第6話
ルーナフェシナ・フィルファンクス。白銀の長い髪に青色の瞳を持つフィルファンクス侯爵家の次女だ。
フィルファンクス家は王国創立から続く由緒正しき魔法使いの家系で数々の功績と実績を打ち立てただけじゃなく、新たな魔法の技術研究と魔道具の開発にも力を入れている事で有名だ。
オーラシリム王国が創立したオルタナ魔法学園。そこに私やルーナフェシナ様、隣接する国や町、村から多くの子ども達が通っている学園だ。
将来を見据えて安定した職に就くために通う者。
家の跡を継ぐ為に知識と実力を身に付けるために通う者。
己の夢に少しでも近付きたくて通う者。
歴史に名を残すほどの人物になるために通う者。
物語に出てくる英雄や勇者に憧れを抱き「自分もそうなりたい」と夢見て通う者。
……と、様々な夢や希望や志を胸に抱き通う子ども達が多くいる。
当時のルーナフェシナ様もフィルファンクス家の名に相応しい活躍をみせるのだと多くの者たちが予想し期待していた。だが、皆の予想と期待は大きく外れた。
学問においては文句の付け所がないほど誰よりも優秀で教師達は皆「彼女に教えることは何もない」と言い「さすがフィルファンクス家のご息女だ!」と関心していた。だけど、実技ではルーナフェシナ様は致命的なほど体力が無く、重症と思えるほど運動音痴だった。そして一番驚いたのが魔法が一切使えないという事。フィルファンクス家では絶対にありえない事実に皆驚愕していた。
ルーナフェシナ様が魔法を一切使えないという話題は瞬く間に学園中に広まりだけじゃ飽き足らず世間に大きく広まるちょっとした大事件になってしまった。
一部の新聞部がルーナフェシナ様に関する話題や出来事を調べる内に判明した事がある。それはルーナフェシナ様は家族から「出来損ない」「無能」などと罵られ家族から忌み嫌われている存在だったという事。このニュースが流れた翌日、ルーナフェシナ様は学園に来なくなり私達の前から姿を消した。
(あれから2週間近くも姿を消したルーナフェシナ様がなぜ私の目の前に居るの…?)
3日前に学園の夏期休暇に入った私は久しぶりの我が家へ帰るため身支度を済ませウキウキ気分で護衛の騎士たちと専属メイドのアルカと共に領地へ帰ってる途中だった。しかし、いきなり盗賊の襲撃に遭ってしまった。奇襲に近い盗賊たちの襲撃に騎士たちの反応は遅れてしまい、勢いに乗った盗賊たちを相手にほぼ成す術がなかった。
どうにか盗賊たちの攻撃をギリギリで耐えてはいたもののそれも時間の問題。こんな所で私は盗賊に捕まり身を売られるか、もしくは体を弄ばれ無様に殺されるかのどっちか。そんなことを想像しながらビクビクと震え怯えていた所にルーナフェシナ様が颯爽と駆けつけ私達を助けに来てくれたのだった。
(私達を助けてくれた事にはすごく感謝してる。だけど、この2週間もの間、どこで何をしていたのかすごく気になるし、すごく聞きたい!だけどぉ…)
私達を助けてくれた彼女は私と馬車に乗っている。そして、私の目の前で仲睦まじそうに幼い獣人の子ども…アーシャちゃんとミーシャちゃんと満面の笑顔でイチャイチャしていた。
「ママ、くすぐった~い♪」
「はぅぅ~…お母さん、恥ずかしいですよぉ…」
嬉しそうに笑うミーシャちゃんと顔を赤くさせながら恥ずかしそうに照れてるアーシャちゃん。そんな2人の顔と反応を見ながらルーナフェシナ様はデレデレと顔を緩ませていた。
「ふふ、アーシャもミーシャも可愛い♪はぁぁ~…、癒されるぅ~…♪」
ルーナフェシナ様はアーシャちゃんとミーシャちゃんの耳と尻尾を触ったり、ほっぺたをプニプニしたり、ギュゥと抱きついて頬擦りしたりと、とてもご満悦の様子だった。
(羨ましい…、って、いや、そうじゃなくて!さっきからアーシャちゃんとミーシャちゃんがルーナフェシナ様の事を「お母さん」「ママ」って呼んでるのは何故…!?一体どういう事…!?)
