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2 漫画家と、履歴書

「・・・マジ?」

「はい」


時間は午後5時。

店内中央の閲覧机には、今日は小学生の子が2人居る。

1人は書き取り帳に漢字の書き取り、1人は算数の教科書を広げてノートで計算。

あと1時間か2時間は学生がチラホラ居る時間だ。


そんな時間のレジカウンターに置かれたのは、1枚の履歴書。

思わず「マジ?」と聞いてしまった自分を責めないで欲しいと思う。

だって、履歴書を持って来たのは『万引きの常習犯の女の子』だったのだから。

履歴書から目を離し、持って来た本人に目を向ける。

時折見掛けていた制服姿だ。

私服姿も、今の制服姿も、よく見ても中学生くらいだ。

雇えるハズ無い。法律違反になる。


「悪いけど、中学生は雇えないかなー・・」

「春から高校生になります」

「・・」

出された履歴書を見れば、市立元城中学卒業と書かれてた。

その下には市立中部商業高校入学予定と書かれていた。

生年月日は1月16日か・・。

「ちょっと待ってねー・・?」

「はい」

んー・・何歳からバイト出来るんだっけ・・?


スマホを出して検索してみたら、15歳過ぎで3月31日過ぎならOKと出た。

「・・中学の卒業式は?」

「20日です」

まだ卒業前かー・・。

「調べたけど、働けるとしても4月1日以降だねー・・雇うなら、だけど」

「お願いします」

んー・・・。

「どのくらい働けるのかな?」

「学校の後、閉店までなら」


「・・」

ぶっちゃけ、1人雇うだけで、かなり助かる。

ウチが古本屋だけなら何とかなってたと思うんだけど、ウチはラブホテルも経営してる。

お客さんが出た後は、清掃とかで30分から1時間くらいは古本屋を一時閉店だ。

閲覧机に誰か居る場合は、レジからドロアを抜いて締まってから行く事になる。

古本屋だけなら何とかなる、と思う。

ラブホテルだと人手不足になる。

学校終わった後だけ雇うなら、採算も取れるかな。

「・・」

ただなぁ・・・。

万引きの常習犯だと分かってる相手にさ、レジ任せられないでしょ・・。

売り上げ抜かれるんじゃね?

用意してる釣銭準備金を丸々盗まれたりしたら痛すぎなんですけど・・。

だって、古本屋とラブホテルと合わせて48,850円だよ?

