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78 ユリアの不安

長かった説明回もやっと今回でお終いです。

もう少しだけお付き合い下さいm(__)m


「話を続けてもいいか?」

「あ! はい。よろしくお願いします」


 クラリッサ様は、軽く頷いた。ここら辺は、アリーシア様には既知の話だったらしく、耳を傾けるまでもなく、テーブルの一番遠い席でご馳走を端から平らげている。


「リンドウラ・エリクシルの仕込みをするのは、ここの大食堂にいるうちの選りすぐりの三十人だ。『三人の聖女』である院長と私、そしてアリーシア以外の中から、目と鼻が良く、手先が器用な者が選ばれる。特に教会籍である必要はなく、今年は十三人を下働きの中から選んだ」


 クラリッサ様が手を伸ばした先には、下働きのテーブルの中でも一際ご馳走が豪華で、教会籍のテーブルとひけをとらないものだった。

 私の記憶では、三十人どころかクラリッサ様と、その側近数人でだけでこっそりと作っていた。他の者が手伝ったのは商隊の馬車への荷を積む時だけだ。

 さらにクラリッサ様の説明は続く。


「その三十人は、割り振られた仕事をそれぞれにしてもらう。修道院の薬草畑で育てたり、野山で採取してきたり、出入りの商人から購入したりした素材を五回にわたって浸漬……蒸留酒に素材を漬け込むことだ。そしてその後四回の蒸留をするのが彼女たちの仕事だ。その仕込み終わったリンドウラ・エリクシルの元になる酒を樽に入れて何年も寝かせる。最低でも三年。最高で十二年だ」

「そんなに時間をかけて……」

「ああ。一年のやつでもそこそこの味にはなっているが、同じように『三人の聖女』で仕上げをしても、ひどく酔って体を痛めつけるそうなんだ」

「まあ……」


 私は、口を手で覆った。確かに、時間を置くことで有効成分が化学変化をおこし、薬効が変わる場合がある。きっとそういうことなのだろう。


「それで、お聞きしてよければ『仕上げ』とは?」

「ああ。今朝も日が昇りきらないうちにやって疲れちまったよ。内容は、なんてことはない。『三人の聖女』なんて大層な名前が付いているが、ウィスキーでいうところのブレンダーのようなものさ」


 クラリッサ様はおどけて肩をすくませた。

 貴族が好むウィスキーも製造過程では蒸留と熟成を重ね、最後に様々な原酒を混ぜ合わせてブレンドをする。そのブレンドによって、多様な味と香りを作る。そして目指す味が決まっているならばその味を一定に保つ。それをするのがブレンダーだ。

 しかし『三人の聖女』が、味を決めるだけのブレンダーでないことは確かだろう。ここから先は秘匿だと言うので、別の質問をした。


「あの……アリーシア先輩が『三人の聖女』ならば、この時期に毎年こちらに来るということですよね?」

「ああ。当然だ。学業に支障があるのは申し訳ないが、それでも教会籍としての役目の方が重要だからな」

「そうですわよね……」


 私は内心首を傾げていた。おかしいのだ。何故なら、私が入学した年の生徒会長はアリーシア先輩だった。王都からこの修道院までの往復だけでも相当な時間がかかる。そんなに長い時間、学園を休むのが分かっているなら、責任感の強いアリーシア先輩が生徒会長など引き受けるはずがない。


 そういえば……。


 今は三十人と『三人の聖女』で作っているリンドウラ・エリクシル。私の記憶ではクラリッサ様と、その側近だけで作っていた。そうなると、作れる量はぐっと少なくなる。しかし調合というのは作る量を四分の一にしたからといって、単純に材料を四分の一に、熟成させる時間も四分の一にとできるものではない。再度、綿密に調整をしなおさなくてはいけないのだ。そうでないと、味も薬効も変わってしまう。


「あ……」

「どうした。ユリア?」

「いいえ、なんでもないのです」


 私は慌てて首を振った。

 思い出したのだ。私が修道院から逃げ出した後、酒場や宿屋の下働きをしながら転々としていた時に聞いた「リンドウラ・エリクシルには偽物がある」という話を。

『聖なる乙女に祝福された酒は二日酔いにならない』というリンドウラ・エリクシルは、貴族の夜会では必ずテーブルに置かれる高価な酒だ。ところが私が働いていたような下町の酒場の主が、どこで手に入れたのか驚くほど安い値段で仕入れて来た。

 ある日、別の街からふらりとやってきた冒険者が、なにかしらの小金が入ったらしく「店で一番高い酒を持ってこい」と注文した。その時に出したのが、店主が仕入れたリンドウラ・エリクシルだ。アルコール度が高いリンドウラ・エリクシルをその冒険者はグイグイと飲んでいき、ついにはぶっ倒れた。料金は先にもらっていたので、そのまま店主が外に放り出した。ひどいようだが、そういう扱いをするのが普通の店だったのだ。翌日見たその冒険者は、死人のような顔をして、ずっと道端で横になっていた。多分、ひどい二日酔いになったのだろう。その冒険者を見ながら、店主がうすら笑いを浮かべ「あいつ、リンドウラ・エリクシルの偽物に当たっちまったなあ」と言ったのだ。その元々の値段から、店主はそれが偽物なのは察していたようだった。思い出してもひどい店だ。たしか私がその店を逃げ出したのも、その店主に体をまさぐられて、魔力を暴発させてしまったからだ。


 それにしても、あれが「偽物」なのではないとしたら?

 クラリッサ様が言っていたではないか、一年目で仕上げをしたリンドウラ・エリクシルは体を痛めつけると。あのひどい二日酔いになっていた冒険者は、その症状だったのではないだろうか?


 私は不安で鳥肌が立った。何かが、この修道院で起こる。そう遠くない未来に。

 そのせいでアリーシア先輩は修道院に来る必要が無くなり、生徒会長になった。そして同じ理由から修道院の雰囲気も、クラリッサ様の様子も変わったに違いない。

 明るいはずの大食堂の中が、影に覆われたような気がした。


 と、その時、歌声が聞こえて来た。その陽気な声に吸い寄せられて歌い手を見れば、なんと歌っているのはミーシャだ。顔を赤くして、目は半分閉じている。その片手にはリンドウラ・エリクシルの緑の液体が入ったコップがしっかり握られていた。


「ひっく

 この歌を、私の愛するお嬢様に捧げます!

 ♪

 ゆうべとうちゃんと寝たときにゃー

 変なところに芋がある

 とうちゃんこの芋なんの芋

 いいかよく聞けこの芋は〜

            ♪」


 それって、ヨーゼフが鴆の麻酔でいい気分になった時に歌っていた曲よね? ……そんな歌を捧げられても困るだけだわ。

 しかしミーシャの周りはやんややんやの大盛り上がりである。女性しかいない酒の席の盛り上がり方は激しい。ミーシャの歌に合わせて、腰をふりふり踊りだす女性達もいる。

 こちらではクラリッサ様はお腹をかかえて笑っているし、アリーシア様は耳の先まで真っ赤だ。


「……うちの侍女が申し訳ありません」


 思わず院長に頭を下げれば、院長はおかしそうに笑った。その頬はかわいらしいピンクになっている。院長の酒杯に入っていた酒の量も随分と減っていた。


「いいのよ、いいのよ。楽しい祭りですもの。今日は無礼講よね」


 院長は、片目をぱちりと閉じた。


 その昼から始まった祭りは、暗くなるまでにぎやかに続いた。




ここにきて、なんだかじわじわとポイントが増えています……。

いったい何が……(;'∀')???

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