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八代目魔王は、愛し愛され憎まれたい  作者: 野渡敬
自由に生き抜く準備を
11/18

11.魔王は言語能力が高すぎる







 掃除をし家具も新調して以前より華やかになった魔王の執務室。ちなみに家具は全て幻覚魔法で化けたシャルが人族から買ったものだ。その執務室で、エラルデは項垂れていた。

「何故私がこんなことに付き合わなければならないのです…。」

「だってエラルデは王国語を喋れるから。それよりもここ、ちょっと自信ないから見てほしい。」

「ああ、大方合っていますが一応説明すると、これはですね…」

 いつかもどこかの都市でもしたやりとりだ。そう遠い目をしながらもシャルが書いている文章について丁寧に説明するエラルデ。性格の良さが滲み出ているとシャルは内心ほっこりしていた。

 エラルデは今、王国語の教本を作ると言い出した魔王に難しいところを教えている最中である。



「王国語の教本を作ります。」

 事の始まりはシャルが言ったその一言だった。

 彼女はずっと考えていた。人族に殺意を向けられたいという欲望を満たしつつ、先代が自らに託した望みを叶える方法はないものか、と。そもそも先代が次代に託すなんてことをせずにそれ以前から努力していれば…と、そこまで考えたところでシャルはひらめいた。託す。次代に託す。先代がやったことを自分がして何が悪い。自分が不満に思っていたことはこの際棚に上げることにした。



「と、いうことで、次代が王国語を学び人族と対話ができるよう、我が教本を作っておこうと思う。ね、シャル。」

「はい…?えっ、また私ですか!?」

 そんなシャルの突発的な思いつきを止められる人材などおらず、王国語を喋ることができるエラルデに、再び白羽の矢が立ったのだった。ちなみにルダーはというと、

「ルダーさんはどうなんです?私と同じ期間ここにいるのですし少しは喋れるのでは?」

「ルーちゃんは魔領に引きこもってたから王国語は喋れないんじゃない?」

「喋れる言葉はあるにはあるのですが、人族が魔王様に向ける言葉と言えば魔族語で言う「クソ」や「〇ね」、「〇〇〇〇〇〇〇」、更には…」

「や、うん、分かったよルーちゃん。もういいよ。」

 といった感じで王国語教本作成については使い物にならないことが判明した。



 そんなこんなで教本を作り始めてはや十日。今度の解任はいつになるのやらとげんなりしていたエラルデに、喜ばしいといえる指令は思ったよりもずっと早くに言い渡された。

「エラルデ、明日からは私一人でもできそうだから、呼んだら来てくれれば十分だよ。」

「はい?」

 魔王の言葉を大使は一瞬理解できなかった。王国語は曲がりなりにも世界一難しいとされている言語。その教本を、明日からこの魔王は一人で作ろうというのか。エラルデが意図せずして作った訝し気な顔に、シャルは信用ないなあと思いながらも説明をする。

「伊達にしょっちゅう都市に繰り出してるわけじゃないんだ、日常会話と敬語程度ならおおかた習得できたよ。それに作成を急ぐわけでもない。だから後は私一人でできる。」

「でも…シャル一人でなんて…。」

 妙に渋るエラルデに、今度はシャルが訝し気な顔を向ける番だった。エラルデはこの任を嫌がっていたのではなかったか。それなのに、今の彼女の態度はむしろ解任されるのを嫌がっているように見える。

「…もしかしてエラルデ、拗ねて」

「拗ねてません!」

「拗ねてるのね…。」

 あまりに素早すぎる返答は肯定そのものであった。エラルデは、なんだかんだと言いながらもシャルの傍で役に立てるのが嬉しかったからこそ、彼女に協力を惜しまなかったのだ。

「じゃあ、エラルデはあの三体に王国語を教えてあげて。」

「え?三体、というと、ルダーさんとソルさんとルナさんですか?」

「うん…我のこと呼び捨てなのに彼らがさんづけなのは少し気になるところだけど…まあ、そうだよ。あの三体も王国語が喋れれば今後楽になることもあるだろうしね。」

 その提案にも、でも、と渋るエラルデにシャルは困り顔をしてから優し気に笑う。エラルデがただ役に立ちたいのではなく、シャルの傍で働きたがっていると理解したのだ。しかしここにいたところでほとんどやることがないのだから、それでは宝の持ち腐れというもの。シャルはエラルデを説得するための言葉を脳内で検索し、それが思い当たるとエラルデの右手を自らの両手でぎゅっと包み、顔を近づけ、懇願するような上目遣いで彼女を見上げた。