さすがにアーシャちゃんとミーシャちゃんの産みの親がルーナフェシナ様…という事はまずないと思う。チラッと視線を向けて3人を見比べてもアーシャちゃんとミーシャちゃんは姉妹だから当然だけど、ルーナフェシナ様とはまったく似ていないと分かる。3人の関係がどういう経緯で知り合い、いまの関係になったのかすごく気になった私は「あの…!」と意を決してルーナフェシナ様に聞いてみた。
「不躾かもしれませんが、3人はどういった経緯で知り合ったのですか…?」
「ん?どうって…、話せば長いようなぁ…?短いようなぁ…?……聞く?」
「ぜひ!」
「なら…、まずは私の事を話さないといけないかな」
ルーナフェシナ様は自身に起きた事、そしてアーシャちゃんとミーシャとの出会いについて話してくれた。
その話を聞いて私がまず驚いた事は「気付いたら森の中にいた」というルーナフェシナ様が言葉だ。何者かによって拐われ森に投げ出されたのか?と思ったけど、それが昨日だっていうのだから驚かずにはいられない。
「つまり…、ルーナフェシナ様は家族の事や学園の事、これまでの過ごした日々の生活などを覚えてない?」
「そうねぇ~…。覚えてないというより知らないの方が正しいのかもしれない。だからサナリアさんの事を知らないのは勿論だけど、この世界の仕組みや情勢についても全然知らない」
「記憶喪失…、という事ですか?」
「う~ん、ちょっと違う気もするけど…、ま、似たようなものね」
ルーナフェシナ様は「あははは…」となんだか困ったように笑っていた。なぜそんなに笑っていられるのだろうと私は思い首を傾げた。私がルーナフェシナ様だったらとてもじゃないけど怖くて笑えない。右も左も分からない状況で魔物が蔓延る森に投げ出されたら絶望している所だ。よく今まで無事に生きていたと正直驚いてしまう。
「さて、次はアーシャとミーシャとの出会いについてね…」
「え?あ、は、はい…!」
「アーシャとミーシャに出会ったのは昨日の夜のことよ」
安全な場所と食料を確保したルーナフェシナ様は焚き火で仕留めた角ウサギを調理していた。焼き上がるまでの間、水を汲みに行こうと近くの川辺で水を汲みに行って帰ってきた所にアーシャちゃんとミーシャちゃんがルーナフェシナ様が焼いてた角ウサギの串肉を夢中で食べていたらしい。
「最初はビックリしたわ!なんでこんな森に幼い子どもが居るんだろう?ってね!まさかの幻覚?とも思って目を擦ったぐらいだもん!」
「あぅぅ…、あの時はお腹が空いてて夢中になって食べてました…」
「るぅ~…」
恥ずかしそうに顔を赤く染めるアーシャとミーシャにルーナフェシナ様は優しく微笑みかけながら「お腹空いてたんだから仕方ないよ」と言って2人の頭を撫でた。
「2人については…、アーシャとミーシャに話してもらおうかな?」
「はい」
「うん!」
アーシャちゃんとミーシャちゃんの話では2人は元奴隷らしい。物心つく前からアーシャちゃんとミーシャちゃんは奴隷で必要最低限の生活をずっとしていた。
毎日空腹に襲われ、寒さに凍え満足に眠れない日々、人並みの扱いなど受けられずただの商品として扱かわれる。
2人の話を聞くだけで涙が出そうになる。こんな幼い子どもが過酷な環境で生きていたのかと思うと心が張り裂けそうになった。
商品として荷馬車に乗り帝都へ向けて森を移動してる最中にレッドグリズリーに荷馬車が襲われた…と、……って!
「レッドグリズリーって、あのレッドグリズリーですか!?」
「は、はい…」
私が大声を出したせいか、アーシャちゃんとミーシャちゃんはビクッと驚いていた。なんか、ごめんなさい…。でも、驚かずにはいられない。
「サナリアさんはレッドグリズリーを知ってるの?」
「知ってるも何もレッドグリズリーは凶暴で獰猛な魔物で有名です!しかも、狙った獲物は絶対に逃がさず、執拗にどこまでも追ってくる!こうしちゃいられません!お父様に連絡して直ちにレッドグリズリーの討伐隊を…!」
「あぁ…、その必要はないわよ。私?が倒したから」
「……は?え、えぇぇぇ~…!?!?」
私はまたまた驚いた。なぜ疑問形なのか気になったけど、レッドグリズリーをルーナフェシナ様が倒した?え?マジで…?
