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燃えない塗料

作者: 絵里子

 燃えない塗料 

 

 二千円札だ。

 珍しい。というより、迷惑だった。なんでこんなものがまだ流通してるんだ? 切符を買うときだって、自販機に投入するときだって、二千円札だけは通用しない。こんなものより、百万円札が流通する方がよほど、世間のためだ。


 おれは、その札を持ってきた客をじっくり検分した。

 ここは便利屋の事務所である。便利屋であるから、手頃な値段でいろいろな雑務をこなさねばならない。年寄りのための買い物から、蜂の巣の駆除まで、業務は多岐にわたる。


 相手の客は、ニコニコ笑いながら、無邪気そうな顔を見せている。

 青年、というより少年に近いだろう。学生に違いないが、いまは平日。学校はどうしているのだ?


「これ、いくらで買ってくれますか?」

 相手は、涼やかな声を発した。

 おいおい。おれは便利屋だぞ。古金買いにしたって、二千円札はまだ新しかろう。


 イライラしてきたので、おれは声を荒げて言った。

「おれは便利屋だ、銀行じゃない」

「これでもダメですか?」

青年は、二千円札にライターの火を近づけた。


「おい待て!」

椅子から跳び上がって、そのカネを奪おうとして、凍りついてしまった。


 なんてことだ。二千円札が、《《燃えてない》》!


「燃えない塗料を、塗ってあるんです」

青年は、クスクス笑いながら、二千円札をヒラヒラさせた。

「塗料は透明で、膜ができるので水をはじいて、長持ちしますよ」


 燃えない塗料。


 便利屋としては、魅力ある商品だ。

 台所、仏壇、ファンヒーターなど、家庭内で火を使うシチュエーションは多い。


 とくに今年の冬は寒いというから、火を使う確率は、高くなるだろう。

 これをうまく、お得意様に売りつけたら、一儲けできるのではないか。


「あなたなら、コネクションもありますし、販路も広げられそうだ。ぼくの発明品を、有効活用してもらえるでしょう」

 青年は、言ってほほえんだ。


 おれはさっそく、試供品をもらって、自分の木工細工に塗ってみた。

 この塗料がほんとうに、詐欺でないことを確認するためだ。


 効果のある素材として、紙・木材・繊維・ゴム・プラスティックというものがあげられるという。ひとつひとつ、検証していった。


たしかに、燃えない。

 新聞紙も、金槌の柄の部分も、タオルも、輪ゴムも、プラモデルも燃えなかった。


「これは便利だ」

 使いようによっては、いろいろな用途が考えられる。

 文化財とか、古民家とかに使ったら、保存剤としても需要が高まるだろう。


 貴重な文化遺産が守られるのだ。

 国からも、がっぽりいただけるかもしれない。

 うんうん。

 そういう未来なら、大歓迎だ。

 おれは、その塗料を、大切に冷蔵庫に保管した。




 翌日、おれは警察から呼び出された。

「いったい、なにごとだ」

 おれには、さっぱり身に覚えはない。

 その警官は、署内の椅子に座ったおれを、うえから抑えつけるようにして言った。


「こいつに、見覚えがあるか」

 写真を見せられて、眉をひそめた。あの、塗料の青年だ。

 たしか、名刺を持っていたと思って札入れを取り出すと、警官はそれを手で押さえ、


「偽札づくりで、逮捕する」

 と言うのである。


 偽札?

 冗談だろう。しがない便利屋のおれに、そんなコネも財力もありゃしないじゃないか。


「偽札なんて、作ってません」

「しかしこの青年は、美大を出た贋作王と呼ばれる青年でな。精密な描写と説得力のある画力で紙幣を量産していたのだ。おまえだって、一枚噛ませろという依頼をしたんだろう?」


 おれは、ぶんぶん頭を振った。そんなことは、一切していない。していませんとも。

「もうネタは割れているんだぞ。この紙幣を見ろ。ゴワゴワして、手触りからして偽札だ。気づかなかったのか?」


 その警官の持っているのは、例の二千円札であった。


 おれは、天をあおいだ。

 例の、燃えない塗料を塗った紙幣。

 二千円札だったから、偽物だと思われているのである。


「でも、ちゃんと透かしも入ってますよ! 偽物じゃ、ありません!」

 おれは、必死で、燃えない塗料の話をした。


 警官たちは、顔を見合わせていたが、おれが家に戻ればわかる、冷蔵庫の中を見ろ、としつこく言ったので、一応なっとくして帰してくれた。


 青年は、たしかに偽造に通じていたが、偽札を使用したことは一度もないと言っていたらしい。証拠もないし、警官はくやしがっていた。なにしろ二千円札に塗料を塗ったのは、いたずらのつもりだったというのだから、こまったお兄さんである。


「ご迷惑かけました。お詫びに、塗料は10キロまで無料とさせていただきます」


 青年は、一礼した。


 その手にしている紙幣を、おれは疑いの目で見ていた。

 あんな進んだ塗料を作れる技術を持っているのなら、二千円札の模様を消す塗料もつくれるかもしれない。


 もとの模様を落として、贋作を作り、絵の具が剥げないように燃えない塗料を塗る。

 そうして、おれのところに来て二千円札が通じるかどうか、確認する。

 青年なら、それをするだけの技術力はありそうだ。



 

 しかしまあ、燃えない塗料が10キロタダで手に入るのだ。

 警官が、いじわるな口調で、おれを犯人に仕立てようとしたのも気に入らない。


 青年が前科持ちだとしたら、また刑務所には入りたくないだろう。

 おれは、青年を見逃すことにした。

 その代わり……。




「おい、燃えない塗料を剥がす法を、考えてくれ」

 おれは、青年に注文した。

 燃えない塗料が一定量、さばけたなら、今度はそれを塗り直す必要がある。


 塗料を塗り直すためには、塗料を剥がさねばならない。

 また、需要を開拓できるというモノだ。


 青年には、こういうマトモな稼業で稼いで欲しい。

 贋作づくりより、よほどこっちのほうが、青年には向いていると、おれは思っている。  

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