「お願いだよ、エラルデにしか頼めないの。ね…?」

 エラルデがその仕草と言葉に落ちるまで、コンマ一秒とかからなかった。










 シャルが一人で教本の作成を始めて今日で五日目。エラルデを気遣う必要がなくなったため、体力と気力の続く限り机に向かい遅い時間にベッドに入るシャルだったが、そんな彼女を夜な夜な悩ませる者達がいた。今夜も彼らは魔王城へと騒音を引き連れ現れる。…縄張り争いでフィーバーしている夜行性の魔族達である。


「んーーー…。」

 執務机とお友達よろしくカリカリと音を立て教本の作成にあたっていたシャルは、ひと段落ついたところでペンを手放し伸びをした。ふぅぅ、と疲れを空気に吐き出し、今日はもう終わりにしようと卓上のろうそくを消す。ゆらゆらと炎が儚く消えたのを確認してから、彼女は隣の寝室への扉を開けそのままベッドへとダイブした。

「水浴びは明日の朝起きてからで良いよ…僕は疲れたんだ、もう寝る…」

 寝ぼけながら誰にともなくそう呟くと、シャルはその透き通る瞳を瞼で隠し…                 

「クソッ!お前なんかニ縄張りヲ渡しテたまるカ!」

ギン!

「ぬかセ!俺だって広イ縄張りガ欲しインダ!」

カン!

「下種が!アノ縄張りハ俺ガ家族ノため守ってルンダ!」

ドゴ!

「ハッ!綺麗事ヲ…!」

ズガア!

 …毎晩のことだ。仕方ない、今は仕方ない。シャルはそう自分に言い聞かせた。彼らの縄張り争いに関して打つ手は考えてある。教本の作成が終わったら…

「いきがルナヨこの〇貞ガ!!ぶ〇〇〇テやる!」

ズガガキキィン!

 だめだ眠れない。大きすぎる騒音にシャルは閉じていた目をカッと見開いた。あまりに突然見開いたものだから視界が揺れ焦点が定まらなかったが、そんなことは関係ない。彼女はそのままゆらりとベッドから立ち上がって窓へ向かいゆっくり歩いた。その間も熱い戦いの音と罵倒の言葉は続く。十数秒かけて窓にたどり着いたシャルは窓の取っ手に手をかけながら、肺いっぱいに息を吸った。

「畜生!魔神様、どうか俺ニ力を…」

「ええい、やっっかましいわああ!今何時だと思ってる!!」

「魔王様!?」

「しかも我というものがありながら魔神などというありもしないモノに縋るとは…!恥を知れ愚民どもがッ!!」

 突然の…ここは魔王城であるが彼らは戦いに熱中しそんなことには気づいていなかった…魔王の登場に呆気に取られる、大柄なカラスのような魔族、ガイア二体。そして寝ぼけているのか普段の数倍高圧的な態度をとる魔王。ガイア同士の戦いの爪痕も相まって、その光景はまさにカオスの一言であった。

「だ、だってこいつガ…。」

「はあ!?もとハお前ガ俺の縄張りニ…。」

「だってじゃないしはあでもない!」

 魔王を前にして責任の擦り付け合いを始めた二体だったが、シャルはそんなことを聞く気はなかった。ただ眠たい、それだけなのだ。

「魔王様のケチー。」

「イケズー。」

「お前達…顔は覚えたからな…。」

 先程まで相手を殺しそうな物音を立て大喧嘩をしていたとは思えないコンビネーションの二体だが、こんな争いは魔領では日常茶飯事でいちいち蟠りを作ってはいられないし、夜行性の魔族たちにとって先ほどの騒音は生活音である。しかし、これ以上の昼行性チームに対する安眠妨害は最早シャルが許さなかった。

「明日!!!!明日だ、魔領の区画整備を行う!お前達は日が天辺に昇るまでにこのことを魔領全土に通達しろ!以上!!おやすみっ!!」

 後にこのガイア達は語る。自分達の立てた音よりも魔王の叫び声の方が余程大きかったのではないか、と。



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