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77 リンドウラ・エリクシル


「『三人の聖女』……?」


 前の人生でも、そんなものは聞いたことがない。首を傾げる私に、にクラリッサ様が「三人の聖女」の説明をし始めた。


「まず、このリンドウラ・エリクシルの『エリクシル』って意味を知っているか?」


 私は頷いた。


「ええ。『エリクシル』は四肢欠損さえも即時に治すという伝説の薬『エリクサー』の別名ですわよね? どちらも『霊薬』もしくは『神薬』の意味を持つ。『エリクサー』は教会の教えのなかで『御使い』様が病気に苦しむ人々に授ける薬の一つですわ。ただ、それがただの神話の中だけの薬かというと、そうじゃありません。歴史書の中には、時々死にかけた人が蘇り、それが『エリクサー』のおかげだったと書かれています。ただ、詳細は秘密にされているのか、どこで、誰から『エリクサー』を手に入れたのかということは書かれていません。王宮の奥深くに、ただ一瓶だけそれがあるという噂もありますが、そのことについて王族は肯定も否定もしないので確認しようがありません」


 クラリッサ様は感心したように、目を開いた。肩のオーク虫も「チチ」っと鳴く。

 これは私が薬師になってから得た知識だ。


「ああ、そうだ。よく知っているな」

「有名な薬ですから」

「それもそうなんだが……。まあいい、話を続ける。

 このリンドウラ修道院が開設された三百年前の院長と旅の薬師がエリクサーを作る研究をしていたそうだ。後にその研究に二人の修道女が加わる。それが最初の『三人の聖女』だ。彼女達のがんばりにより、完成まであと一歩というところまできたが、その一歩がどうしても乗り越えられずに、研究は放り投げられてしまった。その失敗作がリンドウラ・エリクシルの原型だ」


 初めて聞く話である。確かに前の人生では、私はこの修道院に恨みはあっても興味はなかった。そんな修道院の歴史など知りたいとも思わなかったのだから、知らないのも仕方がないのかもしれない。

 それにしてもエリクサーは伝説の薬だ。それをあと一歩というところまで近づけられただけで驚異的なことだ。そのレシピは残っているのだろうか? あるとすれば、それには計り知れない価値がある。薬師だけではなく、どんな手を使っても奪い取ろうという人はいるはずだ。ああ……、だから外からの脅威に対して、この堅固な建物でそれらを守っていたのか。一人納得した。そんな思いをおくびにも出さずに、黙ってクラリッサ様の話に耳を傾ける。


「その失敗作は、公表されることなく代々院長にだけ受け継がれてきたが、それに目をつけたのが百五十年前の院長だ。その頃、財政難におちいっていたこの修道院を救うため、彼女は他の二人の修道女と共に、それを薬としてではなく、酒として売り出すことを思いついた。その三人が次の『三人の聖女』だ。ただ彼女達にも配合について手にあまり、その当時修道院にいた薬師が味を整え調整した。薬効はかなり落ちたが、それでも体を強健にし、精神の疲れを癒し、肌を美しくするなど顕著な効果がある。それでこの修道院の名前とエリクサーをくっつけて『リンドウラ・エリクシル』と名付けて売り出したそうだ。飲んでも次の日の朝はかえってすっきりした気分で目が覚めることで有名になり、『聖なる乙女が作った酒は二日酔いにならない』なんて謳い文句をつけると、それはもう売れに売れたらしい。それで修道院の財政難は切り抜けられたんだ」


 これも初めて聞く話だった。それにしても一般に「よく効く薬は苦い」と言われている。植物の薬効成分は、総じてアルカロイドと呼ばれる成分なのだが、これが苦いからなのだ。それなのに、私の隣では院長がピンクの頬をして「甘くておいしい」と言いながら、リンドウラ・エリクシルを飲んでいる。薬効をずいぶん落としたとはいえ、これだけの効果を残しつつ味を整えるのは稀有な才能だ。

 三百年前の薬師といい、百五十年前の薬師といい、この修道院は素晴らしい薬師と巡り会っている。いったどんな人達だったのだろうか……。レシピとは言わないが、何か資料が残っているなら、読みたいところだが、今の私は外部の人間だ。おいそれと見せてもうらことはできないだろう……と思っていたところに、クラリッサ様の言葉が続き。仰天してしまった。


「今でも百年前の院長が残したレシピをもとに毎年リンドウラ・エリクシルを作っている。そのレシピは、この修道院に住む教会籍だけでなく下働きも含めて目も鼻も良く、手先が器用な選りすぐりの三十人で砂糖およびアンゼリカ、シナモン、ナツメグをはじめとする百数十種類の薬草、香草、花などを選定し蒸留酒に漬け込むのを配合を変えながら五回繰り返し、その間に四回蒸留を……」

「ク、クラリッサ様! ダメ! ダメです!」


 思わず口を挟んでしまった。私の慌てように、クラリッサ様と院長は目を見合わせた。


「あ……あの、いくら薬ではなくお酒だと言っても、薬師が関わった以上レシピは大切です。薬師は自分のレシピをそう簡単に他人に教えないものなんです。だから、そのレシピも私なんかに教えるなんてダメだと思うんです」


 クラリッサ様と院長は、ニンマリと笑った。その笑顔は、確かにとても似ていて、二人が母子なのだと分かる。


「ユリアはいい子だな。さすがゴッソの娘だ。大丈夫だ。この情報は百五十年前に公開されている。とはいっても公開されているのは、全行程のほんの一部だけだ」

「そっ、そうなんですか……」


 私はホッと胸をなでおろした。


「話を続けてもいいか?」

「あ! はい。よろしくお願いします」



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