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八代目魔王は、愛し愛され憎まれたい  作者: 野渡敬
八代目魔王が怖すぎる
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1.神に愛されし子達







 はるか昔、この世の神、シーヴァは人族を創造したもうた。

 国が生まれるとその国のどこかにいつの間にかできている魔領、そしてそこに現れる魔族…それはシーヴァが人族を愛するあまり彼らに課した試練の一つである。

 魔族の中でも魔王は飛びぬけて強大。それを倒すことで神は喜び、国に与えられる加護はより強いものとなる。神は更なる喜びを求め、時が満ちれば次の魔王が現れるようにしなさった。魔王の死の直後、魔領に攻め入られることを恐れ逆に王国へ攻め入ってくる、人族にも似た魔王の眷属達…魔人も神が愛ゆえにお与えになった試練である。

 世界の国々の中で最も多くの魔王を討伐し魔人を退けてきたのは我らがアウデンバルド王国。我々王国民は、この世で最も神に愛されし民なのである。



 …と、いうのが、アウデンバルド王国で信仰されているトリム教の教えの概要だ。

 その王国の王城で、四人の若者達が謁見の間の王座に頭を垂れていた。王座の後ろに国旗を背負う王が左手を上げ、その斜め後ろに控える聖職者らしき男が顔を上げよと命じると、四人はその顔を上げ背筋を伸ばした。

 一人は紺色の髪に同色の瞳の少年。貴族の正装、白を基調とする燕尾服を身にまとうその顔つきは、無表情という言葉がこれ以上なくしっくりと当てはまるものだが、目に掛かっている髪から覗く色には強い自己が感じられる。

 その少年の後ろに膝をつくのは、男性一人と女性二人。値が張り そうなローブを羽織った青年はグレーの髪を後ろの高い位置でくくっており、甘い顔立ちの中に二つ佇む瞳は宝石のように青く輝いている。青年の左には成人して間もない年頃であろう女性が、ブロンドの髪を横で緩く束ね、真っすぐな琥珀色の視線を王に送っている。豪奢な鎧の上にマントを重ねたその姿は、ベテランの騎士よりも威厳があると言っても過言ではないだろう。そんな凛々しい女性の隣では、赤毛に深緑の瞳が映える少女がどこか委縮した様子で王を見上げる。上位の聖職者の衣装に違和感を覚えさせる弱気そうな顔の脇で、顎程度の長さの癖のある髪がふわりと揺れた。

 四人の顔を見渡し満足そうに一つ頷くと、国王ローラス・アウデンバルドは口ひげに埋もれた唇を開き仰々しく話し出した 。

「勇者アルノ。そして勇者と共に戦う魔導士ファーレ、騎士オースフィリア、僧侶ニナ。此度の魔王討伐、まことに大儀であった。」

 その言葉に四人は先ほどよりも軽めに頭を下げる。ローラスがうむ、と呟くとそれが合図であるのか彼らは再び王座に顔を向けた。三人の表情は変わらないのだが、騎士だけが少し苦々しい表情をし顔を赤くしている。

「黒幕は仕留め損ねたとはいえ…先代勇者であるアレイも成し遂げられなかった、過去最強ともいわれる七代目魔王、その側近二体の討伐。アルノよ、まさに百年に一度の逸材との評価を裏付ける偉業である。」

「勿体ないお言葉にございます。」

「激しい戦闘であったことだろう。怪我は大丈夫か?」

「戦闘中は僧侶の援護もございましたし、先ほど王宮の療術師様に治療もしていただきました。」

「そうか。其方等の母親代わりでもあった先代とその仲間のことは非常に残念であったが、そなた等は見事仇を討って見せたのだ。新たな魔王が誕生するまで少なくとも一ヶ月はある。これまでと同じく、魔王の死の直後は魔人どもが侵攻してくるであろうが、防衛は地方の騎士団に任せて其方等は存分に寛ぎ英気を養うと良い。期待しておるぞ。」

「はっ。」

 ローラスからの激励の言葉に勇者が礼儀に即した返事をして礼をし、それに合わせるよう後ろの三人も頭を深々と下げる。聖職者の、下がって良いぞ、との言葉に四人は立ち上がり、華麗に身を翻して扉の前まで行き、王とその背後の国旗に一礼をしてから謁見の間を後にした。






「っはー…あそこはいつ行っても息が詰まるね…。王の御前に出るときのこの正装も堅っ苦しくてさあ。」

「ファーレ、謁見の間からはだいぶ離れたが自室まであと少しなんだから我慢しろ。」

「だってさあ、王は存分に寛ぎ英気を養えと仰せなのだからそれに従わないなんて不敬ではあるまいか?」

「お前本当さぁ…。」

「馬鹿か、と?ははは、なんとでも言ってくれ、野郎に何と思われようと痛くもかゆくもないね。」

 演劇でもしているかのように両手を広げて熱弁するファーレにアルノは横目で呆れを突き刺すが、ファーレは全く堪えていない様子だった。後ろを歩くオースフィリアとニナはお互い目を見合わせてくすくすと笑っている。

「お前らも笑 ってないで何とか言ってくれよ…。」

 ジト目で二人にそう話しかけたアルノの要望に答えたのはニアだった。

「そうですね…自室に着くまでは勇者一行として相応しい言動をすべきかと思いますよ、ファーレさん。」

「猫かぶりに言われたところでなあ…せめて顔は良いオースが言ってくれれば多少は聞く気になるんだけど?」

 ファーレのその言葉を聞いたニナは、表情筋を動かすことなく笑顔の温度を下げ、

「は?」

と、短く鋭い威嚇の声を上げた。

「今貴方、オースを馬鹿にしましたか?私の部屋には果物ナイフと大きな花瓶がありますが、どちらがお好みでしょうか。」

 その寒気に、アルノは表情を変えないままびくりと肩を震わせるという器用な芸当をしてみせたが、ファーレはどこ吹く風といったようにへらりへらりと笑っている。が、その視線はニナの隣を歩く人物に向けられた途端若干の焦りを見せた。調子に乗り過ぎたかもしれない、と。

