第7話
ワイルドボアという名前のイノシシに遭遇した以外は至って平和だった。お昼を迎えたので仕留めたイノシシを手際よく解体しアーシャとミーシャに約束した豚汁とトンカツをご馳走してあげた。勿論、サナリアさん達の分も作ってあげた。
(それにしても私の持ってるこのポーチ…。一体どうなってんのかしら…?私が「アレが欲しいなぁ…」って呟いた物や前々から欲しかった調味料や日用品がポンポン出てくるなんて…。これも神様からの特典なのかな?)
トンカツを油で揚げながらポーチについて考える。最初の確認で無かった筈のマヨネーズ、ソース、カレー粉、オリーブオイル、料理酒、サラダ油が追加されていた。そして裁縫セットに続き、シャンプー、リンス、ボディーソープ、タオルとバスタオルが5枚ずつが追加で入っており、歯ブラシも2本増えていた。
(レベルが上がるごとに新しい物が増える仕様なのかなぁ…?う~ん、よく分からん)
昨日の熊との戦闘以降、体が前より動くようになったし、戦いに関しても何故か戦闘を熟知しているプロと思うほど戦闘慣れした動きが出来るようになってた。レベルやスキルが上がったおかげなのかもしれないけど、まだまだ知らない事や分からない事が多すぎる。
(……ま、考えても仕方ないし、強くなる事は良い事だから別に悩まなくていっか!)
黄金色に焼き揚がったトンカツを鍋から出して余分な油を切る。小分けにしてお皿に盛ってソースを掛ければ…はい、完成!
お皿に盛られたトンカツや豚汁を見ながら満足のいく出来上がりにご満悦の私は振り返りながら「皆、お待たせ!ご飯できたよ~!」と言った瞬間、アーシャとミーシャを始めサナリアさん達もすでに私の後ろにズラァッと並んでいたのにはビックリした。
皆は「美味しい!」と言って食べて何杯もおかわりしてくれた時はとても嬉しかった。大量に作ってたトンカツと豚汁は綺麗に全部無くなり、皆とても満足した顔をしていた。食後のお茶と紅茶(サナリアさん達)とコーヒー(私)を出して一息着いた後、私達はサナリアさんのお父さんが治める領地に向けて出発した。
馬車に揺られながらのどかな道と緑溢れる森を進んでいく。私は窓から見える自然の風景をずっと眺めていた。ちなみにアーシャとミーシャはお腹いっぱいになって眠くなったらしく今は私の膝枕でぐっすりお昼寝中だ。
多くの人が行き交い高層ビルが並ぶ都会の風景とも違う。
地元の田んぼや畑ばかりある田舎の風景とも違う。
何の変哲もない緑に満ちた森が抜けていくだけの風景。なのに、それを見てるだけでこんなに心が落ち着く。ずっと見てても見飽きない森の景色に私は穏やかな気持ちで見つめていた。
「……」
外の風景をただ見ている私をジッと見つめるサナリアさんの視線に気付き「ん?どしたの?」と首を傾げて聞くとサナリアさんはボーッとしながら「……見とれてた」と呟いた。
私は「…はぇ?」と変な声が出てしまった。何かの聞き間違いかな?と思っているとサナリアさんはハッとした瞬間、顔を赤くしてあたふたと慌て始めた。
「あ、いや、えっと、ちが、違います!えっと、その…」
「ま、まぁ…、少し落ち着いて…ね?」
「は…、はい、すみません…」
両手で顔を覆い隠し耳まで真っ赤になったサナリアさんに何と声を掛ければ良いか悩んでいると御車席に座ってるアルカさんがこちらに声を掛けてきた。
「サナリアお嬢様、もうそろそろ旦那様が治める領地に到着しますよ」
