表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ムジナ駅

作者: ヤキノリ

ぼんやりと狭い駅構内のベンチに座っていると、「どうしたんですか」と横から声が掛かった。


大学生くらいの男だ。ランニングの途中のように首にスポーツタオルを掛けて、流れる汗を拭っていた。

この辺りは、民家がないような所で、1時間ほど歩いてようやく農家が見られるようになる田舎の駅だ。

野良作業か何かをしていた住民なのかもしれない。

無人駅どころでなく、9年も前に廃線になった駅だ。

そんなところで旅行者然りとした者が座っていたら、声を掛けるのはごく当たり前に想像出来る親切だった。


「ありがとうございます。なんというか、まぁ…電車を待っているわけではないんですよ。ああと…まあ、妻との思い出というか。6年前に廃線になったんでしたっけ?」


私は鎌をかけるように、願をかけるように質問をした。


「さぁ。どうでしょうね。他の駅の事情は知りませんけど。この駅に電車は来っこないですからね」


妙な言い回しだった。それが予感させた。6年の間に消えかけた期待が私を逸らせた。


「それは、どういうことでしょうか」


「この、道を20分ばかし歩くとちゃんとした駅がありますよ。終点です。使われてないみたいですが。奥さんとの思い出はそっちなんじゃないですかね」


彼はそれが答えだと思った様子だった。

私は彼を逃すまいと腕を捕まえた。彼は驚きはしたが、気味悪がったり立腹したのでもなく、笑みを浮かべて「どうしましたか」などと言った。


「6年前に妻と子供が行方不明になったんです。最後に目撃されたのが、この駅なんです。終点の向こう側の駅。探しても見つからなくて、ようやく、今年見つけたんです。ここなんですよ」


彼は駅を見渡して、ポツリと「探してるんですか」と言った。


私は愕然として「そりゃあ、そうですよ」と応えたが、誰に聞かれても揺るがなかった信念が、足元にぽっかりと穴が空いたような心地になった。


生死を知りたいのか、もし、私を捨てて出たのなら理由を聞きたいのか。明らかにならない様々な問いで、宙ぶらりんになった人生に決着をつけたいのか。


「御家族とは会えないでしょうけど、ここに居ればどこに消えたかわかると思いますよ」


彼は私の腕を引いて、無人の券売所から取り出した切符を私に握らせた。


「なんか、不安になったところで降りたらいいです。奥さんだったら、いつそうなるかなと想像されるといい。ただ待っていれば、駅が運んでくれます。これはそういう場所ですから」


彼は私を元通り座らせるとそのように説明した。

私は彼にさらなる説明を求めようとして口を噤んだ。

彼の肩越しに駅の入り口が見える。

それは記憶にある風景では無くなっていた。


私は彼の腕を離して様変わりした風景に呆然とした。


「ここはムジナ駅と呼ばれていて、駅を模倣した駅のような、川に浮かべた笹舟のような、そんな場所なんですよ。」


「夢だ…」


「そうですね。貴方の夢かもしれないし、奥様の、或いは誰かの夢かもしれない」


彼は私の隣に腰を下ろした。

幾ばくが時間が経つ頃に、彼の鼻歌を聞く。

気球に乗ってどこまでも。心境に合っていないことか、懐かしさにか私は笑った。


やがて、耳に潮騒が届く。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