「顔、は…?顔だけ…?私は顔だけの女…?」

「オース!?ファーレさん貴方、一生許しませんよ…!?」

 ショックです、と顔に書いて、耳に届いた言葉を反芻しているオースフィリア。顔が青ざめ、目にはうっすらと涙すら浮かんでいる。ファーレはニナの言葉は完全に無視して、オースフィリアの両肩を掴んでがっくんがっくんと揺さぶりながら声をかけた。

「ちょっ、本気にしないで、冗談だから!」

「顔だけ…中身の伴わない騎士など自害するべき…。」

「だ、だから本当にそう思ってるわけじゃないんだってば!ね、オースフィリア!」

 ファーレの言葉など聞こえていませんとでもいうように揺さぶられるがままヘッドバンディングをさせられていたオースフィリアだが、名前を呼ばれた瞬間キッとその瞳に正気を宿した。…その中に怒りと恥じらいが混ざっているのは気のせいではない。

「名前をきちんと呼ぶな!」

 顔を赤くした彼女のその発言だけ切り取れば万人が頭の上にクエスチョンマークを浮かべるであろうが、これには彼女なりの深い事情があるのだ。

「女々しいから呼ばれるのは居心地が悪いと何度言ったら…!」

「ああーよかった、正気に戻った…。やっぱオースには名前を呼ぶのが一番効くよね。」

「ちょっと、オースを弄ぶなんて、ファーレさんには末代まで続く呪いを進呈しましょうか。」

「きゃーっニナさんが怖い!俺の味方はお前だけだ、アルノォ…。」

「知るか。」

 三人の織り成す喧噪を一歩離れた安全地帯で傍観していたアルノは、他者の目の届く場所では決して敬語を崩さないニナを若干の尊敬の念を込めた眼差しで眺めた後、くるりと踵を返して自室への道のりを歩き始めた。その後を三人が慌てたように、嬉しそうに追うのは、彼らのアルノに対する信頼の証だろうか。










 勇者率いる四人が城で束の間の平和な時間を過ごしている頃、魔領の奥深くの地中では新たな生命が歓喜に打ち震えていた。形成を終えたばかりの心臓はドクドクと高鳴り、その鼓動は地面に耳をつければ聞き取れるのではないかと思われる。

 その逸りの原因は、思考の中に流れ込んでくる七代目魔王の記憶。その生命は成長すれば八代目魔王となるモノだった。魔王というのは先代の記憶の一部を受け継ぐことができる。ソレの場合、受け継いだのは先代の最期の記憶だ。




 瀕死であるにも関わらず黒く黒く輝き続ける鱗に、二体の満身創痍の竜が寄り添っている。その周りには息絶えた魔族達と、彼らを屠った人族の集団。その中でも目立っていたのは、年若い四人の男女と厳格な顔つきの大男。若い四人はユウシャなるものとその仲間、そして大男は後ろの人族を率いる長のようなものだろう。

 七代目が朦朧とする意識の中彼らを見つめていると、紺の髪の若者が進み出てきた。少年というほど幼くはないし、かといって青年と呼ぶのも難しい、成人したかしないかの年頃…とそこまで考えたところで、目の前で彼が血に濡れた刀を振りかざし、口を開いた。この戦闘中、彼は一度も口を開かなかったため七代目は驚きに若干目を見開く。しかし次の瞬間、その程度の驚きは灰となって流れ去るような驚愕に襲われることになった。


《アレイ姐さんの仇…!》

___憎悪。


 七代目の脳は瞬時に回り始めた。人族は魔族の言葉が分からず、また魔族も人族の言葉を知らない。


 ユウシャが握る剣が、その握力にギリギリと音を立てる。

___怒り。


 …それなのに今自分はこの男の言った内容を理解した。


 握られる力に悲鳴を上げている剣が、ユウシャが体を逸らしたこと でさらに後ろへと振り上げられる。

___恨み。



 …聞いたことがある、国ごとに百年に一度だけ、魔族との意思疎通のできる人族が生まれる、と。


 ユウシャはぐ、っと音が聞こえるほど歯を噛みしめ、そして反動を利用して竜の眉間に思い切り剣を振り下ろした。

___殺意。


《まさか其方が、…》

 …次代にはこのことを必ず伝えねばならない…しかしその百年に一度の奇跡が目の前のユウシャというのはなんというめぐりあ…



 ゾクリ、と無いはずの背筋に甘いものが走った気がした。脳髄がとろけるような感覚に陥った。地中の殻の中、急速に形成された唇が三日月を描き、そこから震える息が漏れた。

 ああ、七代目は自分にあのユウシャとの意思疎通を試みてほしいと願っている。人族が勘違い、もしくは逆恨みをしていることはまだ地上に出てもいない自分にだって分かる。魔族が、まして魔王が積極的に人族を殺すはずがないのだから。

 でも、でも。果たして私はうまくやれるのだろうか。あの甘美な感情を知ってしまった私は、あれを求められずにいられるだろうか。






王国での成人=十八歳くらいの感覚で書いてます。

悲報。主人公、一話で産まれない。

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