アルカさんの言葉にサナリアさんは小さく息を吐いて「分かりました」と答えた。私と視線が合うと顔を赤くしてすぐそっぽを向いた。なんだろう…?すごく気まずい…。
気まずい雰囲気を感じているとサナリアさんのお父さんが治める領地に着いたらしく窓から赤い屋根の建物が見えた。
私は窓から外の様子を覗いて見ると穏やかな草原が広がっている中に放牧してある牛や馬がいた。
さらに馬車が進み草原を抜けるとそこには広大な湖が姿を現した。湖の近くには建物が何軒も建っており、その中にとても立派な風車もあった。
湖へと続く川の近くには畑や果樹園などもあり、川から少し離れた所には羊や鶏を飼育している所もあった。花を育てている園芸、紅茶の茶葉を育てている茶畑、この領地だけで農業のほとんどを手広く扱っているのに私はすごく関心した。
「ルーナフェシナ様にとっては何もないつまらない領地だと思うかもしれませんが……」
「なんで?全然そんな事ないわよ。とても素敵なところじゃない!私は大好きよ!」
「……そう言って頂けると…、嬉しいです」
「その表情…、信じてないわね?」
「い、いえ!そんなことは……」
「ふ~ん」
私が言葉を信じてない様子のサナリアさんに私は「なら、もっとハッキリ言おうか?」と言うとサナリアさんは暗い表情したまま「お願い…します…」と震える声で言った。私は頷きサナリアさんの目を真っ直ぐ見つめながら私が感じた嘘偽りのない感想を言った。
「サナリアさんの言う通りここは農業以外何も目新しい物なんて何もないわ。でもね、そこがすごく素敵なのよ!」
「……え?」
「とても穏やかで静かなこの領地に私は「住みたい!」って心から思える一目惚れしたわ。ここにはここだけの魅力が沢山ある。何も恥じる事はないし、落ち込む必要もないわよ!胸を張って堂々としてれば良いと思うよ」
「……はい!」
私の嘘偽りのない言葉にサナリアさんは嬉しそうに微笑んだ。すると御車席に座ってるメイドさん…アルカさんがこちらに視線を向けてニヤニヤしていた。
「良かったですね~!お嬢様が敬愛するルーナフェシナ様にこの領地を褒めてもらえて♪」
「ふにゃあぁ…!?よ、余計な事は言わないでくださいアルカ!」
「これは失礼しました♪」
終始楽しそうに笑うアルカさんに対しサナリアさんは頬を膨らませ睨んでいる。ホントこの2人仲が良いわねぇ~。
「ルーナフェシナ様。あと少しで屋敷に到着しますので、そろそろアーシャ様とミーシャ様を起こしてはいかがでしょう?」
「わかりました」
アルカさんに言われ私はアーシャとミーシャの体を揺さぶって起こすとアーシャもミーシャも可愛い欠伸をしながら目を擦って起き上がった。
「おはよ。アーシャ、ミーシャ」
「ふあぁ~、おはようございます…」
「ふわぁ~…んん。ママ、おはよ~…」
まだ眠たそうなアーシャとミーシャに私はクスッと笑いながら頭を優しく撫でてあげた。
少しして立派なお屋敷が見えてきた。外観は白で塗り固められており、屋根は清潔感のある青色だ。庭園は左右対称でとても手入れが行き届いているし、花も彩り豊かですごく綺麗だった。
「皆様、お屋敷に到着しました」
「ありがとうアルカ。それではルーナフェシナ様、私が屋敷の中をご案内いたしますね!」
「うん、よろしくね」
馬車から降りた私達は辺りを見渡しながらサナリアさんの後に付いていった。屋敷の中に入ると黒いスーツを着込んだダンディ男性が姿勢正しく立っていた。リアル執事だ!しかもダンディでイケメン!