「お母さんの言ってる事は本当です!」
「そうだよ!こう…、ピカピカー!ってママが光って熊をこてんぱんにやっつけたんだよ!」
「……えぇっと?」
「ま、まぁ…、サナリアさんが困惑する気持ちはすごく分かるわ。だって私でさえ困惑したんだもん」
「…え?それはどういう事ですか?」
ルーナフェシナ様の話ではルーナフェシナ様がレッドグリズリーの攻撃よって瀕死の状態に陥り殺されそうになった所をアーシャちゃんとミーシャちゃんがレッドグリズリーからルーナフェシナ様を助けようと石を投げてたらしい。なんと無茶なことを…。
その時に石が熊全般の弱点である額に当たり、レッドグリズリーの怒りを買ってしまった。それによりレッドグリズリーが標的をルーナフェシナ様からアーシャちゃんとミーシャちゃんに変え、今にも殺されそうになった時、ルーナフェシナ様から強い光が放たれ体は淡い光を纏っていたそうだ。
「あの時はホントにビックリしたわよ。痛みは感じないし、頭は冴え渡っていた。……だけど」
「だけど…?」
「体がまったく言うことを聞かなかったのよねぇ…。あれには焦ったわぁ…」
「……は?」
淡い光を纏ったルーナフェシナ様は体の自由がまったく効かなかったものの意識だけはハッキリとあったらしい。体は勝手に動き先程まで劣勢が嘘のようにレッドグリズリーを圧倒して難なく倒したそうだ。
「無事に熊を倒した私達は翌日にお手製のお風呂を作って仲良く入ってる時に家族になりましたとさ。めでたし!」
ルーナフェシナ様がエッヘン!と胸を張る姿にアーシャちゃんとミーシャちゃんは楽しそうにパチパチと拍手した。にわかに信じがたい話と驚きの連続でなんだかどっと疲れた私は深いため息を吐いた。
「……とまぁそんな感じよ。どうしたのサナリアさん?そんな疲れた顔して?」
「……いえ、ルーナフェシナ様の波乱万丈の話に付いて行けてないだけなのでお気になさらず……」
「そう…?疲れてるんだったら寝とく?膝枕してあげよっか?」
「…え?良いのですか?それじゃぁ、お言葉に甘えて……ってじゃなくて!」
思わずルーナフェシナ様の甘い誘惑に負ける所だった。私はゴホン!と一回咳払いしてルーナフェシナ様を見つめた。
「ルーナフェシナ様、嘘は良くありませんよ」
「え?嘘なんて言ってないわよ?」
「いいえ、私はルーナフェシナ様以上にルーナフェシナ様の事を知っています。何故なら私とルーナフェシナ様は同じ学園に通う学友なのです。ルーナフェシナ様は重度の運動音痴で体力皆無!それに魔法だって一切使えーー!」
「ガラ悪たちを倒した時に魔法は使ったわよ?」
「……ま、まぁ、魔法が使える事は認めましょう…。ですが、それ以外は信じられません!」
「ママは嘘なんてついてないもん!」
「そうです!お母さんは嘘なんてついてません!私とミーシャが着ている服や靴だってお母さんが作ってくれたんです!」
私はアーシャちゃんとミーシャちゃんが着ている服や履いてる靴を見たが、どっからどうみてもお店で売ってるような上等な物だ。これをルーナフェシナ様が一から作ったとは到底思えない。
「それはどこかのお店で買ったのでしょう。ルーナフェシナ様がそんな上等な服を作れるとは思えーーきゃあぁっ!?」
急に馬車がガタン!と停まりだした。その衝撃でバランスを崩し倒れそうになった私をルーナフェシナ様が優しく受け止めてくれた。
「…おっと!大丈夫?」
「…へ?あ、は、はい!大丈夫です。あ、ありがとうございます」
「怪我がなくて良かった」
優しく微笑んだルーナフェシナ様は私の頭をポンポンと優しく叩いた後、扉を開けて近くにいた騎士の一人に「騎士さん、どうしたの?」と訪ねた。
「あ、はい!道の真ん中にワイルドボアがいて…」
「ワイルドボア?なにそれ?」
「…えっと、平たく言えばでかいイノシシです」
「イノシシですって!?」
イノシシと聞いて何故か嬉しそうな顔で目をキラキラと輝かせるルーナフェシナ様に私は首を傾げた。え?ただのイノシシに何故そんなに喜ぶの…?まさか、ルーナフェシナ様ってイノシシ好きなの…?
「ご安心を!我々が速やかに駆除しますので、サナリア様とルーナフェシナ様は馬車の中で……!」
「待って!」
「「え!?」」
馬車から降りたルーナフェシナ様は騎士の肩をポンと叩き、親指を立てて「そのイノシシは私が貰うわ!」と笑いながら言った。その言葉に私と騎士たちは驚いた。
「ウサギに熊と来たらやっぱり豚も欲しいなぁ…って思ってた所なのよ!これで料理の幅がグンッと上がるわ!」
訳の分からないことを言いながら前へ進むルーナフェシナ様はこちらに振り向き「アーシャ、ミーシャ!今日のご飯は豚汁とトンカツにするから楽しみに待っててね!」と親指を立てた。それに対しアーシャちゃんとミーシャちゃんは「「は~い!」」と元気良く返事をした。え?なに?とんじる…?とんかつ…?ナニソレ?美味しいの?
