表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
八代目魔王は、愛し愛され憎まれたい  作者: 野渡敬
八代目魔王が怖すぎる
7/18

7.八代目魔王が怖すぎる







 勇者一行と騎士団は遂に魔領へと入り、魔物との戦いに悪戦苦闘していた。

「くそっ、何なんだ、何故こんなに統制が取れている!?」

 先代の魔王の治める魔領では、王国程の戦力を持つ国ならば多少苦戦はするものの、魔王のいる城までは勇者アルノの活躍のもとすいすいと進むことができた。だというのに今回はなかなか前に進ませてもらえない。

 氷の魔法を使う蛇に似た魔族の一軍が地面に氷を張り退いたかと思うと、次に来た水を自在に扱う大きなカエルのような魔族達がそこに水をたっぷりかける。非常に悪質な嫌がらせに、今回連れてきた総勢七十人の騎士団のうち大半の者が、魔族の思惑通り滑って転んでいた。

 これは余談だが、人族の魔道士は多様な魔法を細かく使い分けることに長けているのに対し、魔族は一つの属性で強大な魔法を繰り出すのに長けている。

 それらを下した後も魔族たちの異常に効率の良い嫌がらせは続き、城が見えた頃には全員が消耗していた。

「…どうにかここまでは来たが、今回は退いた方が良さそうだな。」

 オリエス騎士団長が汗を拭いながら言った言葉にアルノが頷く。

「流石にここまで消耗させられては…魔王と戦う余裕がありません。」 

「やむを得んな。一時的に野営地まで帰る、撤退の準備だ!」

 オリエスの号令に騎士団の団員たちが回れ右をしようとした、その時だった。ふわりと花の香る風が吹き、その風に似た愛らしい声が彼らの間を駆け巡った。

「帰る?」

「!?」

「何者だ!」

 いくら幼い声といってもここは魔領、油断という言葉は我が辞書には無いとばかりに彼らはあたりを見渡した。しかし、右を見ても左を見ても声の主は見つからない。

「ははっ、コこ、ここ。上。」

 再び聞こえてきた風は良く耳を傾ければ片言で、そのことを疑問に思いながら彼らは上を見上げる。白い髪に薄すぎるヘーゼルの瞳の少女。その後ろにはいかにも魔族らしい野蛮そうな男、奇抜な色合いをした女、そして人族が黒幕と呼んでいる正体不明の老人。悪魔達を従えた天使が、悠然とした笑みをたたえて浮かんでいた。

 何故魔領に天使のような風貌の者が、と驚きながらも訝しげな顔をする人族たちに、彼女はくすりと一つ笑うと人族の礼を真似て挨拶をする。

「われは魔王。われのナマエは『シャルスティエルアドレーゲンタルク』。『シャル』とよんで。」

「え?」

 流石にシャルも自分の名前を王国語に合わせて発音することはまだできななった。長すぎる魔族語の名前を全く聞き取れず困惑する彼らを尻目に、シャルはゆっくりと地上へ近づく。それを追うように三体の従者も高度を下げた。

「待て…今、魔王と言ったか?」

 最初に自己紹介の中で薄れてしまった重要な部分に気がついたのはアルノだった。その呟きにはっとした周囲の人族達は地面につま先をつけた魔王に身構える。シャルはオリエスが斜め後ろの騎士団員に何かを伝えているのを見たが、まあ少し話をしてみたいだけだからとそれを見なかったことにした。

「お前が…魔王…?」

「うん。まおう。」

 ファーレの問いに不出来な王国語で返事をする魔王に、人族達は狼狽える。この天使が魔王?何故魔王が王国語を話せる?どこで覚えた?それもこの短期間で、世界一難しいと言われる言語をここまで?それに、王のお考えでは魔王は怒っているかもしれないということだったが、見た限りではそんな様子は無いが、どういうことだ?

 様々な疑問で脳内を混乱させている人族の中、一人冷静なアルノが一歩前に出た。彼は魔王の視線が自分に向いたのを確認し、口を開く。

『魔王、俺は魔族の言葉が分かる。』

『なんと、まあ。』

「アルノ…?」

 アルノが突然魔族の言語で話し出したが、それに驚いたのは騎士団だけだった。シャルも言葉の上では驚いたようなことを言っているが、その表情も声色も微塵も崩れてはいない。

『驚かないんだな。』

『我ら魔王は先代から記憶の一部を受け継ぐ。その記憶の中でお前は魔族の言語を話していたからな。』  

『それは…すごいな。』

 少し引いたようにもともと半分閉じたようなつり目を更に細くするアルノに、シャルはお前も驚かないじゃないかとくすくす笑う。その笑みを見て、彼女が魔王であると感じる者は少なかった。

『魔王、俺と話をしよう。俺はお前を殺す必要性を感じない。俺達には会話が必要だ。』

 この発言は、アルノ以外の人族に魔族の言語が分からないならこその独断の発言であった。七代目とも、話ができればと願った心が無いわけでもなかったため、彼がシャルとの対話を願うのは必然と言えた。だが、そんな彼の期待に反してシャルはゆるく首を横に振る。

『それは、また今度。』

 子供が懇願するような…実際に見た目は子供で年齢に至っては赤ん坊なのだが…そんな表情でそう言うと、シャルはこの話は一旦終わりと他の人族達に目を向けた。

「われ、魔王のこども。さいきん、ユウシャころした、魔王のこども。」

 それだけ言うとさあ憎めと言わんばかりに目と口を三日月型にしてみせたシャル。安い挑発に乗ったのは、オースだった。オースは一瞬のうちにシャルとの間合いを詰め、いつ抜いたのか両手に持った剣をシャルの頭上へと振りかぶっていた。