「おかえりなさいませ、サナリアお嬢様」
「ただいま、クリスチャン。お父様とお母様は家にいる?」
「はい。旦那様と奥様、さらにルクト様とカトレア様もご一緒です」
「わかったわ。私はお父様たちにこれまでの報告をしてくるね。クリスチャンはルーナフェシナ様たちを応接室まで案内してくれない?」
「かしこまりました」
丁寧にお辞儀するダンディ執事さん。サナリアさんは「それではルーナフェシナ様、また後ほど…」と貴族特有の挨拶をした後、アルカさんと一緒に階段を登って行ってしまった。
「僭越ながら私が応接室までご案内いたします。どうぞこちらです」
私達はニコッと微笑むダンディ執事さんの後を付いて行った。案内された応接室へと通された。
「サナリアお嬢様が来られるまでどうぞご自由にお寛ぎください。お飲み物とお菓子をお出しいたしましょう」
「お気遣いありがとうございます。でも、そんなに気を使わなくても…」
「いえ、サナリアお嬢様にとって初めてのご友人。これくらい当然の事でございます」
「初めてのご友人?」
私が聞き返すとダンディ執事さんは「はい」と答えニッコリと微笑んだ。クッ…!なんて爽やかに笑うんだ…!?イケメンだっ!
まぁ…、そんな事はさておき。ダンディ執事さんが気になることを言っていた。サナリアさんにとって私は「初めてのご友人」らしい。貴族なんだから友達なんていっぱい居そうな気がするけど、そじゃないのかな?と思ったが、考えれば考えるほど分からない。
淹れたての紅茶を持ってきてくれたダンディ執事さんにどういう事なのか詳しく聞こうとした瞬間、部屋の外からドドドドドド…!と激しい音が聞こえてきた。しかもその音は段々と大きくなり、こちらに迫って来ている。一体何事!?と思った瞬間、バァァン!と扉が勢いよく開いた。
「ル~~ナフェぇぇぇシナぁぁ嬢ぉぉぉ!!!」
「「「きゃあああああああぁぁぁぁぁ~!?!?!?」」」
大声を上げながら涙と鼻水とヨダレで顔面大惨事の変なおっさんのいきなりの登場に私は勿論、アーシャとミーシャも悲鳴を上げてビックリした。
「サナリアから話は全て聞いたぞぉ!ルーナフェシナ嬢が身を挺して娘と騎士たちを守ってくれたそうだな!?」
「……あ、い、いや、その…!」
ズンズンと両手を広げながら笑顔でこちらにやって来る変なおっさんに私は思いっきりたじろいだ。アーシャとミーシャは私の後ろに隠れてガクガクと震えている。
「旦那様、落ち着いてください。まずはお顔を拭いて…」
「なんと礼を申し上げて良いのか分からん!」
ダンディ執事さんは変なおっさんに布を差し出すも感極まっているのかダンディ執事さんの言葉を全然聞いてない。ダンディ執事さんは深いため息を吐いてお手上げと言わんばかりに速攻で諦めた。いや、諦めんなよ!もう少し粘ろうよ!
「お礼は勿論するが…、まずは感謝の意を込めて包容をーー!!」
「いやああああああああーー!!」
目と鼻の先までやってきた変なおっさんは両手をバッと広げて私に抱き付こうとした。私は拒絶反応がビンビンに反応し、変なおっさんの顎目掛けて強烈な蹴りを食らわした。
私の蹴りをモロに食らった変なおっさんは「ごほおぉふぅ…!」と宙に高く舞い上がりドサリ…と床に倒れ伏した。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ…!ま、マジで…、何なの!?」
部屋の外からバタバタとこちらにやって来る足音が聞こえた。すると、サナリアさんと他に3人ほどの人が慌てた様子で部屋に入ってくると部屋の惨状を見たサナリアさんは深いため息を吐いて「遅かったぁ…」と呟き嘆いていた。
ーー数十分後ーー
意識を取り戻した変なおっさん…サナリアさんのお父さんは私達に誠心誠意土下座して謝罪した。この世界にも土下座というものが存在している事に驚いた…。
「誠に申し訳ない。感極まっていたとはいえ、ルーナフェシナ嬢とその娘たちに迷惑を掛けてしまった。本当に申し訳ない!」