予備の釣銭は3階にしかないから大丈夫だろうけど・・ん〜〜・・。


ウチが開店してから初めて来た就労希望者がさぁ、よりによってだよ、『とりあえず放置して泳がせてた万引き常習犯』とか。


断っちゃえば簡単なんだけど、ぶっちゃけ、今は人手不足だ。

1人増えるだけでかなり助かる。

ただなぁ〜・・・。


履歴書から顔を上げれば、こちらの答えを待っているのか、少し緊張した面持ちが見える。

「・・」

ダメだな。

万引き常習犯とか以前の問題だ。

思春期の女の子なら吐きそうな、そんな難題ぶつけて、自主的に引き上げてもらおう。

「働けるのは学校の終わった後だけかな?」

「ぃぇ。予定が分かれば、休みの日でも」

「・・そう」

さて、こっからだね。

「ウチの2階にあるのが何か、聞いた事とかないかな?知ってる?」

「・・・知ってます・・」

「ん。まぁ、ラブホテルがある訳なんだけどね・・ウチで働く場合、そっちの清掃とか準備とかが中心になると思うんだよねー・・」

「・・」

「雇う側からするとね?手間取る事とかを任せたい訳でね・・私はココから動かずに貴女に動いてもらう事になる訳だね・・分かるかな」

どうせ、古本屋の店番希望なんだろうからね。

ラブホテルの片付けやらされるなら辞退するよね。

「・・・頑張ります」


へぇ・・。

「ラブホテルの清掃だよ?」

「頑張ります」

「出た後のお客さんが残した汚れとか、けっこう引くレベルだよ?」

「頑張ります」

「使用済みコンドームとか落ちてるけど?」

「頑張ります」

「トイレ以外の場所で用を足すお客さんとか、けっこう居るんだけど」

「頑張ります」

・・・粘るねぇ。ま、口で言うだけなら何とでも言えるよね。

それに、『頑張ります』とか『やれます』とか、学生の精神論に用は無いんだよね。

『仕事』である以上、やらなきゃ解雇するだけなんだから。


「履歴書、検討段階になった後は返せないんだけど、大丈夫かな」

「はい。検討、お願いします」


「ん・・データとして残るんだけど」

「大丈夫です」


「貴女の年代、18歳未満はね、22時以降は雇えないんだよね」

「・・はい」

「古本屋は20時、ラブホテルは21時に閉店でね、暗くなった後に働く場合、貴女は未成年の女性ですから、防犯面から制限を付けさせてもらいたいです」

「・・?」

「1人で帰宅させて貴女に何かあった場合、私に責任問題が発生します。なので、家までは送り届けさせてもらいます」

どうだ、コレは嫌だろ。

「・・そんなに危険だとは・・」

「そう考えてて性犯罪の被害者になる女性、どれだけ居るでしょうね」

「・・」

「なので、親御さんの迎えか、私が送り届けるかは雇用条件になります」

さ、折れろ。嫌でしょ?

とっとと折れて帰ることだね。


「・・・お願いします」

・・・マジで?折れないの?

「じゃあ、検討段階に入るという事で大丈夫ですか?」

「お願いします」

「じゃあ、履歴書はスキャンしてデータを残しますね?」

「はい」

マジかー・・。

最後の一手は使いたくないんだけど・・。


レジカウンター越しに、見える様にスキャンしてデータを取り込み、複合プリンタから出した履歴書をレジカウンター下に入れる。

様子を見ても、特に変わらない。


「1つ、聞きますね?」

「はい」

店内の防犯カメラを指差して最後の一手を差す。

なるべく真顔になる様に意識して、目を見据えて。


「貴女がこれまでにした事の映像は、全て残ってます」


何かモノを懐に入れる仕草や、何かモノをカバンに入れる仕草、何かモノを死角に隠す様な仕草、それらを交えて『知ってますよ?』と示す。


表情の変化は劇的だった。

何度も確認した後だっただけに、少しは安心もしていたのだろう。

それが粉々に叩き潰されたのだ。

どんな気持ちなんだろう。

大人ならまだしも、高校入学前の思春期の子供だ。


よく見れば分かる、小刻みな震え。

緊張した感じだった眼差しは跡形も無い。

涙ぐんだ目から涙が溢れるのは時間の問題だろう。

けど逆恨みはしないで欲しい。

可愛い感じの子だったし、万引きで捕まった子がどうなるか分からないから放置していただけだ。


古本屋を本業にしていたのなら許せなかっただろう。

でもウチの古本屋は、ぶっちゃけ、趣味だ。

漫画家が本業で、ラブホテルが安全パイの副業で、古本屋は趣味でしかない。

だから泳がせてただけだ。

近所の暇持て余した老人の溜まり場にされるよりは、学校帰りの女子高生がたまに立ち寄る店の方が良い。

年寄りや中年の溜まり場にならない様に、古本市場や買い出しの際にも、若者が気にしそうなラインナップを選ぶ事にしている。

古本屋なのに学割料金制度を大々的に張り出してるし、教科書とかだって買い取りしてる。


『古本屋』という括りで見るなら、かなり変な店だと自覚がある。


でも、『ここから先はダメ』というラインは有る。

彼女は、そのラインのギリギリに踏み込んで来てしまったのだ。


致命的で悪質な地雷原に踏み込む一歩手前の子供に何発も威嚇射撃して、一発が脚を撃ち抜いてしまい、一生残る障害を負わせたとしよう。

地雷で肉片にされるよりはマシだと思うのだ。



レジカウンター前で震えたまま帰らないね・・。

「人手不足でしてね・・研修みたいな感じでの実地面接なら、すぐに可能ですけど・・?」

2階を指差しつつ聞いてみる。

「っ・・・はい・・」

すでに涙の溢れた顔で、かなりビクついた返事が返って来た。


2階の2部屋の内、1部屋の清掃が まだだったのだ。

急ぎ清掃に行こうとしていた時に履歴書を出されたのだから、あと1組くらいは閉店までに入れられそうなのを逃す所だった。

2人で急いで清掃して整えれば大丈夫だろう。


清掃が間に合うか考えつつ見た彼女は、何故か、死を覚悟した様な悲壮な表情で身を抱き締めていた。

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