「はッ!!」

 木々に反射する掛け声と共に振られた剣は、反応しない魔王を両断する…かに思われた。武器も持たないシャルは、ただ片手でオースの剣を掴んで受け止めていた。剣を掴む手から血が一滴も出ていない事実に、人族達は目を見開き守護者達は得意気な顔で笑う。魔王はというと、仲間の支援は受けているのだろうがそれでもこれ程動きの良い人族がいるのかと感心していた。

『しかし…やはりユウシャがいると力が思うように出ないのだな。』

『そのように申し上げたはずです。』

『分かってる、分かっているさ。ちゃんと話は聞いていたからそう拗ねないでくれ、ルダー。』

 そんな会話をしながら片手間にオースごと剣を投げて人族の側へ返すシャル。その行為は、手加減をされたという意味でオースにとっては屈辱そのものであった。

「何故…」

『ん?』

「何故剣を折らない…!折ろうと思えば折れただろう!!」

 オースは、この問いに答えは返ってこないであろうと思っていた。王国語を話したとはいえ片言、そんな魔王が自分の質問の意味を理解するとは思わなかったのだ。だがこの少女はどこまでも予想を裏切る魔王だ。なぜ。けん。おる。ない。その四つからオースの言った意味を推測したシャルは、返事をするために知っている語彙を組み立てる。

「あなたのけん、いい。いみ、ないことは、しない。」

 彼女はこう言いたかった。君は剣の筋が良い。そんな良い魂を折るような意味の無い真似はしたくない、と。しかしこれは相手の心境によってはこうも取れる言葉だった。

 お前の剣なんてどうでも良いから、剣を折る必要なんてない、と。

「なん…だと!?」 

『え…我何かおかしなこと言った?』

『言ったんじゃないでしょうか?あの人族すごい怒っているようですし。』

『まじか。』

『ソル、そんなこと言ったらシャル様が困惑するだろ。』

『だって本当のことじゃん。』

「ふざけるな!!!!」

 思いもよらない剣士の怒りに困惑したシャルが斜め後ろに控えるソルとルナとひそひそ話をする。その様子に怒りを倍増させたオースは怒鳴り声をあげた。

「私の剣を愚弄するな…!!!!」

『…ッ!!!』

 その瞬間にシャルの背筋を駆け登った電流。それは、生成されている間に感じたモノよりも凄まじかった。最高だ、と、シャルは頬を朱に染め口角を上げる。状況はよく分からない、分からないが。

「そっ、それ……それっ、もっと、ちょーだい!!『最高だッ!!』」

 ぞくぞくと脳髄を痺れさせる真っ直ぐな感情に、シャルの声は必然的に弾む。その様子に若干の困惑をきたしながらも、しかし怒りの勝ったオースが再び魔王に斬りかかろうとするのを、ファーレが羽交い締めにして止めた。

「なんだ!放せ、ファーレ!!!」

「だめだ、次は殺されるかもしれない!」

 いくら日常から鍛えているとはいえただの人族、ファーレとニナが身体強化の援護を解けば、強化されたままのファーレにオースは力で敵わない。そんな二人の様子を心配気にちらちらと見る騎士団長に気づく者はいなかった。

「くそ、放せ!奴を放っておくのは私の矜持が許さない…!!」

「落ち着け、オース!」

「団長!完了しました!!」

 力で負けていると分かってはいても暴れるのをやめないオースの耳に、騎士団の一人の叫び声が届く。それは、野営地への転移陣を使うための詠唱が終わったという合図だった。

「よし、転移を開始しろ!すぐにだッ!」

「了解しました!」

 焦りを隠せないオリエスの命令に声をかけた団員が承知の意を示すと、その隣の騎士がすっ、と息を吸った。彼らの様子をずっとそわそわしながら見ていたシャルは、もう帰ってしまうのかと顔に出さない残念さを渦巻かせた。その感情に気づくのは従者三体、そして先程から姿を隠して場を見守っている大使だけである。

「転移!!」

 騎士がそう唱えるとじわりと光る人族達。彼らが消えてしまう前にと、シャルは最後にへらりと笑った。

「またきて。まって、いる。」

 その愛くるしい笑顔を、アルノは見えなくなるまで、まともに話をできなかった悔しさを胸に見つめていた。そしてこの出会いは、魔王シャルスティエルアドレーゲンタルクエシタリアカーデが人族の歴史に「歴史上最も頭のおかしい魔王」として名を残す第一歩となる。









「シャルっ!!あなたは全く…!」

「ひえ…」

 人族たちが帰った後の、魔王城の執務室。そこでは怒りに可愛く眉を寄せるエラルデがシャルに詰め寄っていた。

「剣を手で受けるだなんて迂闊な…!見ていてヒヤヒヤしましたよ!」

「大丈夫だったんだからい…」

「良くありませんから!今後ああいったことは無いようきっちりお説教させていただきます!」

「えぇ…る、ルーちゃん…。」

「自業自得かと。」

 従者三体もあの行動には文句を言おうと思っていたため横槍を入れることは無い。かといって大使の説教に便乗する程の怒りは抱いていない。本日は大使の一人勝ちで、彼女の説教がどれほど続くのか、開幕のコングがうち鳴らされた。








シャルとアルノ、やっと会えました!!!!嬉しい!!!もう完結でいい!良くない!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