「……いえ、かなり驚きましたが…、悪気があった訳でも無さそうなので大丈夫ですよ」
「そうか、そう言って貰えると私としても有り難い。して…、アーシャちゃんとミーシャちゃんは大丈夫かい…?」
サナ父は心配そうにアーシャとミーシャの事を聞いてくる。まぁ、無理もない…。あれほど強烈な印象だったせいかアーシャとミーシャは私にしがみついて「うぅぅ…!」とうなり声を上げながら泣いている。
私が「大丈夫だから。怖くないよ?」と言っても「うぅ…!うぅぅぅ…!」と首を横に振って私から一切離れようとしなかった。
「これは相当嫌われてしまったな…」
「お父様が感極まって迫るのが悪いんです。少しは自重と自覚を持って行動してください!」
「うっ…、面目ない…」
サナリアさんがプンプンと怒るとサナ父はシュンと落ち込み反省していた。
「アナタ、落ち込む前にルーナフェシナ嬢に娘のサナリアを助けて頂いたお礼を言うのが先じゃないかしら?」
サナ母が微笑みながら手をパンと叩いて言うとサナ父は「おお、そうであったな!」と言ってすぐに立ち直った。サナ父はゴホン!と咳き込むと真剣な様子で私に頭を下げた。
「ルーナフェシナ嬢、この度は娘であるサナリアを救って頂き誠に感謝する。本当にありがとう!」
サナ父に続き、サナ母、サナ兄、サナ姉、そしてサナリアさんとダンディ執事、アルカさん全員が私に頭を深く下げた。
「この恩は決して忘れない。何か困った事があれば何でも言ってくれ!私に出来る範囲であれば何でも力になろう!」
「何でも」という言葉に私は「本当に何でもいいんですか?」と聞き直すとサナ父は「ああ、私に出来る範囲でだけどな!」と顔を上げ微笑んだ。
「それなら一つだけ私の願いを叶えてください」
「うむ、なんだね?」
「この村に私達を住ませてくれませんか?」
私がそう言うとサナリアさん達はとても驚いていた。サナ父が「ほ、本気かい?」と心配そうに聞いてきたが、私は平然と「はい」と答えた。
ほんの少ししか村の様子を見ていないものの村の雰囲気はとても穏やかでアーシャとミーシャを育てる環境としては文句ないし、安全面に関してもヘタな町よりかはこの村の方が断然良い。
「…しかし、ここに住む以上は農業や畜産の手伝いする事に……」
「何も問題ありません。農業と畜産の心得はありますし、すでに経験済みです」
「うぅむ…」
なかなか承諾してくれないサナ父に私はある提案をした。
「村の入居はするにあたって一ヶ月間の猶予を設ける。その間、私がこの村でやっていけるのかどうかを見定めほしい。もし、この村の住人として相応しいのであればそのまま住ませて欲しいです。ですがもし、それに値しない場合は即この村から出ていきます。この条件でいかがでしょう?」
「う、うぅむ……」
まだ渋るサナ父に私は軽くため息を吐くと「わかりました」と承諾の声が聞こえた。だがそれはサナ父ではなくサナリアさんの声だった。
「その条件でルーナフェシナ様たちをこの領地の住人として認めます」
「サナリア、お前…!?」
「良いではありませんか。この領地をこんなにも気に入ってくれているのなら私達が断る理由なんてありませんもの」
「ソフィア、お前まで…」
「僕も賛成です。ルーナフェシナ嬢には恩がありますし、これくらいの願いなら叶えてあげても良いのでは?」
「クルトお兄様に同感です。ルーナフェシナ様、これからよろしくお願いしますね」
サナ父以外は皆私が住人になることに賛成のようだった。サナ父は悩みに悩んだ末、「はあぁ~…」と深いため息を吐くと「わかった。ルーナフェシナ嬢の移住を認めよう!」と言ってくれた。
「これからよろしく頼むよ。移住する家が見つかるまではここに住むと良い。クリスチャン、ルーナフェシナ嬢たちに部屋を用意してやってくれ」
「かしこまりました」
「さて、これから忙しくなるぞ!ルーナフェシナ嬢も覚悟は良いかい?」
「ええ、勿論です!」
サナ父と握手を交わした私は新たな土地で始まる生活にワクワクしながら移住する家が見つかるまでの間、サナリアさん家でお世話になることになった。