「き、危険ですルーナフェシナ様!侯爵令嬢である貴女様にもしもの事があれば…!」
「そうです!ワイルドボアの突進力を舐めてかかったら大怪我では済みません!ここは我々に任せてーー!」
「大丈夫大丈夫!ちゃんと皆の分の豚汁とトンカツと作ってあげるから安心して!」
「「誰もそんなこと言ってません!」」
騎士たちの説得も虚しく終わり、ルーナフェシナ様は意気揚々とワイルドボアに近付いていく。ルーナフェシナ様に気付いたワイルドボアが鼻息を荒くしながら正面を向き突進の準備を始める。
「ふふ、いい体つきね!これは期待大だわ!」
間近でワイルドボアを見たルーナフェシナ様はますます良い笑顔になった。
ここから見てもルーナフェシナ様とワイルドボアの体格差は2倍近くある。もし、あんな巨体に突進されたらひとたまりもない。私はルーナフェシナ様が無惨にワイルドボアの突進で轢き殺される想像をしてしまい大声で「ルーナフェシナ様、やっぱり危険です!今すぐ戻ってきてください!」と叫んだ。だけど、もうすでに手遅れだ。
ワイルドボアが助走をつけ物凄い勢いで駆け出した。ルーナフェシナ様はただジッとワイルドボアを見つめたまま一歩も動こうとしなかった。恐怖で足がすくんでしまったのか?それともここまで巨体だとは思わず為す術がないのか?どちらにせよ絶体絶命の危機に違いない。
騎士たちも危険と判断してルーナフェシナ様のもとに駆け出すも遅い。遅すぎる。もうルーナフェシナ様とワイルドボアの距離は目と鼻の先だ。いま駆け出した所でどうにもならない。
私はルーナフェシナ様が轢き殺される光景を見たくなくて視線を逸らし目を強く閉じた瞬間、ドゴォン!と鈍い音が聞こえた。
(ああ…、ルーナフェシナ様が死んだ…。ワイルドボアに轢き殺され無惨に殺された)
私は恐る恐る目を開き、ルーナフェシナ様に視線を向けると不思議な光景が目に飛び込んできた。ルーナフェシナ様は足を高く上げており、ワイルドボアは「ブホオォ…!?」と呻き声をあげて上を向いた状態でフワリと宙に浮いている。
ルーナフェシナ様は物凄い速さで宙に浮いているワイルドボアをすり抜け尻尾を掴むと「おりゃぁ~!」と叫び、ワイルドボアを地面に強く叩きつけた。
「ブヒィー!?」
地面が割れるほど強く叩きつけられたワイルドボアはピクピクと痙攣しながら気絶した。
「はい、捕獲完了っと!それじゃ、両足を縛って運びましょうか!」
いとも簡単にワイルドボアを倒したルーナフェシナ様に対し、私と騎士達は開いた口が塞がらなかった。え、うそ?マジで…?
「これで嘘じゃないことが証明されましたよね?」
「ママはうそつきじゃないよ!」
「うぐっ…」
アーシャちゃんとミーシャちゃんの言葉が容赦なく胸に突き刺さり私は顔を俯いた。
「アーシャ、ミーシャ、あまりサナリアさんをいじめたらダメよ」
ルーナフェシナ様は両足を縛ったワイルドボアの軽々と持ち上げてこちらに帰ってきた。いや、その巨体のワイルドボアを片手で軽々と持ち上げてる…!?
「でも…!」
「誰も信じなくてもアーシャとミーシャだけ私の事を信じてくれるなら私はそれで十分満足だから」
「お母さん…」
「るぅ~…、わかった」
納得してない様子のアーシャちゃんとミーシャちゃんにルーナフェシナ様はクスッと笑って2人の頭を撫でた。
「……あ、あの、ルーナフェシナ様。先程はルーナフェシナ様を嘘つき呼ばわりしてしまい、その…、大変申し訳ーー」
「良いよ、全然気にしてないから。そんなに落ち込まないで」
頭を下げて謝罪しようとした私にルーナフェシナ様は笑顔で私の頭を優しくポンポンと叩いた。
「それよりこのイノシシを持ち帰りたいんだけど、どうしよっか…?」
「あ、そ、それなら馬車に繋げれば持ち運べると思います!」
「ホント?じゃぁ、お願いしよっかな!」
「はい!」
騎士たちにお願いしてワイルドボアを馬車に繋げた後、終始ご満悦のルーナフェシナ様を横目に私は尊敬の眼差しで見つめていた。