階段のドアのカギを開けた。
「お待たせー」
1階のレジカウンターに戻ると、レジカウンターの中のイスに座って彼女が待っていた。
改めて思うけど、制服着た女の子が座ってると違和感あるね・・。
仕事前に着替えてもらう方が良さそうだね。
現在の店内の仮配置も、店外からレジカウンターが見えない様にしてある。
依頼した改装も、レジカウンターの防犯対策に、かなり力が入れてある。
出来れば彼女に1階奥の倉庫内には入って欲しくないんだけど、安心には代えられない。
「書類とか書いてもらう際に伝えてなかったんですけど、仕事中の服装の決まりを伝えておきますねー」
「はい」
ホントは『決まり』じゃなくて、ついさっき思いついたんだけどね・・。
「服務規程として、『動き易い格好』でお願いします。制服からは着替えてもらって、ズボン形状のモノでお願いしますね・・あと、仕事中に怪我などしない様に、あまり肌を露出しない長袖でお願いします。エプロンも用意するので、仕事開始時間前に着てもらって、準備が出来た段階からスタートです。休憩に出る際や退勤時には脱いでもらう感じですね・・ここまでで、分からない事はありますか?」
「・・・ぃぇ」
急ぎでメモを取りながら、返事を返してくれた。
「改めて、次に来た時に服務規程の書類とかも纏めて渡しますね」
「・・はい」
メモも終わりそうかな。
「で、今日は研修扱いなんですけど、13時30分過ぎには来ていたので、一応13時30分出勤にしときますね・・」
「・・良いんですか?」
「ん。初回出勤って事で。まぁ、3階の部屋見てた時間分は流石に無理ですけど・・」
「はい」
コクコクと小さく頷く姿は、まだまだ子供だと思う。
このまま3階の部屋の事は忘れてくれれば有り難いかも。
「あの・・」
「ん?」
「さっきのお部屋、ホントに住めるんですか」
・・・忘れてないね・・。
「・・気持ち悪いとか思わなかった?」
「・・・・少し、恥ずかしかったです」
今の間が気になるね。
「・・ホントに全部見た?」
「・・・見ました」
「・・ベッドサイドテーブルとか・・・」
「・・・」
無言でコクコク頷く。口元が、恥ずかしそうな感じにキュウッと閉じられている。
「一番下の引き出しの中身は片付けとこっか」
「・・・・そのままでも大丈夫です・・」
・・・。
「使っても大丈夫だからね」
「・・・変態・・///」
ま、あの引き出しの以外は特に問題無いか・・。
「・・・学生寮みたいな感じで両親を説得出来たらね」
「ホントですか・・!?」
「んっ。もちろん、御両親に確認は取るけどね」
「はい、必ず説得します・・!」
「・・・家賃は、さっき言ったので大丈夫だからね」
「・・生活感でしたっけ・・」
「うん」
「お家賃・・、ホントに、いいんですか・・?」
「ん。・・ぃゃ、ひとつ追加して良いかな」
「・・はい」
「写真が欲しいかな」
「・・写真?」
「そう。君にしか撮れない写真、ね」
「・・?」
「スマホは持ってるかな」
「・・ぃぇ・・」
珍しいね・・ぃゃ、意外と そんなモンなのかな・・?
「じゃ、ホントに上に住む事になったら、スマホを従業員の備品として支給するね」
「!」
「そのスマホでね、君にしか行けない様な場所の写真を撮って来て欲しいの」
「・・・私にしか・・?」
「そ」
「・・・・女子トイレとか・・?」
「絶対に止めて?」
「・・ですか・・」
「うん。女子トイレとか女子更衣室とか、そういう場所の写真撮って来たら解雇して追い出すからね?」
「・・・気を付けます」
「うん、絶対にね?」
「・・・他にどんな写真が良いんですか?」
「んっとね〜・・・学校内の風景とか、学校内の備品とか、校舎の高い階から見える景色とかかな・・ぁ、学校にスマホ持ち込み禁止なら、別方面にするけど・・」
「・・確かめてみないと、分からないかも・・」
「ん。まぁ、上に住む事になったら、の話だし。気長に待つよ・・早いに越したことないけどさ・・」
「・・はい」
「ん」
「・・写真・・どうするんです・・?」
「資料だね」
「資料・・?」
「そ。漫画家だし、資料は有れば有るだけ助かるからねー♪」
「・・なるほど・・」
「ま、御両親を説得出来たらねー」
「・・・頑張ります」
その日、彼女・・織解 柚月さんは、18時に退勤して帰った。
13時30分から14時30分。16時30分から18時。
基本給890円で、研修中は50円引きで840円。
2時間30分で2100円の稼ぎとなった。
彼女の希望の『お金を貯めて家を出たい』が叶う日は、いつになるかな・・。